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第6話とりあえずカンスト魔力で焼いておくか

「シビルちゃんはっ! シビル・ルインハルドはどこですかっ! あなた達に随行していた筈ですっ。答えなさいッ!」


 シビルが全能者の宝玉を手に入れる為に隠し扉に合い言葉を入力している頃、洞窟から出てきたアルフレッドのグループにシビルがいないことに気が付いたエミリアは激昂していた。


「落ち着いてくださいよエミリアお嬢様。悲しいことですが彼は敵の攻撃から我々を庇って崖から転落。名誉の戦死を遂げられました」


 信じられない言葉を吐き出す目の前の男に目眩を我慢するのに必死だった。

 フラフラする体を足で踏ん張り、乾いた喉から声を絞り出す。


「名誉の……戦死……? 嘘ッ、嘘だもんっ! そんなの嘘だもんッ! シビルちゃんが死んだなんてっ!」


 ニヤニヤする男のいやらしい笑みが名誉の戦死などという言葉が戯れ言ざれごとだと雄弁に語っている。


 そのことに気が付かないほどエミリアは呆けていない。


 絶対にわざとであることは明白だった。怒りで頭が沸騰しそうになり、掴みかかりたい気持ちを必死で抑えていた。


 握り絞めた拳の内側には大量の魔力が凝縮され、解き放てば辺り一帯が焦土と化すほどの火炎魔法が込められている。

 魔力欠乏を引き起こそうと、必ず消し炭にしてしまうだろう。



「嘘ではありません。シビル・ルインハルドは立派でした。彼こそ貴族のほまれっ! 彼の名前は未来永劫我々の記憶から消えることはないでしょう」


「ふ、ふざけ――」


『貴族の誉れとは光栄な事だな。俺はそんなに立派だったか?』


「なッ⁉」


 不意に聞こえてくる有り得ない声にアルフレッドの目が見開かれる。

 そこには確かに死んだ筈の、確実に殺した筈の男が不敵な笑みを浮かべている。


◇◇◇


「なっ、なんでっ、なんで生きてるんだ貴様ッ!」


「俺が生きてちゃいけないか?」


 ボスフロアからアルフレッド達の元へ戻った俺は、驚愕に染まって青ざめる顔を見て溜飲を下げていた。


 ステータスがカンストした今、並大抵の奴は敵じゃなくなる。


(ステータス確認……なるほど)


 目の前に展開されたステータス画面の数値は、一般の貴族らしくド底辺だった俺よりもかなり高い数値を誇っている。


 しかしそれも今は問題にならない。


「シビルちゃんッ! シビルちゃぁああっんっ!」


「おっとっ」


 涙で顔をグチャグチャにしたエミリアが飛びついてくるのを咄嗟に受け止め、思わず後ろに倒れそうになる。


 興奮で犬の耳がピンと尖り、尻尾が落ち着きなくブンブンと左右していた。


 相変わらず感情を隠さないケモッ娘パーツだ。エミリアの萌えポイントの一つだな。


「悪い。心配かけたなエミー」


「シビルぢゃぁんっ、うぇえええんっ、信じてたょぉお! うぇえん、ひぐっ、えぐっ、うえぇええんっ」


「大丈夫だよエミー。この通りピンピンしてるから」


 泣きじゃくって抱きついてくるエミリアの髪を撫で、自分が無事であることを何度も伝えて安心させてやった。


「ひぐっ、えぐっ、シビルちゃん、なんだかたくましくなった?」


「そうか? 別にそんなに変わってないと思うぞ。相変わらずのブタゴブリンだ」


 蔑称べっしょうを自ら口にしてもまるで気にならない。肉体の強さは心の余裕をも生み出してくれるみたいだ。


 当然チートで得たので完全に「虎の威を借る狐」、いや、「ドラゴンの威を借るブタゴブリン」に等しいが、これから体を鍛えて、しっかりダイエットして、本物の自信にしていきたい所だ。


