1
夜の公園は、昼とはまるで違う顔をしていた。
ブランコの鎖が風に揺れて、かすかに軋む音がする。
照明はところどころ切れていて、闇に溶けた場所がある。
「なんで、こんな時間に呼び出すんだよ」
俺は文句を言いながらも、内心、少しだけ期待していた。
「……星がきれいだから」
そう言ったのは、クラスメイトの水瀬(みなせ)だった。
彼女は学校では無口で、あまり目立たない。
けれど、俺にはわかる。
彼女は、誰よりも綺麗な感情を持っている。
「星? そんなの、わざわざ俺を呼び出してまで見るもんじゃないだろ」
俺がそう言うと、水瀬は黙って夜空を見上げた。
その横顔は、なぜか悲しそうで、俺の胸をチクリと刺した。
「……ねえ、知ってる? 星の光って、何年も前に放たれたものなんだよ」
「ああ、まあ聞いたことはあるな」
「つまりね、今見えてる星は、もう死んでるかもしれないの」
その言葉に、俺は息をのんだ。
なぜだろう、妙に彼女らしいと思った。
「……お前、それ、なんかの暗喩か?」
水瀬は少しだけ笑った。
「そうだとしたら?」
俺は答えられなかった。
2
「……私ね、明日、転校するの」
不意に水瀬がそう言った。
「は?」
冗談かと思った。
けど、彼女の表情は冗談じゃなかった。
「なんで、そんな急に……」
「前から決まってた。でも、誰にも言わなかったの」
胸の奥がズキリと痛んだ。
理由なんてわからない。ただ、痛かった。
「なんで俺を呼び出したんだよ」
「最後に、夜の星を見たかったから」
「そんなの、一人で見りゃいいだろ」
「……一人じゃ寂しいから」
俺は何も言えなかった。
「だからね、お願い。一緒に、最後の夜を過ごして」
水瀬がそう言った瞬間、俺はこの夜が、二度と戻らないものになることを理解した。
3
俺たちは黙って、星を見上げた。
夜風が冷たかった。
でも、水瀬が隣にいるだけで、少しだけ温かかった。
「……本当はさ、もっといろんなこと話したかったんだ」
水瀬がポツリと言った。
「じゃあ、今話せよ」
「ううん。いいの。夜は、静かなほうが好きだから」
「……お前、変わってるな」
水瀬は笑った。
「よく言われる。でも、君はそんな私の話をちゃんと聞いてくれるから……好きだったよ」
心臓が跳ねた。
「……過去形かよ」
「うん。だって、明日にはもう、私はここにいないから」
彼女は立ち上がった。
「サヨナラ」
俺は、言葉が出なかった。
だから、せめてもの意地で、彼女の背中に言った。
「またな」
水瀬は振り返らなかった。
彼女のシルエットが、朝焼けに溶けていくのが見えた。
4
翌朝、学校に行くと、水瀬の席はもうなかった。
本当に、消えてしまったみたいに。
夜の星と同じだ。
俺が見ていた彼女は、ずっと前の光だったのかもしれない。
でも、それでもいい。
俺は、あの夜のことを忘れない。
いつかまた、どこかの空で、彼女が輝いていると信じているから。