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恋のひととき
恋のひととき
AlgoLighter
恋愛現代恋愛
2025年01月30日
公開日
2,379字
連載中
一話完結で通勤や通学や休息のお供になれば幸いです。

夜明けのサヨナラ

1

 夜の公園は、昼とはまるで違う顔をしていた。

 ブランコの鎖が風に揺れて、かすかに軋む音がする。

 照明はところどころ切れていて、闇に溶けた場所がある。


 「なんで、こんな時間に呼び出すんだよ」


 俺は文句を言いながらも、内心、少しだけ期待していた。


 「……星がきれいだから」


 そう言ったのは、クラスメイトの水瀬(みなせ)だった。

 彼女は学校では無口で、あまり目立たない。

 けれど、俺にはわかる。

 彼女は、誰よりも綺麗な感情を持っている。


 「星? そんなの、わざわざ俺を呼び出してまで見るもんじゃないだろ」


 俺がそう言うと、水瀬は黙って夜空を見上げた。

 その横顔は、なぜか悲しそうで、俺の胸をチクリと刺した。


 「……ねえ、知ってる? 星の光って、何年も前に放たれたものなんだよ」


 「ああ、まあ聞いたことはあるな」


 「つまりね、今見えてる星は、もう死んでるかもしれないの」


 その言葉に、俺は息をのんだ。

 なぜだろう、妙に彼女らしいと思った。


 「……お前、それ、なんかの暗喩か?」


 水瀬は少しだけ笑った。


 「そうだとしたら?」


 俺は答えられなかった。


2

 「……私ね、明日、転校するの」


 不意に水瀬がそう言った。


 「は?」


 冗談かと思った。

 けど、彼女の表情は冗談じゃなかった。


 「なんで、そんな急に……」


 「前から決まってた。でも、誰にも言わなかったの」


 胸の奥がズキリと痛んだ。

 理由なんてわからない。ただ、痛かった。


 「なんで俺を呼び出したんだよ」


 「最後に、夜の星を見たかったから」


 「そんなの、一人で見りゃいいだろ」


 「……一人じゃ寂しいから」


 俺は何も言えなかった。


 「だからね、お願い。一緒に、最後の夜を過ごして」


 水瀬がそう言った瞬間、俺はこの夜が、二度と戻らないものになることを理解した。


3

 俺たちは黙って、星を見上げた。

 夜風が冷たかった。

 でも、水瀬が隣にいるだけで、少しだけ温かかった。


 「……本当はさ、もっといろんなこと話したかったんだ」


 水瀬がポツリと言った。


 「じゃあ、今話せよ」


 「ううん。いいの。夜は、静かなほうが好きだから」


 「……お前、変わってるな」


 水瀬は笑った。


 「よく言われる。でも、君はそんな私の話をちゃんと聞いてくれるから……好きだったよ」


 心臓が跳ねた。


 「……過去形かよ」


 「うん。だって、明日にはもう、私はここにいないから」


 彼女は立ち上がった。


 「サヨナラ」


 俺は、言葉が出なかった。

 だから、せめてもの意地で、彼女の背中に言った。


 「またな」


 水瀬は振り返らなかった。

 彼女のシルエットが、朝焼けに溶けていくのが見えた。


4

 翌朝、学校に行くと、水瀬の席はもうなかった。

 本当に、消えてしまったみたいに。


 夜の星と同じだ。

 俺が見ていた彼女は、ずっと前の光だったのかもしれない。


 でも、それでもいい。

 俺は、あの夜のことを忘れない。

 いつかまた、どこかの空で、彼女が輝いていると信じているから。

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