「それでは、調査報告会を始めます」
司会者の声は重く、ずーんと来るものであった。
そしてこの会議室は、異様な雰囲気である。
掛橋さん、うちの社長を含め、親会社である重役がぎっしりと座っていた。
とにかく怖い。重役いるだけでパワハラ。
「では、古牧くん、報告をしてくれたまえ」
会長の言葉と共に、古牧さんが立ち上がる。
「それでは、早速報告と参ります。まずはお手元の資料を、見ていただけますと有難いのですが、結論ファーストでいいますと、パワハラはありました」
一瞬ざわめきが起きるが、会長の咳と共に、静まり返る。
「今回の発端ですが、やはり掛橋部長による、慢性的なパワハラ言動が原因です。厚生省のパワハラのガイドラインにも、該当すると考えられます」
「そうすると、古牧くん。本件はどうなる?」
「被害に遭われた方が訴えを起こす……。その可能性があると感じます」
その瞬間、座っていた掛橋さんは立ち上がり、重役たちに向かい、土下座をした。
「たいへん! たいへん申し訳ございませんでした!」
自分の上司が土下座をしている姿を見るのは、初めてだった。
驚いたうちの社長は、遅れながら一緒に土下座を始めた。
「何しとるんだ、君たちは!」
「うちのグループを潰す気か!」
「舐めたことしやがって!」
重役の老人たちは、一斉にぎゃあぎゃあと騒ぎ出す。
相手が何も言えないから、いい気になっている。
お前たちだって、立派なパワハラだろう、普通に。
けど......。
「申し訳ございません!」
必死に謝り続ける掛橋さんをみると、私が怒ることすら、申し訳なくなる。
掛橋さんは、どれだけ我慢しているのだろうか。
「黙れ!」
その一言で、場は静まり返る。
会長がイラついた様子で、古牧さんを睨む。
「古牧くん、報告は以上か?」
全員の視線が古牧さんに集まる。
すると古牧さんはニヤッと笑い、「いえ、これからが本番です」と言い、掛橋さんの方に向かいながら歩き出す。
「もちろんパワハラの事実は変わりませんが、問題は被害者が訴えるかどうか」
「それは訴えられるだろう。既に、SNSで悪評を流されているだろう!」
重役の一人が怒ったように叫ぶ。
「落ち着いて下さい。もちろん一部週刊誌などは報道しているようですね。しかし、しかしです。なーぜ主要メディアは報道しないのでしょうか……? 理由は簡単です。......証拠がないからです」
その意外な一言に、さらに会議の場がざわめく。
「どうか皆様、落ち着いて下さい。まず、事件の発端を考えましょう。四宮なる社員は、慢性的に上司である掛橋から、人格否定となる言動をされていました。客観的に見ても、それはパワハラです。そして我慢の限界に達した四宮は、訴えると叫び、自身のパソコンとスマホを窓から捨てた。非常にワイルドであります。でも、事実として、四宮本人とも確認しましたが、訴えるつもりはないといいます」
「そんなことあるか!」
別の重役が叫ぶ。
「ならば、本人から聞けばいいです。それではどうぞ」
部屋のドアが開くと、そこにはスーツ姿の四宮がいた。
「四宮......」
掛橋が驚いた表情で見つめる中、四宮は皆に一礼し、古牧さんの近くへ歩いてきた。
「四宮さん、こんな居心地の悪いパワハラ部屋に、ご足労ありがとうございます。端的に申し上げますが、訴えを起こしますか?」
四宮は一呼吸置いた上で一言。
「いいえ、しません」
その一言に、さらにざわめく。
「ありがとうございます。つまり、んーそういうことですね」
するとまた別の重役が叫ぶ。
「口で言ったいるだけだろう!」
「待ってください! よく考えてみてください!」
古牧さんの張り詰めた声に、緊張感が生まれる。
「もし! もしですよ! もし慢性的にパワハラを食らっていたら、証拠が何よりも大切になります! どうやら、掛橋さんからのメールの文面も、たまにひどかったらしいですね。私も見ましたが、なかなかどぎついです。けど、それならパソコンやスマホを壊さず、手に持っておくでしょうが。社員のヒアリング調査よりも、信用性の高い証拠になります。裁判でも有利ですが、それをマスコミとかに見せた方が、大事になれますし。
