「昨日のヒアリングですが......」
隣の席に乗る古牧さんに向かって、ついつい話しかけたくなった。
「正直、驚きました」
古牧さんはそれに反応せず、窓の外の風景を見続けていた。
私は構わず、カーナビも気にしながら、運転を続ける。
「まさか、山添さんがそう思っていたなんて……。でも、私自身、結構掛橋さんに憧れていたので」
ちょうど帰宅ラッシュの時間。目の前に車が割り込み、ゆっくりブレーキペダルを踏む。
「自分の会社での正しい、普通って思うのって、外から見ると、全く違う。それは理解しているつもりです。たしかに世間の常識から言うと、掛橋さんの言動は、パワハラに近いです。けど、掛橋さんは、本当に部下の成長を思って、そうやってくれている。私も全然ダメだったのに、おかげで一人前になれるようになりましたし......」
信号で止まって、風景の移ろいが無くなったからだろうか。古牧さんは、椅子にぐったりと寄りかかり、つまらなそうに正面を向いた。
「まあ、そうだと思いますね......」
「だからこそ、ちょっと山添さんの発言は、何か、そういう掛橋さんの想いを無視しているといいますか、感情的といいますか」
「それもそうだと思います……」
「だから、私は、」
「でも、それもあなたの感情的な意見ですよね」
信号が青になり、無意識にアクセルを踏む。
また古牧さんは、窓の外を見始めた。しかし、語りは止めなかった。
「正直、山添さんをはじめ、数人の社員にヒアリングもしましたが、昨日のヒアリングでは、有益な話はなかったですね」
「有益じゃないですか?」
「はい、正直、あの程度の話は、そもそも想定できています。どこの会社でも、仮面を取れば、本音は分かりません。山添さんに近い意見も多かったですし、あなたに近い意見もありましたね。でも、物には見方がある。見方を変えれば、どっちが正しいなんて、コロッコロ変わります」
「では、何が正しいのですか?」
私はついついムキになり、質問した。
「そーですねえ。会社なんて、感情的な生き物の集合体。だから、何かが絶対的に正しいって、ないと思います。最終的に決められた法律とかルールと照らし合わせて、何が正しいのか、決めなきゃならない」
「でも、それって、そのルールが正しくなければ意味ないですよね?」
「んーそうですねえ。おそらく、我々のような不完全な生き物がルールを作るからこそ、絶対的に正しいものなど、ありません。さらに、そのルールと照らし合わせること自体、人間の主観によって行われます。多少の誤差とかもあるんじゃないですかね……」
「それだと......。その不完全なルールで救われなかった人が可愛そうです......」
私はなぜか悲しくなり、泣きたくなった。
「その通りです。良かれと思ってやっても、それを受け手と客観性により、悪とされることはあります。不完全なルール、法律、制度によって、悪になることもあります。
家族を養う、子育てのため、会社の成長という大義名分があっても、手段が悪ければ、それは絶対悪です。でも……、だからこそです。私のような、闇探偵が必要なのです」
「え?」
私が驚いて古牧さんの顔を見ても、古牧さんは前を見たままであった。
「おそらく、ただの処分であれば、クライアント、つまり親会社の会長さんも、私に仕事の依頼をしなかったでしょう。そこで、考えなきゃいけません。クライアントの意も汲み取りつつ、全てを解決する。もちろん結果、誰かが処分になるかもしれませんが、なるべく、恨みや後悔がなく、終われたらと思っています。そのためには、私は多少グレーなこともします。だって、闇探偵ですから」
カーナビの通知音に気が付き、車を止める。
「さあ、送迎ありがとうございました。あなたは、待っていてください」
「すみません、言われた住所にやって着ましたが、ここは......?」
「はい、四宮さんの家です」