「ということで、親会社命令で、社内での調査を行うことになった」
掛橋さんはいつもの通り、淡々と連絡事項を話す。
しかし、今日は、だいぶテンションが低そうだ。
「で、その調査を行うのが......」
「どーも、皆様始めまして。古牧と申します。どうぞよろしく」
昨日の、あの男がいた。
「古牧さんは、ビジネス系に特化した、社内調査探偵をしている。闇を暴く、闇探偵だとか」
「掛橋さーん。その言い方はちょっと。私は、不祥事専門の探偵、古牧です。基本的に外部監査が入る前に、社内での調査を行い、それを整理解決を目指す仕事をしています」
やはりあの男、普通ではなかった。
しかも、私のことも分かった上で、昨日は近づいてきたのか。子どもみたいだが、抜け目がない。
「私自身、もともと探偵になりたかった......。あのテレビドラマの探偵に憧れたのです。けど! 今の時代なんて、探偵業は、浮気、不倫の調査ばかり! ひっじょうにつまらない! けど企業、この経済やビジネスの世界には、まだまだ沢山の闇がある......。私は、この闇を暴く。これが、私の知的好奇心を満足させる仕事だと、実感しています。そして、つまり、私は......」
「すみません、古牧さん。さすがにそろそろ仕事に入らないと」
「おっとそうでしたか。どうもすみません、ついつい熱が入ってしまい、いや昔はこんなことはなく、もっと素直な人間で。はい、例えば……」
「みんな、古牧さんのヒアリング調査に協力するようにな」
掛橋さんはつまらなそうな表情をしながら、デスクに戻っていった。
「と、いうことで、よろしくお願いいたします」
古牧さんは、深々と頭を下げてくる。
掛橋さんの指示で、私は古牧さんの調査を手伝うことになった。なんで。
「とりあえずですね~うーん。まず、被害者である四宮さんのパソコンやスマホは?」
意外にも、調査はまじめに行われるようだ。
「実はですね、どちらもありません......」
「ないんですか?! 本当に?!」
古牧さんの驚いた顔を初めて見た。けど、いつものオーバーなリアクションと、さほど変わりはない。
「どーしてないのですか?」
実はあの日、四宮は完璧にぶち切れて、オフィスの五階の窓から、パソコンとスマホを、オフィス前の川に投げ捨てた。
「ほう、なかなかワイルドですねー。弁償とかしたのですか?」
「いえ、内容が内容でしたので、リース会社には、無くしたということで、親会社が弁償したと聞いています」
「ほう、そうですか」
んーっという表情と共に曇り出す古牧さん。
「何か気になることでも?」
んーっと顔をしかめっ面にし、何かを考えている様子。
「コンコン」
ドアが開き、人が入ってくる。
「失礼します……」
「あ! 山添さーんですね!」
先程と打って変わって、表情を明るくする古牧さん。
先輩の山添さんも、あまりの歓迎ぶりに困惑している様子だ。
「どうもすみません、お仕事中に。ちょっと社員の皆様に、ヒアリング調査をしていまして......」
「存じています。なるべく早めに」
「もちろんです、私の得意分野です」
山添さんは、二五年目の大ベテラン。そして、四宮の直属の上司となる。つまり、掛橋さんの部下であり、中間管理職である。
ただし、掛橋さんと山添さんは年齢も同じで、信頼し合っている関係だ。
「早速ですが、山添さん。四宮さんって方は、どんな性格の人でしたか?」
「んー、そうですね。正直、真面目ではあったと思いますね」
「真面目ですか?」
「はい、驚きですか?」
「いやーそうですね。話を聞く限り、連絡や報告が遅かったり、アドバイスを聞かなかったりしたり、何よりもミスが多かったりと、聞いておりましたからー。普通、真面目なら、そういうミスは二度としないようにしませんかね?」
「いや、真面目だからこそです。ある意味ミスの注意ってのは、そいつのことを期待しているからこそできます。もっと頑張れ、もっと成長しろって。本当にダメな奴には、時間なんて、掛橋さんも含め、我々は使いません。けど、四宮は、それを真面目に受け過ぎた」
「受け過ぎた?」
「はい......。私はチームの管理と共に、今でも営業をやっています。業界用語で言うなら、プレイイングってやつですね。管理職だけど、平社員と同じように営業をする。私は様々なお客様の会社を見てきましたが、うちの会社はちょっと......」
「ちょっと......とは?」
一瞬山添さんは私をチラッと見て、古牧さんを見返した。
「内緒にしてくれますか?」
「もちろんです、そのためにこの素敵な会議室を取っていますから」
山添さんは一度深呼吸して、語り出す。
「正直、掛橋さんの言い方は、かなりパワハラ気質があります。人格否定的な言葉もある。そんなのは、真に受けない方がいいのですが、今の若い人、特に真面目な四宮は、それを真に受けてしまった。結果的に、段々とパニック状態になっていって、できていた事ができなくなっていった。そう感じます」
「そうですか......。たしかに今の若者は、ゼット世代やらなんやらと、名前の割には打たれ弱い世代ですねえ。うんうん」
「正直、我々世代だと、死ねとか殺すとか、上司に言われるのは当たり前。でも、もう時代も変わってきている。特に今の若い連中は不憫だ。ここまで虐げられても、特に景気が良くなったり、給料がもっと上がったりということもない。だからこそ、我々世代が変わって、まずこの会社を変えないといけない。掛橋さんは、完璧に時代遅れになってしまっています。私は掛橋さんを尊敬していますが、今回のようにパワハラをしたことが、残念です」
「......。お気持ち、お察しします」
「今回の件で、会社が変わることを願っています」
「そうですか、ありがとうございました」