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第8話 目覚めた少女

 少女の目が開いた。


 グータはその場で固まる。


 「……いや、どういうこと?」


 透明なカプセルの中で、少女はゆっくりと瞬きを繰り返していた。銀色の髪がわずかに揺れ、青白い光に照らされた顔には、感情の色がほとんどなかった。


 「生きてる……のか?」


 ここは戦場の跡だ。何十年、いや、何百年も前のものかもしれない。なのに、この少女はまるで今、眠りから目覚めたばかりのような表情をしていた。


 『たすけて』


 頭の奥で、ふいにあの声が響いた。


 「お前……もしかして、さっきの声の主か?」


 グータは慎重にカプセルへと近づいた。


 少女はしばらくぼんやりとこちらを見ていたが、やがてカプセルの壁をゆっくりと手で押した。


 カコン――


 カプセルが静かに開く。


 グータは思わず後ずさった。


 少女は、ゆっくりと体を起こす。白い衣服が薄い光を反射し、そのままの流れで足をカプセルの外へと下ろした。


 ぺたん。


 次の瞬間、彼女は床に膝をついた。


 「お、おい!」


 グータは思わず駆け寄り、彼女の肩を支えた。


 体は驚くほど冷たかった。


 「……っ。」


 少女は何か言おうと口を開いたが、すぐに咳き込んだ。乾燥した喉を震わせながら、かすれた声を絞り出す。


 「……ここは……?」


 掠れた声。だが、それは間違いなく「生きている人間の声」だった。


 「……それは、こっちが聞きてぇよ。」


 グータはそう言いながら、ゆっくりと少女を座らせた。


 「お前、なんでこんなところにいた? ってか、お前、誰だ?」


 少女はぼんやりと彼を見つめた。


 「……わたしは……」


 声が止まる。彼女の表情に、ふと戸惑いが浮かんだ。


 「……わからない。」


 グータは思わず息をのんだ。


 「は?」


 「……名前……覚えてない……。」


 少女は困惑したように、自分の手をじっと見つめた。


 「マジかよ。」


 グータは頭をかいた。


 突然現れた謎のカプセル、謎の少女、そして謎の「プロジェクト・ノア」。


 ますますわけがわからなくなってきた。


 「……じゃあ、とりあえず、なんか覚えてることは?」


 少女は少し考え込むように目を伏せた。


 「……寒い……眠かった……それから……」


 ゆっくりと、彼女は口を開く。


 「戦争……?」


 その言葉に、グータは凍りついた。


 「おい……それ、本気で言ってるのか?」


 少女は無言のまま、遠くを見るような目をした。


 「……戦ってた……気がする。でも、誰と……?」


 「……」


 グータは、幽霊兵士の言葉を思い出していた。


 この星は、かつて戦場だった。

 そして、ここには戦争の亡霊が今も残っている。


 「まさか、お前も……?」


 少女はゆっくりと首を横に振った。


 「わからない……わからないけど……」


 不意に、彼女は胸に手を当てた。


 「……ここに、何かがある……」


 ドクン……


 その瞬間、グータの体が震えた。


 鼓動。


 少女の胸から、微かに響く鼓動が伝わってきた。


 それは、普通の「心臓の音」ではなかった。


 もっと、何か違うもの――それはまるで「兵器」のような音。


 「おい……お前……」


 グータはゆっくりと手を伸ばし、少女の手のひらに触れた。


 その瞬間――


 ビリッ――!!


 「っ!!?」


 頭の中に、まるで電撃のような衝撃が走る。


 視界が、一瞬にして「違う世界」に切り替わった。


 ――無数の砲撃。燃え上がる都市。宙を舞う無人兵器。


 ――戦争。無限の戦争。敵も味方もない、ただ、破壊だけが繰り返される戦場。


 ――そして、その最前線に立つ「少女」。


 「……っ!!!」


 グータは息をのんで、意識を現実に引き戻した。


 目の前には、茫然とした表情の少女がいた。


 「今のは……?」


 グータは激しく息を整えながら、彼女を見つめた。


 「……知らない……でも……」


 少女は、ぽつりと呟いた。


 「わたしは……ここにいてはいけない気がする。」


 その言葉に、グータはゆっくりと立ち上がった。


 「いや、俺もそう思う。」


 この場所は、何かがおかしい。

 戦争の亡霊が残り、兵士の魂が彷徨い、そして――この少女が眠っていた。


 「とりあえず、ここから出るぞ。」


 グータは手を差し出した。


 少女は、少しの間、迷ったように彼を見つめていたが――やがて、静かに彼の手を握った。


 その手は、冷たく、震えていた。


 『プロジェクト・ノア』。その意味を知る時が来る。

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