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あなたに会えてよかった。

 鉄格子を潜って初めてでた部屋。

 二人は手を振ってくれて、周りを見渡すと同じように十代入る前の子供や中学生、高校生ぐらいの男女が、僕と同じボロボロの衣服を纏って虚ろに俯いている。

 飼育員は僕に手錠をかけ、そこから伸びた鎖を貴族の令嬢に持たせた。

 そろそろだ。もうこの時が来てしまった。

 胸がドクドクと脈をうち、ふらつくぐらいうるさく頭に鳴り響く。

 白いドレスを纏った令嬢の娘に引かれ、馬小屋だと思ってた場所の出入り口に立つ。

 ぎぎぎぃ、と音をたてて開く鉄の大扉からは眩しい光が目に入り、思わず目をつぶる。

 外の光に慣れると、そこは四角い長方形の石を敷き詰めた石畳が広がって近くには庭と思しき、小さな草原があった。

 娘に連れられながら、周りをきょろきょろ見渡し、空を眺める。

 あぁ、異世界の初めての青空。

 綺麗だなぁ。

 これで最期でもいいやというぐらい、空や周りの景色、空気や自然の鳥の声がきれいで、きれいで、ただそれだけで幸せを感じてしまった。

 そしてしばらく歩いて、先程の馬小屋みたいなボロい建築とは対照的すぎる、豪華な建物に飼育員や娘は入っていく。

 つられて、というか物理的にも連れてかれてる僕は中の荘厳かつシックな雰囲気に圧倒されながら、受付のような場所に連れられた。

「おや、商品お決めになりましたか?」

「ええ、この子にするわ」

 受付嬢みたいな、メイド服に近い感じの服に身を包む女性がカウンター越しに喋っている。

 そんな中で、飼育員が受付嬢に耳打ちをしてはっと、びっくりした受付嬢が「お客様っ!?」と令嬢とその父親に食いついてくる。

「大丈夫ですか!?そちらは商品にならないものです!!他にもっと魔力量を含んだ商品はありますが!!」

「だとよ、ステラ。ほんとにいいんだよな」

「ええ、もちろん」

 やっぱり、僕はエグつないほど商品にならないようですね。とても素晴らしい。はい拍手、ぱちぱちぱち。


 その後は馬車に乗せられゆさゆさ揺られて令嬢の隣に座らされていた。

「ねえ、お父様。そろそろこの手錠外してあげてもいいかしら?」

「ん?あぁ、いいけど、でもお前本当に物好きだな。いいのか?」

「いいのいいの」

 令嬢はそう笑いながら、ポケットに入ったカギを取り出し、手錠を外した。

「はい、これで自由の身よ」

 ……はっ?

「え、いや、自由の身言われても」

「あら、まだ私に食べられる気でいるの?私に食べられたい?」

 ぺろり、舌で唇を濡らす彼女はどこか妖艶で年にそぐわなかった。

「え、えーとぉ……」

「まっ、それよりよ。そのままポイって捨てる訳にもいかないし、帰ったらまずお風呂ね!」

 え、えーえぇ……。

 僕、これから食われて死ぬって覚悟してたのに、こんなあっさり。


 じゃばーん!!

 かぽん、となりそうな大浴場のお風呂。まさに貴族の豪邸のお風呂って感じ。

「ほらほら、しっから髪の汚れ取らないと!」

「お嬢様!!わたくしがしますので、どうか湯船にお浸かりください!」

「何言ってるの!!私が買ったんだから私が洗うわよ!!」

 ……どゆ状況?これ。

 なんかちょっと年上の令嬢の娘とその侍女に体洗われてるんだけど。

「三回シャンプーで洗ったから髪はこれでいいかな?体もしっかり洗ったし」

 なんか股間の竿の部分を、べしべし!って洗われたし。

 どゆこと?ねぇ、どゆこと?

 前世の時は、怠惰過ぎて性欲も湧かなかったけど、今はなんかやばい。

 この身体が今にも目覚めて精通しそう。やべぇ、勃ちそう。

 とくに侍女さんのおっぱいがでけぇでけぇ。

 しばらくこの変な時間、心を無にしよう。


「さて、あなたにはこの家の使用人になってもらいます!」

 ……???またまたなにいってんの?なに言っちゃってんの?頭いっちゃってるの???