 これまでどれだけ努力しても痩せることがないどころか、ドンドン太ってしまったこの体だが、この機会に何かが変わってくれていることを祈りたい。


「そんなことないもんっ! シビルちゃん、なんだかたくましくて格好よくなったよっ」


「分かるか? 死線を彷徨ってちょっと悟ったかもしれないな」


 冗談めかして言うと、再び大声で泣き始める。

 いかんな。死にかけたことと宝玉を手に入れたことで、ちょっとテンションがおかしくなっているのかもしれない。


「お、おいっ! 我々を無視してイチャイチャするんじゃないっ」


「あ? 悪い悪い。どうでもよすぎて忘れてたわ」


「な、なんだとっ」


 良い所だったのにアホの声で現実に引き戻されてしまう。


 正直こんなのをぶん殴っても何の意味もない。力の使い方を間違えるべきじゃないのだ。


 俺の目的はカンストステータスでイキる事でも、今まで俺をなぶってきた奴らに復讐をすることでもない。



 可愛い幼馴染みの泣き顔に萌えてしまってアホフレッドの事などすっかりどうでもよくなってしまっていた。


「き、貴様、一体どうしたというのだ。昨日、いや、先ほどまでの媚びたブタゴブリンとは、まるで別人ではないかっ!」


 確かに宝玉によって最強パワーを手に入れたから気が大きくなっているのは間違いない。


 しかし力を付けたが故に態度が悪くなってしまうな。性格の悪い奴になっていないかちょっと心配だ。

 アホになんと思われようがどうでもいいが、エミーに嫌われたら大変である。


「ほらエミー。俺はこの通り大丈夫だから、そろそろ泣き止んでおくれよ」


「だってぇ、うえぇえんっ」


 ああ、やっぱりエミリアは可愛いなぁ。マド花のヒロインの中でも特にエミリアは思い入れが強くて好きだった。


 ゲーム内のエミリアは幼馴染みの死を引きずっているが故に、出会った当初はかなり引っ込み思案で暗い性格だった。


 だが親密度を深めていくことによって徐々に本来の明るい性格を取り戻していき、そのギャップがまたエミリアを魅力的に描いていた。


 そんな彼女の心を掴んでいた幼馴染みとはどんなイケメンなのかと思っていたが、実際はこんなブタゴブリンだったのは少々複雑だ。


「おい貴様ッ! いい加減エミリアお嬢様から離れろッ」


「え? なんで?」


「なっ⁉」


「エミー、あいつ離れろって言ってるけど、どうする?」


「離れたくないっ! シビルちゃんとずっと一緒にいるっ! 結婚するっ!」


 絶妙に意味の違う答えが返ってきたが、想定よりも遙かに嬉しい回答で興奮してしまう。


 そんな事言われたらますます愛おしくて抱きしめてしまうじゃないか。


「ひゃうんっ♡ んっうん、し、シビルちゃん…♡」


「エミー、先に先生達の所へ戻ってくれ。あいつらと話し付けてくる。あとさ、今日、家に行って良いか? 今日のお茶はエミーが淹れてくれよ」


「う、うんっ♪ シビルちゃんの好きな紅茶準備するねっ。クッキーとケーキも準備しちゃう」


「楽しみにしてるよ。先に戻って待っててくれ。用事を済ませたら直ぐに向かうから。今日は久しぶりに一緒に帰ろう」


「わ、分かった。気を付けてね」


「ああ。時間は掛からない。心配するな」


「う、うんっ!」


「なッ⁉ ま、待ってくださいエミリアお嬢様ッ!」


 エミーはそんなアルフレッドの言葉などまったく聞こえていないのか、一切振り返ることなく走り去っていった。

 それどころか、振り返って俺にブンブンと手を振り、アルフレッドなど視界にすら入れていなかった。


「お、お前らッ、お嬢様を追えッ! 僕の前に連れて来いッ」


「は、はいっ」


「分かりましたッ」


「動くなッ!」


『!!?』


 アルフレッドの命令でエミーを追いかけようとした取り巻き達。

 俺は腹の底から空気を大砲のように吐き出し、力任せに叫んだ。


 カンストしたステータスは大声すら武器になるらしい。鼓膜とか破れてなきゃいいけど。


「や、やっぱり……お前、誰なんだッ」


「何言ってるんだお前? シビル・ルインハルドに決まってるだろ。お前のお気に入りのおもちゃだったブタゴブリンだよ」


