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第3話ブタゴブリン

 ブタゴブリン。

 生まれついて醜い容姿で生まれた僕には、そんなさげすみのあだ名が付いている。


「おらブタゴブリンッ! ブヒブヒ鳴いてみろやっ」


「臭ぇんだよ、この醜い子鬼がよぉっ!」


 ドスッという鈍い音を立てて腹の真ん中に衝撃が走る。

 呻き声を上げそうになるのを必死に耐え抜き、目を合わせないように押し黙った。


 幼い頃から顔は醜く膨れており、大して食べてもいないのに腹は大きく突き出て太っている。


 自分なりに痩せる努力はしたものの、どれだけ運動しても体の脂肪は落ちることはなかった。


 どういうわけか鍛えた筋肉が大きく成長することはなく、逆にどんどん太ってブタのようになっていく。


 ゴブリンという魔物は醜くて臭くて乱暴という、人間換算で非常に醜い存在だ。


 一匹だけでは大した強さはないが、集団だったり上位種だったりすると非常に強い個体も存在する。


 しかし僕はそんなゴブリンにも劣る弱くて醜い存在として、魔物にも家畜にも劣った存在という意味を込めて、ブタゴブリンという不名誉なあだ名で呼ばれ続けていた。


「哀れなほど醜いなぁお前は! 僕たちがこうして悪い物を蹴り出してやらなければ、悪魔に取り憑かれてしまうかもしれん、なぁっ!」


 ドスッ


「ぐふっ……」


 相手は僕よりも格上の貴族令息だ。逆らえば実家に迷惑が掛かる。

 ここはジッと耐えるのが得策なのだ。


 我が家よりも上位階級の家柄である目の前のアルフレッドとその取り巻き。

 僕はいつも彼らに執拗な嫌がらせをされていた。


 その理由は、実に子供じみたものだった。


「やめてくださいっ! あなた達なにをしていますのっ」


「うっ、あなたは」


 僕を助けてくれたのはよく知っている女の子の声。

 鈴を転がしたような可憐な声は、男なら誰もが憧れる柔らかさを含んだ魅惑的なソプラノボイスだ。


 淡い栗色の髪。クリッとした大きな瞳。低くて形の良い鼻。桃色の唇は見ているだけで心臓が高鳴っていく。


 背丈は低く、平均的に低めの僕の身長より更に低い。


 しかし、その華奢な体に見合わない、あまりにも女性を強調しすぎる大きな胸のギャップ。


 そして獣人族の特徴でもある犬のような耳とフサフサの尻尾。


 まだ成人前の少女であるにもかかわらず、その美しさは国外にまで響き渡っている。


 僕達の通う中等部学園の男子生徒なら誰もが憧れ、魅力的という概念を凝縮したような美少女が心配そうな顔で僕に駆け寄ってくれた。


「もうやめてくださいっ。貴族としてみっともないと思わないのですかっ」


「いえ、しかしですねエミリアお嬢様」


 しどろもどろになりながら自らの行いを正当化しようとするが、穏やかでありながら強い眼光に射貫かれて萎縮している。


 アルフレッドがエミリアに懸想けそうしているのは明白だ。幼馴染みで仲の良い僕が気に食わないのも理解できる。


「これ以上下劣な暴力に訴えるなら、お父様に言いつけますわよ」


「チッ、つまんねぇ。もう行こうぜ」


 僕をいじめる貴族のボンボンとその取り巻き達。弱い者イジメは自分が弱い人間だと認めている証拠だ。


 だから僕は何も気にならない。悔しいなんて思ったら、僕はあいつらと同レベルになってしまう。


 悔しくなんてない。悔しくなんてないんだ……本当に、悔しくなんて、ない。


 捨て台詞を吐き捨てるボンボン達の背中など目もくれず、差し出された小さな手を握り絞めた。


「ありがとうございます……エミリアお嬢様。このご恩はいつか」


 だけどその手を直ぐに振り払う。関わると彼女に迷惑がかかってしまう。

 僕はすぐにその場を立ち去ろうと歩き出した。


「まってよシビルちゃんっ! お嬢様なんて寂しい呼び方しないでっ。昔みたいにエミーって呼んでよ」


「子どもの頃とは違うんです。僕みたいな底辺貴族に構っていると、あなたの株が下がってしまいますよ」


「そんなの関係ないもんっ! 私はシビルちゃんだから助けたのっ!」


 僕と彼女は、いわゆる幼馴染みだ。小さい頃はよく遊んだし、結婚の約束だってしたこともあった。


 だけど所詮子どもの頃の話だ。

 公爵令嬢であるエミリアと、三流貴族の三男坊である僕では立場が違いすぎる。


「助けてくださったことには感謝します。でも、僕は気にしていませんから」


 シュンと彼女の特徴であるピンと立った耳が垂れ下がる。

 同じように尻尾が下に下がり、彼女の感情が如実に表れている。


 そんなエミリアの可愛らしさは子どもの頃から変わっていない。

 僕はそんな彼女の頭に手を伸ばし、ワシャワシャと髪を撫でてやった。


