「あれが、お前達の姉リリシアか……」
「み、見るな! ガウロンッ、見ないでくれぇ!!」
「お姉様! 空から登場なんてカッコいい!!」
パンツ丸出しの姉の登場に、三者三様の反応だった。傘に見えたものは巨大な綿毛で、それを手に持ち空を飛んでいる……というよりは、風に乗っているというべきかもしれない。ちょくちょく流され軌道がブレている。
私たちの近くまで流されてくると、結構な高さがあるにも関わらず難なく着地した。
「フルティナ。どこに行ったかと思ったら、こんなとこで何してるのよ」
「お姉様! お姉様は神算鬼謀の天才だよね!?」
「……? ……ふ、そうよ!」
「ほら分かってない! 天才って言葉に反応しただけだろ! って、ティナ!今はそんな事どうでもいいの!!」
目を吊り上げてティナを叱りつけるオルちゃん。でも、すぐにその顔は嬉しいような悲しいような……ううん、嬉しくて泣きそうな顔でリリシアと向き合っている。
「リリィ姉様……」
「オルメンタ……無事だったのね」
オルちゃんの名前を呼ぶリリシアの声は優しく、その笑顔は慈愛に満ちたものだった。
「ここにはいないけど、ルリ姉も無事だよ。今はパラディオンで暮らしてる」
「……あの子も無事なのね」
「私は今、このオウガ様の元で戦ってる」
「そう────寝返ったのね、オルメンタ」
暖かだったリリシアの声に、まるで氷のような冷たさが加わった。
異変を感じ取ったオウガ様とガウロンさんが身構えると同時に、地中から巨大な蔓が出現した。その蔓は瞬く間にオルちゃんとティナを絡め取り、リリシアの側へと引き寄せられてしまった。
「ねッ、姉様!?」
「わわわわッ!?」
蛇のように動く蔦が、二人を完全に封じ込めている。ただ、二人に害を加えているわけではないみたいだ。
私には……まるで二人を守っているように見えた。
「敵に寝返るなんて、よっぽど追い詰められてたのね。でも安心しなさい。あの時は訳も分からず引き離されたけど、もう絶対に離さない。あんたたちはあたしが守るわ」
「ま、待って姉様! そもそも私達がこんな侵略戦争に加担する理由もないだろう!? 姉様も一緒に私達と──」
「オルメンタ、あたしたちが何のために育てられてきたか……忘れたわけじゃないでしょ?」
「……ッ」
リリシアの言葉にオルちゃんの顔が曇る。ティナの言葉によると、オルちゃん達四姉妹は、セルミア教団に所属しているらしい。
セルミア教団は世界中に支部を持つ教団で、『慈愛の女神セルミア』を崇拝する宗教だ。人種などに左右される事なく、全ての人類に慈愛の救いを……それがセルミア教の教えだ。
ただ、一つだけ分からないことがある。セルミア教は元々ライヴィア王国が発祥だ。
軍事国家ライザールにもセルミア教の支部はあるとは思う。でも……そのセルミア教団の人間が、どうしてライヴィアとの戦争に介入しているんだろう。
「あたしたちはセルミアの器として育てられてきた。そんなあたしたちを、あいつらが見逃すと思う? 裏切ったあんたに追手がかからなかったのは、計画に支障がないと判断されたからよ。時期がくれば、必ず教団の執行者が来る。そうなれば、困るのはそこにいるあんたの仲間なのよ?」
「そ、それはッ──」
「でも、あたしなら守り抜ける。あんたたちを器なんかに……生贄なんかに絶対にさせない」
「リリィ姉様……」
リリシアは、オルちゃん達を側に置くことで守ろうとしてるんだ。
妹を想う姉の心……それを知ってしまったら、誰も口を出すことなんてできない。オウガ様とガウロンさんも、ただ黙って事の成り行きを見守っている。