「ち、違う。明らかに違うッ。お前はブタゴブリンじゃないっ! さっきまでとはまるで別人じゃないか」


 失礼な。まあ確かに奴らの知らない俺が現出したという意味では違うとも言えるが、俺がシビル・ルインハルドであることは変わらないのだ。



「なあアルフレッド。いい加減俺に突っかかるのはやめてくれないか。お互い利益がないだろ」


「な、なんだとっ⁉ 誰が突っかかってるんだ。下等な貴族の分際でっ。それになんだその口の利き方はッ!」


「それだよ。下等とか上流とか、たまたま生まれた家でマウント取るの、みっともないと思わないのか?」


「なんだとっ! 貴様ッ、我が家を侮辱する気かッ」


 今のやり取りでどうして侮辱になるんだか。

 こいつ、今まで気が付かなかったが、相当コンプレックスが強いみたいだ。

 多分同族嫌悪を感じてたのかもしれないな。俺も相当卑屈だったし。


 もう話を引き延ばす意味もない。さっさと縁を切ってしまおう。

 ついさっきまで鼻を明かしてやろうと思っていたが、一瞬にしてどうでもよくなった。


 復讐なんてどうでもいい。俺は早くエミーとイチャイチャしたい。


 元の『僕』の部分も既にどうでもいいと感じている。

 もはやアホフレッドにはなんの興味も湧かなかった。


「もう我慢ならんっ! 高貴なる血筋の意味を分からせてやるっ!! そこに直れっ。僕が成敗してくれる」


 成敗か。とことん俺のことを見下してるんだな。

 一応高貴なる血筋の意味とやらは一定数ある。


 下級貴族である俺が中位貴族であるアルフレッドに牙を剥くというのは実家との兼ね合いで少々面倒なことになる。


 だから……。


「一斉に放てッ! ファイアボルトッ」


「アイスジャベリンッ」


「サンダーピアスッ」


 アルフレッドと取り巻き達が一斉に初級魔法を放ってくる。

 腐っても魔力至上主義の貴族達だ。


 才能によってかなりの高威力を誇る魔法が向かってくるが、俺はそこから動かなかった。


 高熱のかたまりを受け止めるには少々勇気が必要だったが、ステータスの威力を確認するためにもここは受け止めよう。


 大丈夫だ。妙な確信があった。ステータスはきっと正しい。

 俺の中の何かがそう叫んでいた。


 火球、氷の槍、電撃の雷針が体に直撃し、爆発を引き起こして大量の土埃を巻き上げる。


「はははっ! ざまあみろッ!」


 体に何も感じない。カンスト魔法防御は高威力の魔法にもビクともしなかった。


 やっぱり凄いな。痛くもかゆくもないや。

 俺が奴の魔法を受け止めたのも、大丈夫だという妙な自信があったのだ。ステータスがものを言う世界であることを、俺自身が確信している。


「はははははっ……は……はぁ?」


 俺は奴らを無視して歩き出した。アルフレッド達は何が起こったのか分からず、その場に呆けていた。


「ま、待てっ、貴様何をしたッ。何故魔法が効かないッ⁉ どんなトリックを使ったんだッ!」


「俺は何も。ただ立ってただけだよ」


「な、なんだとっ」


 俺はそれ以上何も応えずにその場を後にした。

 エミーを待たせてるんだ。変なマウント取ってる場合じゃないな。所詮自分の力じゃないし。


「ま、待て貴様ッ!」


「ファイアボルト……」


 振り向きざまに魔法を放つ。当てないように斜め方向に手の平を突き出し、初級の魔法であるファイアボルトを唱えた。


 轟ッ!


「ぬおっ⁉」


 うわっ、凄いなこの威力。カンスト魔力で放つと初級魔法でもこんなになるのか。

 ステータスに任せた特大級のファイアボルトを斜め方向に放ち、アルフレッドの頭上をかすめていく。


 後方に広がる岩山を削り取ったファイアボルトは、形を崩すことなく彼方へと消えていった。


 気を付けて撃たないとな。魔力をコントロールする訓練も行なわないと事故が起こりそうだ。


「は…はぁ? ほわぁ……?」


「ほ、ほ……」


「なんれ……?」


 奴らの混乱している顔を見れただけで十分溜飲が下がったので、俺はエミーの元へと急いだ。

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