「……このままじゃ、やばい。」
グータは額の汗をぬぐいながら、背後の扉が閉じる音を耳にした。
「こっちも封印されてる……」
どこかで音がした。遠くから。だが、それが何なのかはわからなかった。
「今、逃げなきゃ」
グータは少女の手を引き、闇の中を走った。
前方に暗闇のトンネルが続き、全身を包み込むような重苦しさが彼の体に押し寄せる。
「……お前、名前覚えたか?」
「……」
少女は言葉を返さなかった。
グータが振り返ると、彼女はただ無表情で歩いている。手のひらはまだグータのそれにしっかりと握られている。
「おい、聞いてるか?」
「……ええ。」
少女はゆっくりと答える。
「名前……わからない。」
その声は、かすかに震えていた。
「そっか。」
グータは深いため息をついた。どこに行けば助かるのか、そもそもどこが安全なのかもわからない。目の前に広がる無数の通路には、どれも出口が見えない。
「とにかく、出る方法を探そう。」
グータは彼女を引きながら、無我夢中で足を進めた。
『ビリビリ――』
突然、空気が震えるような感覚に襲われた。
グータの手が、何かに引き寄せられるように感じた。
「……まさか。」
その瞬間、目の前に巨大なモニターが現れた。壁から突如として浮かび上がったかのように、青白い光が薄暗いトンネルを照らし出す。
「……この場所、やっぱり異常だ。」
グータは無意識に、少女の顔を見た。
彼女の顔も、驚いたようにモニターを見つめている。
モニターに映し出されたのは、戦争の映像だった。
無人兵器が都市を爆撃し、壊れた建物が崩れ落ちる。
その映像に、グータは目を奪われた。
「これ……どこだ?」
「……」
少女は無言で映像を見つめていた。
その目が、どこか遠くを見るような、懐かしさを含んでいた。
「これ、あんたの記憶か?」
グータは少女に声をかけたが、彼女は答えない。
その代わり、モニターに現れたのは、少女の顔だった。
「……え?」
グータは目を見開く。映像の中、少女は無表情で一人、破壊された都市の中に立っていた。
その瞬間、モニターの映像が切り替わった。
『PROJECT: NOAH』
次に映し出されたのは、ただの戦争の映像ではなく、文字通りの「人間兵器」としての彼女の姿だった。
少女の体は無機質に、機械的に操作されているかのように、次々と無人兵器を操り、命令に従って破壊の限りを尽くしていく。
「まさか、これが……」
グータは息を呑んだ。
「これが……お前の過去か?」
少女の表情に、ついに動きがあった。
「違う……」
彼女は震える声で呟いた。
「私は……私は、戦っていたわけじゃない……。」
その言葉に、グータは混乱を覚えた。
「じゃあ、これは……?」
「これは、私の体が勝手にやっていたこと。」
少女の顔は、徐々に青白く、そして怖気づいたように歪んでいった。
「私、……誰かに操作されていた。」
その瞬間、グータはその映像が現実ではなく、単なる記録であることを理解した。だが、記録の内容があまりにも衝撃的すぎて、彼の心の中で一瞬何かが壊れるような感覚が走った。
「お前……その“プロジェクト・ノア”って、何なんだ?」
少女は唇を震わせた。
「私も、わからない。わからないけど……」
彼女は目をそらし、グータの目をじっと見つめた。
「でも、私、戦争の道具だったの。」
その言葉は、グータの胸を締め付けるような重みを持っていた。
『プロジェクト・ノア』。それは、戦争に使われるために作られた「人間兵器」のプロジェクトだった。
少女の体は、単なる兵器に過ぎなかった。そして、彼女の記憶は、それを無理やり封印していた。
「私……忘れていた。」
少女は、今更ながらにその事実に直面し、涙をこぼした。
「私、誰かを守りたかった。けど……そのために、戦争をしていた。」
「お前……」
グータはその言葉に言葉を失った。
ここから先、どうしたらいいのかも、わからなかった。
――ただ、戦争の遺産がここに残っている。
そして、それが少女の心に残っている。
――彼女は、いったいどうすれば幸せになれるのか?