少女の目が開いた。
グータはその場で固まる。
「……いや、どういうこと?」
透明なカプセルの中で、少女はゆっくりと瞬きを繰り返していた。銀色の髪がわずかに揺れ、青白い光に照らされた顔には、感情の色がほとんどなかった。
「生きてる……のか?」
ここは戦場の跡だ。何十年、いや、何百年も前のものかもしれない。なのに、この少女はまるで今、眠りから目覚めたばかりのような表情をしていた。
『たすけて』
頭の奥で、ふいにあの声が響いた。
「お前……もしかして、さっきの声の主か?」
グータは慎重にカプセルへと近づいた。
少女はしばらくぼんやりとこちらを見ていたが、やがてカプセルの壁をゆっくりと手で押した。
カコン――
カプセルが静かに開く。
グータは思わず後ずさった。
少女は、ゆっくりと体を起こす。白い衣服が薄い光を反射し、そのままの流れで足をカプセルの外へと下ろした。
ぺたん。
次の瞬間、彼女は床に膝をついた。
「お、おい!」
グータは思わず駆け寄り、彼女の肩を支えた。
体は驚くほど冷たかった。
「……っ。」
少女は何か言おうと口を開いたが、すぐに咳き込んだ。乾燥した喉を震わせながら、かすれた声を絞り出す。
「……ここは……?」
掠れた声。だが、それは間違いなく「生きている人間の声」だった。
「……それは、こっちが聞きてぇよ。」
グータはそう言いながら、ゆっくりと少女を座らせた。
「お前、なんでこんなところにいた? ってか、お前、誰だ?」
少女はぼんやりと彼を見つめた。
「……わたしは……」
声が止まる。彼女の表情に、ふと戸惑いが浮かんだ。
「……わからない。」
グータは思わず息をのんだ。
「は?」
「……名前……覚えてない……。」
少女は困惑したように、自分の手をじっと見つめた。
「マジかよ。」
グータは頭をかいた。
突然現れた謎のカプセル、謎の少女、そして謎の「プロジェクト・ノア」。
ますますわけがわからなくなってきた。
「……じゃあ、とりあえず、なんか覚えてることは?」
少女は少し考え込むように目を伏せた。
「……寒い……眠かった……それから……」
ゆっくりと、彼女は口を開く。
「戦争……?」
その言葉に、グータは凍りついた。
「おい……それ、本気で言ってるのか?」
少女は無言のまま、遠くを見るような目をした。
「……戦ってた……気がする。でも、誰と……?」
「……」
グータは、幽霊兵士の言葉を思い出していた。
この星は、かつて戦場だった。
そして、ここには戦争の亡霊が今も残っている。
「まさか、お前も……?」
少女はゆっくりと首を横に振った。
「わからない……わからないけど……」
不意に、彼女は胸に手を当てた。
「……ここに、何かがある……」
ドクン……
その瞬間、グータの体が震えた。
鼓動。
少女の胸から、微かに響く鼓動が伝わってきた。
それは、普通の「心臓の音」ではなかった。
もっと、何か違うもの――それはまるで「兵器」のような音。
「おい……お前……」
グータはゆっくりと手を伸ばし、少女の手のひらに触れた。
その瞬間――
ビリッ――!!
「っ!!?」
頭の中に、まるで電撃のような衝撃が走る。
視界が、一瞬にして「違う世界」に切り替わった。
――無数の砲撃。燃え上がる都市。宙を舞う無人兵器。
――戦争。無限の戦争。敵も味方もない、ただ、破壊だけが繰り返される戦場。
――そして、その最前線に立つ「少女」。
「……っ!!!」
グータは息をのんで、意識を現実に引き戻した。
目の前には、茫然とした表情の少女がいた。
「今のは……?」
グータは激しく息を整えながら、彼女を見つめた。
「……知らない……でも……」
少女は、ぽつりと呟いた。
「わたしは……ここにいてはいけない気がする。」
その言葉に、グータはゆっくりと立ち上がった。
「いや、俺もそう思う。」
この場所は、何かがおかしい。
戦争の亡霊が残り、兵士の魂が彷徨い、そして――この少女が眠っていた。
「とりあえず、ここから出るぞ。」
グータは手を差し出した。
少女は、少しの間、迷ったように彼を見つめていたが――やがて、静かに彼の手を握った。
その手は、冷たく、震えていた。
『プロジェクト・ノア』。その意味を知る時が来る。