もちろん、社内でログとか残っていれば、それも証拠にはなりますが、平社員の四宮さん自身がそれにアクセスし、データを確保するのは難しいです」
「そ……それなれば、メールを印刷したりとか、USBとかで、データを取ったりしたんじゃないか!」
重役が食いついてくる。
「それこそ無理です! この会社のパソコンは、元々セキュリティの関係で、USBは使えませんし、個人メールやクラウドで、四宮さんがデータを持ち出した形跡も、ありませんでした」
「じゃ、じゃあ、どういうことなんだ」
重役たちがざわめく。
「んー、非常に聞きづらいのは聞きづらいのですが……。単刀直入に聞きます。四宮さん、あなた、はめられたでしょう?」
その一言で、その場が静まり返る。
「聞きましたよ。四宮さん。もともと、一流の営業マンになりたかったそうですね。それで、掛橋さんに憧れていたとか。でもぶっちゃけ、やはり社会人一年目で一流になるのは難しい。だからこそ、自分から厳しく指導して欲しいとお願いしていた。けど、それすら耐えられなくなるくらい、落ち込んでしまっていましたね」
四宮は申し訳なさそうに語り出す。
「......はい。人生初の大きな挫折でした……。今まで何でも前向きに取り組んできたからこそ、今回も同じかと……。けど、社会人は全く違いました。
さすがに掛橋さんも心配してくれて、大丈夫かと、声をかけてくれていました。でも……」
「でも……、苦しみを言えなかった」
「はい。お恥ずかしいのですが、自分で言い出したことなので、最後まで頑張りますと。プライドが邪魔をしました……。でも、我慢の限界になり、よくしてもらっていたのに、段々とイラついてしまって......。なんで分かってくれないんだって……、なんで結果が出ないんだって……」
「んー、それでどうなりましたか......?」
四宮はまた深呼吸し、発言した。
「掛橋さんを陥れないかと、誘われました」
またざわめきだす。
「そうですか、誰にですか」
「......山添さんです......」
(!!)
皆啞然とした表情をしていた。あの山添が......と。
「それで何をしましたか?」
「パワハラで訴えろって。お前の苦しみや頑張りを理解しないあいつを訴えろって。メディアに対しても情報のリークをしろって」
「それでやったのですね」
「山添さんに、掛橋さんはお前ことなんて、ゴミ程度にしか思っていないとか。本当は全く信用してないとか。あいつは時代遅れのゴミだとか、色々言われました。結果的に、恨みに目がくらみ、一瞬それを考えました」
「んー同じ質問で恐縮ですが、メディアにリークはされましたか!」
「いや、途中で怖くなり、できませんでした……」
「できなかった割には、SNSでは広がりましたね」
「違うんです! 計画の途中で怖くなり、そもそも自分も冷静さをかけていたと思って、やはり掛橋さんっていい人だなって。本当に俺のためを思ってやってくれているなって。やっぱり全ては俺のせいだなって。だからこそ、計画の中止を山添さんにお願いしたのですが......」
「できなかった?」
「……はい。お前が陥れようとしたことも、全てを親会社にばらすぞって言われて。最近、仲良くなった本社の人がいるって。俺はそれで助けられるって。だからこそ、それをされたくなかったら、告発文と共に、証拠をメディアに送れって。
もう嫌だった。けど、山添さんの目もあったので、怒られた腹いせのフリをして、パソコンやスマホを投げ捨て、逃げました」
会議室が静寂に包まれる。
「そうするとSNSは?」
「私じゃないです。おそらく、山添さん......」
「なるほど。結果的に、確たる証拠がなかったから、主要メディアは、動かなかったってことかもしれませんねまあメディアは、一応表向きには、嘘には厳しいですしね」
すると、四宮は掛橋さんの前に座り込むと、謝罪をした。
「本当に、本当に、申し訳ございませんでした……」
四宮は必死に土下座をするが、掛橋さんの目には、怒りは無かった。
逆に謝罪するように、「ごめんな。全く気にしてやれなくて。本当にごめん」
二人は慰め合うように、でも、表情はどこかすっきりしていた。
それを見届けた古牧さんは、会長に向かって一言。
「んー解決ですねこれ。んー以上になります」