「仕事は侍女に訊いたり、執事に訊いて」

「え、いや、あの……、名前なんだっけ」

 ご令嬢の名前、今更だけど聞いてねぇ。

「私?私はステラ、ステラ・アストレイアよ」

 ステラ、か。星みたいな名前だな。

 このちっぱいのご令嬢の言う事聞かなきゃいけないとか癪だけど、食べられるよりかはいいか。

「ステラさん、……じゃなくてステラ様、僕を食べないんですか?」

「まーだいってるの?そんなに人の肉食いたいわけないでしょ」

 はへ?この世界の人間は人肉サイコー!みたいなやつばっかりだと思ったけど。

 でもこんなもんか。

「アリナ、この子に仕事教えてあげて」

「はい、お嬢様。承知致しました」

 あっ、巨乳の人だ、。アリナっていうんだ。

「そういえばあなた、名前は?」

 名前?名前は……、

「000、です」

「……えっ?000?もしかして名前ないの?」

 前世の名前ならあるけど、ちょっとやばいよな。言わんとこ。

「はい、番号だけ……ですね」

「ふーん、名前つけてあげないと、か。そうね、ゼロだからレイってのはどうかしら?」

「レイ?数字の?」

「……?お嬢様、数字にレイはありませんが……?」

「……えっ?あっ!そうそう、遠い遠方の国にそういう数え方ありましてね!」

「作用でしたか!お嬢様、申し訳ありません」

 んん???なんだ、さっきの茶番劇。

「じゃあ、レイ。ちゃーんとお仕事覚えるのよ」

「あっ……、はぃ……」

 今更仕事だなんて、死ぬよりかはましだけど頑張るしかないか……。


 それから数年、僕を買ったステラ・アストレイアは立派に成長してアストレイア家に継ぐに相応しいとも呼ばれるぐらい、素養も身につけていた。

 今日の朝は、とても気分がいい。

 もう見慣れてしまった青空や草木の色、空気の味だけど。でも、それでも褪せないあの地獄絵図。

 にーちゃんもヨンくんも買われてしまっただろうか。食べられてしまったのだろうか。

 自分だけ幸せに過ごしてて、罪の意識を感じるけれども。でも、もし彼女らに伝えられるのなら幸せに暮らしてると伝えたい。快く送り出してくれてありがとうと言いたい。

 その気持ちの分、今日も働かなければ。

 使用人服、前世で言う執事服?みたいなこれまたゴシックな服を身に通していく。

 そして部屋を後にして、顔馴染みの侍女にも、めちゃくちゃ叱られた侍女長にも、新入りの侍女にもしっかり挨拶する。

 そして、侍女達と朝食を作って、食事のテーブル席を綺麗に整え、並べていく。

 そして後は、あの方を起こすだけ。


「お嬢様、失礼します」

 コンコン、とノックして扉を開き、彼女に向かって一礼。

 我ながら様になってきたもんだ。使用人というのも僕には合っているのかもしれない。

「ふわぁ、……レイ?お嬢様はやめてって言ってるでしょ?」

「で、ですがお嬢様」

「私と二人っの時はタメ口でって何回も言ってるでしょ、忘れたの?」

 僕は視線がさまよい、てんてんてん、とずれた視線を下ろして、はあっとため息を吐く。

「分かりましたよ、ステラさん。あまり馴れ馴れしくすると侍女長に怒られるんです。二人の時だけですよ」

「うむ、よろしい。出来れば敬語も抜いてほしいけど、ちょっと早いものね」

 なにがです?っと言いかける前にはステラはぴょんと大きなベッドを降りて、こっちに向かってきた。

 ずん、ずん、ずん、ズンっ。

 どんどん近づいてきて、間近にその造形美の顔があるもんだから色んな意味で怖い。

 ちっか。

「ステラさん、いつまでも寝巻きはよくないですよ。早く着替えたら……」

「そーんなことはどうでもいいっ!あなたと今、約束したいことあるの」

「……えっ?それはなんの」

 戸惑う僕に彼女はむふふんと鼻を鳴らし、こう告げる。

「夜、ここに来て」

 ……へっ?