「ひゃぁうんっ……シビルちゃん、くすぐったいよぉ」


「エミーのくすぐったがりは全然変わらないな」


「くぅん♡ えへへ、やっぱりシビルちゃんの手、温かい♡」


 貴族の令嬢らしくしっかりと解かれた髪はフワフワとゆっくりカールしている。


 その喜びを表すように尻尾が左右にブンブンと揺れていた。可愛い。


 柔らかな手触りと共に風になびく髪から甘い匂いが漂ってくる。

 子どもの頃から知っている、彼女らしい優しい香りだった。


「分かってくれよエミー。君は公爵令嬢。僕はしがない三流貴族の三男坊だ。立場が違いすぎるんだよ。僕なんかと仲良くしてたら、皆にバカにされてしまうよ」


「そんなの関係ないもんっ! シビルちゃんと仲良くなれないなら、貴族の娘なんて立場もいらない。平民になったっていいんだもんっ」


 頑なに譲ろうとしないエミリア。そんな態度に僕の頬も緩んでしまう。


 何故なんだろう。僕はこの笑顔を見る度に、


 そんな理由もあって、結局彼女から本気で離れることができないでいるどっちつかずの態度をとってしまっていた。


「はぁ……分かったよエミー。僕の負けだ。だけどあいつらの底意地の悪さは筋金入りだ。どんな嫌がらせをしてくるか分からないから、本当に気を付けてね」


「大丈夫だよ。あいつらの親はウチのお父様の腰巾着だもん。向こうが権力振りかざすならこっちだって遠慮しないんだからっ」


 普段はおっとりしているのに、こういう所は非常にしたたかというか、図太いというか……肝が据わってるんだよな。


「ジッとしてて。今治してあげる♪」


 エミリアのか細い指から淡い緑色の光が溢れ出し、僕の腹に溜まった痛みを徐々に柔らかげてくれる。


 全身を包み込む温かい光が擦り傷を癒やし、あっという間に健全な状態に戻してくれた。


「ありがとうエミー。相変わらず君の魔法は凄いよ」


 男達の集団に食ってかかる図抜けた態度ができるのも、彼女の生まれ持った魔法の才能があってのことだ。


 男達が束になって襲い掛かっても、彼女の魔法の前には雑魚も同じ。


 この国の貴族は剣の腕と魔法の力の強さがものを言う。


 公爵ともなると生まれついて強い魔法の力を持っており、幼い頃から受けている魔法の英才教育の影響もあってエミリアの力は相当なものだ。


【ギフトスキル『精霊魔術』】


 選ばれし者が天から与えられる固有のスキル。それが神からの賜り物とされるギフトだ。……一応、僕も持っている。


 精霊魔術は空、大地、空気。あらゆるものに宿る精霊の力を借りて行使する魔法の一種だ。

 普通の魔法よりも威力が高くて純度が高い。


 同世代で彼女の魔法の力に敵う奴なんてほとんどいないに等しい。

 僕は魔法が不得意どころか、まともに扱うこともできない。初級魔法のいくつかを申し訳程度に行使できるのみだ。


 ほとんど使えないのと変わらない。


 剣技の才能もない。底辺貴族が底辺たる理由は、生まれついた才能も関係している。


「まだ痛む所はない? もっとかけようか?」


「いや、もう大丈夫だよ。いつも通り完璧な魔法だ」


「えへへ~♡ シビルちゃんに褒められたぁ♡」


 100人中100人が恋するであろうビューティスマイル。今の僕にはあまりにも眩しすぎた。


 僕は、エミリアが好きだった。だからこそ、底辺貴族で将来の希望もない僕が、彼女に気持ちを伝える訳にはいかなかったんだ。


 幼い頃は彼女と共にお姫様の遊び相手も務めたものだが、それも今は昔の話だ。


「シビルちゃん、うちでお茶しましょ♪ メイドのアミカも会いたがってるわ」


「いや、遠慮しておくよ。僕みたいな底辺がサウザンドブライン家の敷居をまたいだら不敬だ」


「そんなの関係ないもんっ! シビルちゃんを悪く言うならお父様だって嫌いになっちゃうんだからっ!」


「わ、分かったっ、分かったから引っ張らないでよっ」


 強引に僕の手を引っ張る幼馴染みの笑顔に、いつまで甘えていられるか心配でならなかった。


 底辺も底辺。辛い毎日の中でエミーだけが僕の救いだった。


 突然だけど、僕には人と違う点が三つある。


 一つ。戦いの才能がない。というより、どれだけ努力しても成長できない。しないのだ。


 二つ。自分じゃない『特殊な記憶』がある。これもひと言では説明しづらい。


 そして三つ。なによりこれが一番厄介だ。


 僕には才能がない。いくら努力しても体が強く成長しない。

 それは、多分、僕の『特殊な記憶』と『特殊なスキル』が関係しているのだと思う。


 僕が持っているギフトスキルの名前。



そう、それが三つ目、『エロ同人』という謎のスキルだ。


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