「恋って、どんな感じなんだろう?」
千夏(ちなつ)はカフェの窓際の席に座りながら、カップの縁をなぞる。隣の席では、カップルが甘い言葉を交わしている。少女漫画やドラマのような恋に憧れてはいるけれど、現実にはそんな出会いはなく、ため息ばかりが増えていく。
「運命的な出会いとか、一目惚れとか… そんなの、本当にあるのかな?」
そんなことを考えながら、千夏はカフェを出た。風が少し冷たくなってきた秋の夕暮れ。ふと目の前を歩く一人の男性が、落とした本に気づかずに歩き去ろうとしていた。
「すみません!落としましたよ!」
慌てて声をかけると、男性は振り返った。少し驚いた顔をしたあと、柔らかく微笑んで、「ありがとう」と礼を言った。
その笑顔に、千夏の心が小さく跳ねる。
(まさか… これが運命の出会い!?)
妄想が一気に膨らむ。彼との偶然の出会いから始まる恋、何度も偶然会ううちに芽生える感情、そしてやがて訪れる甘い告白…。
でも、そんな夢見がちなことを考えているうちに、男性は軽く会釈をして、そのまま去っていった。
「あっ…」
名前も、連絡先も、何も知らないまま。
千夏はしばらくその場に立ち尽くし、やがて小さく笑った。
「やっぱり私、恋に恋してるだけかもね。」
それでも心のどこかで、またこんな偶然があるかもしれないと期待してしまう。
そんな、ちょっぴり甘くて切ない一日だった。