 それからのステラはいつも通りだった。

 窓ガラスをはたきでぽんぽんはたいてるとき、その窓の向こうで優雅に茶菓子を食べて、父親と話していたり。

 廊下の掃き掃除をしてると会議室から、他のお客人と真剣に会話していたり。

 きっと僕には分からない苦労があるんだろうなぁ。


「お嬢様、入ってもいいですか」

 コンコン。

 ガチャっと開けると部屋にはステラがベッドの縁に座り、綺麗な足をぶらぶらさせながら大きな窓から漏れ出す月明かりを眺めていた。

 四角い枠がいっぱい付いた大きい窓から光がつきさすのはどこか幻想的で、彼女の現実離れした容姿も相まって独りの妖精が迷い込んだよう。

「ステラさん?」

 そっと彼女に近づき、顔を見つめる。

 すると、何故か彼女は悲しげで今にも泣き出しそうだった。

「……あっ、レイ来てたんだ」

 ステラはいつもの表情に戻り、二人きりの時だけする、無邪気な笑顔を見せてくれる。

 にかっと歯を出して笑う彼女の隣に、ぽふんと座る。さすがはご令嬢。ベッドがマシュマロや。

「ねえ、レイ」

「どうしましたか」

 彼女は月明かりに目をすぼめて、あるはずのない光に眩しそうにする。そして、うっとりした表情で語りだした。

「あなた、日本人でしょ?」

「……っ、はい」

 彼女がそういう事にあまり戸惑いはなかった。

 今まで見てきた彼女はどこかこの世界で浮いていて、突然米が食べたいだの刺し身食べたいだの、挙げ句の果てには雑貨屋さんに箸ををいてもらったり、他にもこの世界にはない計算式、プラスやマイナス、イコールを使ったり。

 そして同期のいたずら好きの侍女に誘われてステラの私物を漁って日記を見つけた時には、もう分かっていた。

 だって、この世界の文字じゃなくてがっつり日本語でかかれてるんだもん。

「あんまり驚かないのね」

「いや、結構気付いてたし、気付かれてるかもなーって思ってたんで」

「そう」


 それからは二人で前世の話をした。

 ステラは前、高木優花という名前だった事や、働きづめで過労死した事など、そりゃ色々。

 もちろん僕の事も話して、結構ガチで引かれたりした。

 そして僕は訊いた。

「なんで、両脚羊の養人場なんて来たの」

 すると彼女はこう答えた。

「ありえないって思ったから、かな」

 そしてこうとも答えた。

「私自身、政治に関わるようになる身だから廃止するのはもちろん一度見ておきたいと思って、ね。そしたらあなたがいて、『はあ、転生してこれか』みたいな事いうから気になるじゃない、だからよ」

 そっか、……そんなもんか。

「じゃあこの部屋に呼んだのは?」

「……話したいのもあったけど、もっと別の事、かな」

 それは……、

「それはね、私、明日嫁ぐ事になったの」

 ……え。いきなり?そう言えば、今日話してた客人とか親しい間柄の貴族の人って訊いたけど。

 最近よく来てたりしたけど、でも、それでも。

「い、いくらなんでも早いんじゃ……」

「分かってる、分かってるけど、でも。使用人には伝わらないようにしてるから分からないと思うけど、今アストレイア家は存続の危機に立たされているの」

 そ、そんなの関係ないんじゃないのか?他にも方法があるだろ……?

「それ以外にもっとあるんじゃないの?」

「そう、だけど。そぅ、たけど!!どうにもならないの!!今交流してる家柄の人の権力が強くて!!どうしても!パパも言いくるめられて結婚をせがんでくるの!!!」

 いやいやと顔を小さな両手で塞いで、泣き喚く彼女。

 こんなに取り乱す彼女は見たことなかった。

 どうにかしてなだめたい。でも僕にそんな力ないのは分かってる。一体どうすればいい。

「私、もう生きたくない」

 ガダンっ!!

 今、僕達になにが起こったのか分からなかった。いや、僕自身がなにをしたのか分からなかった。

 気付けばステラの、優花の体を押し倒していて僕が覆い被さっていた。

「レイ……、ううん。ユウキ、私を食べてくれるの?」

「は、はは。なんでこんな状況になったのか、ていうかしちゃったのかは分からない、けど。これどうするのが正解なの?」

 彼女は何故か、頬を上気させていて。

 闇夜を映したような藍色の髪に、金色の瞳。

 ほっぺたが赤く染まったその綺麗な顔立ちは、偉大な絵師がいたら、堪らず絵にしてしまいそうな、そんな垂涎ものの美しさだった。

「僕、前世でも童貞でさ。こういう雰囲気にしてなんだけど」

「……ふふ大丈夫、私、前世じゃエッチ好きな彼氏がいたの。だからちゃーんと教えたげる。だから、私を食べて?私もあなたを食べてあげるから」

 ……なんでこうなるかな。

「……ほんとごめん」


 好きだよ。そう囁いた。

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