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第9話 遺跡の深層

 「……このままじゃ、やばい。」


 グータは額の汗をぬぐいながら、背後の扉が閉じる音を耳にした。


 「こっちも封印されてる……」


 どこかで音がした。遠くから。だが、それが何なのかはわからなかった。


 「今、逃げなきゃ」


 グータは少女の手を引き、闇の中を走った。


 前方に暗闇のトンネルが続き、全身を包み込むような重苦しさが彼の体に押し寄せる。


 「……お前、名前覚えたか?」


 「……」


 少女は言葉を返さなかった。


 グータが振り返ると、彼女はただ無表情で歩いている。手のひらはまだグータのそれにしっかりと握られている。


 「おい、聞いてるか?」


 「……ええ。」


 少女はゆっくりと答える。


 「名前……わからない。」


 その声は、かすかに震えていた。


 「そっか。」


 グータは深いため息をついた。どこに行けば助かるのか、そもそもどこが安全なのかもわからない。目の前に広がる無数の通路には、どれも出口が見えない。


 「とにかく、出る方法を探そう。」


 グータは彼女を引きながら、無我夢中で足を進めた。


 『ビリビリ――』


 突然、空気が震えるような感覚に襲われた。


 グータの手が、何かに引き寄せられるように感じた。


 「……まさか。」


 その瞬間、目の前に巨大なモニターが現れた。壁から突如として浮かび上がったかのように、青白い光が薄暗いトンネルを照らし出す。


 「……この場所、やっぱり異常だ。」


 グータは無意識に、少女の顔を見た。


 彼女の顔も、驚いたようにモニターを見つめている。


 モニターに映し出されたのは、戦争の映像だった。


 無人兵器が都市を爆撃し、壊れた建物が崩れ落ちる。


 その映像に、グータは目を奪われた。


 「これ……どこだ?」


 「……」


 少女は無言で映像を見つめていた。


 その目が、どこか遠くを見るような、懐かしさを含んでいた。


 「これ、あんたの記憶か?」


 グータは少女に声をかけたが、彼女は答えない。


 その代わり、モニターに現れたのは、少女の顔だった。


 「……え?」


 グータは目を見開く。映像の中、少女は無表情で一人、破壊された都市の中に立っていた。


 その瞬間、モニターの映像が切り替わった。


 『PROJECT: NOAH』


 次に映し出されたのは、ただの戦争の映像ではなく、文字通りの「人間兵器」としての彼女の姿だった。


 少女の体は無機質に、機械的に操作されているかのように、次々と無人兵器を操り、命令に従って破壊の限りを尽くしていく。


 「まさか、これが……」


 グータは息を呑んだ。


 「これが……お前の過去か?」


 少女の表情に、ついに動きがあった。


 「違う……」


 彼女は震える声で呟いた。


 「私は……私は、戦っていたわけじゃない……。」


 その言葉に、グータは混乱を覚えた。


 「じゃあ、これは……?」


 「これは、私の体が勝手にやっていたこと。」


 少女の顔は、徐々に青白く、そして怖気づいたように歪んでいった。


 「私、……誰かに操作されていた。」


 その瞬間、グータはその映像が現実ではなく、単なる記録であることを理解した。だが、記録の内容があまりにも衝撃的すぎて、彼の心の中で一瞬何かが壊れるような感覚が走った。


 「お前……その“プロジェクト・ノア”って、何なんだ?」


 少女は唇を震わせた。


 「私も、わからない。わからないけど……」


 彼女は目をそらし、グータの目をじっと見つめた。


 「でも、私、戦争の道具だったの。」


 その言葉は、グータの胸を締め付けるような重みを持っていた。


 『プロジェクト・ノア』。それは、戦争に使われるために作られた「人間兵器」のプロジェクトだった。


 少女の体は、単なる兵器に過ぎなかった。そして、彼女の記憶は、それを無理やり封印していた。


 「私……忘れていた。」


 少女は、今更ながらにその事実に直面し、涙をこぼした。


 「私、誰かを守りたかった。けど……そのために、戦争をしていた。」


 「お前……」


 グータはその言葉に言葉を失った。


 ここから先、どうしたらいいのかも、わからなかった。


 ――ただ、戦争の遺産がここに残っている。


 そして、それが少女の心に残っている。


 ――彼女は、いったいどうすれば幸せになれるのか?

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