「このバカ野郎が!」
オフィスを駆け抜ける怒号。しかし、社員達は皆、黙っている。
「お前分かってんのか? 」
部長の掛橋さんの𠮟責は、いつも通りである。
この会社は、とある大手企業グループに所属し、人気企業である。しかし、その分、仕事に求められるものも多い。
ただ、そこを理解しない大学卒の甘ちゃんたちが入社してきて、仕事の足を引っ張っていく。
「しーのーみーや。お前、このミス何回目だ?」
「す、すみませんッ」
必死に頭を下げるのは、新卒一年目の四宮。
都内の有名大学出身であり、入社直後は、意気揚々としていた。
しかし、担当を持ってからは、あまりお客様と上手くいっていないらしい。
だからこそ、今日もお客様からクレームの連絡が来る。
「四宮、謝ってもダメだ! 挽回しなきゃ!」
「すみません!」
「謝るなって! 何度目のミスだこれ。おまえなぁぁぁあ?」
掛橋さんの叱責を聞くと、読者の皆さんは、ひどいと感じるだろう。
でも、私たちも皆、掛橋さんに叱られてきて、今がある。
四宮も、その成長のタイミングなんだろう。
だからこそ、今、我々に出来ることは、その指導を温かく見守り、後輩が成長するのを待つだけだ。
「ふざけるなよ! 四宮の代わりなんて、沢山いる。やる気ないのなら、辞めちまえ!」
出た、掛橋さんの常套句。
私もされたことあったっけ。
ついつい懐かしく思っていると、私も、もう一〇年目か。
少し哀愁を感じた。
「......。あの」
怒られた四宮はうつむいている様子だったが、何か言いたげな様子であった。
「......。どうした?」
気になった掛橋さんに対し、四宮は顔を上げると、一言。
「ふざけんな! こっちが黙っていると思ったら、調子に乗りやがって! こんな会社、訴えてやる! 死ね!」
情報の拡散は、すさまじかった。
まだ主要メディアとかには取り上げられていなかったが、SNSでは、ある程度有名な話になった。
うちの社長も、掛橋さんも、本店、つまり親会社の取締役会に呼ばれる始末。
このままどうなっちゃうのだろうか。
はぁーっとため息を付き、オフィス近くの公園で、中抜け休憩を取る。
「ため息ですか、良くないですね」
びっくりすると、横に知らない男性が座っていた。
四〇代前半で、全身黒いスーツ。その上から、これまた黒いコートを着ていた。
「ため息、していましたよね?」
私が警戒し、驚いていることに、その男性は、無頓着であった。
「ため息っていうのは、確かに精神的なリラックスにはなります。しかし、しかしですね~。そもそもため息をしてしまう、今の状況が良くない」
私が黙っていると、そのままずっと話続けそうだった。
ついつい、
「すみません。どちら様でしょうか......」
と尋ねる。
するとその男性は、「あっ!」という表情をし、姿勢を正して、謝ってきた。
「ど~も、すみません。私、古牧と言います。古牧亜造です。古いってのは、おじいさんの古時計の古で、牧は、牧場の牧で......」
「いえ、それくらい分かります」
「あ~、そうでしたか、どうもすみません。ついつい癖で、」
その怪しい男性は、いや、怪しいのではあるが、どうやら、変人らしい。
「う~ん、もっとスマートな自己紹介ができたら......」
先ほどの私の返しに対し、まるで子どものように素直にショックを受け、悩んでいる様子。
それにしても、いつかのドラマでも、似たような人がいたような......。
あの頃は本当に楽しかったな。家族と見るのが、何よりも大切な時間で、次の日、学校で真似をしたっけ。
ふふふっと、思い出し笑いをしてしまう。
「おっと、いいですねその笑い」
そう指摘され、驚き、笑顔を隠す。
「いつぶりですか?」
その質問の意味が分からなかった。
「えっと、何がですか?」
下の質問かと、警戒すると、その古牧なる男は、急に真剣な表情となり一言。
「いつぶりに、心から、笑いましたか?」