「私ね……全部話したんだ。私達の生まれについても、執行者が私達を監視していることも」
「……」
「姉様達と離れ離れになって、私はいきなり戦場に立たされた。気味の悪いオーブを渡されて、レヴェナント達を操って……私自身も剣を振って戦ったよ。訳が分からなかった。ついこの間までは、姉様達と花に囲まれて、喧嘩して、泣いて、笑ってたのに……」
「オルメンタ……」
「こんな地獄に姉様達も放り込まれてるのだと考えたら……気がおかしくなりそうだった。こんなに苦しいなら、いっそ死んでしまおうとも思ったよ。でも、私には自害する勇気もなかった。……そして、私はオウガ様達と戦った」
リリシアが、猫のような目を更に鋭くさせてオウガ様を睨みつける。その視線はまさに、オウガ様を値踏みしているかのようだった。
「手も足も出ずに敗れた私は、むしろ安堵していたよ……やっと死ねるって。でも、私は殺されなかった。それどころか、オウガ様は私に一緒に来て欲しいと言ってきた。でも……執行者のことを考えると、とてもじゃないけど一緒に行くことはできなかった」
「そうね。執行者と戦っても勝ち目はない。……あたし以外はね」
「だから言ったんだ。私が一緒に行くと迷惑がかかる、執行者に殺されるって。そしたらさ、『団長』がこう言ったんだ」
「団長?」
「うん。団長は執行者に臆することなく、『俺に勝てるやつは存在しない。守ってやるから一緒に来い』って言ってくれたんだ。私はオウガ様を……そして団長を信じてる」
「……あんたがそこにいるオウガってやつと、団長とやらを信頼しているのは分かったわ。でもね、あたしは自分で見たものしか信用しない。実力も分からない相手に、妹を託すなんてできないわ」
「……ふふふ」
二人の会話に口を噤んでいたオウガ様が笑いを漏らした。そんなオウガ様に、リリシアが不愉快そうに眉を顰める。
「……何がおかしいのよ」
「いや、すまない。オルメンタ、実に分かりやすいじゃないか。要は俺がリリシアに勝てば、何の問題もないってわけだ」
「あたしに勝つですって? 随分ナメた口きいてくれるじゃない」
オウガ様の言葉が癇に障ったのか、リリシアの声には明らかに怒気が混じっていた。
怒りを滲ませるリリシア……でも、それ以上にオルちゃんとティナが慌てふためいている。
「ちょ、ちょっとリリィ姉様ッ。 オウガ様は本当に強いんだよ! やめた方がいいって!!」
「お姉様! オウガ様の隣にいるガウロンさんも滅茶苦茶強いし、ここは大人しく仲間になったほうが──」
「あらフルティナ。あんたまであいつのこと『様』付け? いつからあいつの仲間になったのよ」
「え? いやぁ、あはは!ついつい」
リリシアの怒りのボルテージがみるみる上がっていく。もしかしたら、妹を取られた事に嫉妬しているのかも。
「まぁいいわ。確かにあいつの言う通り、戦えば分かることよ。……で、そっちのガウロンってのが団長? 何なら二対一でもいいわよ。まとめて相手してあげるわ」
「いや、団長は不在でね。それに────」
馬から降りたオウガ様が、余裕の笑みを浮かべるリリシアの正面に立った。
そして、オウガ様から出た言葉が更にリリシアを憤慨させる。
「俺に勝てないようでは、ガウロンにも団長にも遠く及ばない。俺一人でやらせてもらうよ」
「い、言ってくれるじゃない。ここまでコケにされたのは初めてだわッ。後悔させてやる……後悔させてやるわよ!」
「だ、駄目だよお姉様! さっきから負けフラグが立ちまくってるよ!!」
「はぁ……まあ一回痛い目見た方が、おバカの姉様にはいいかもね」
二人は姉のリリシアじゃなくて、オウガ様が勝つと確信しているみたい。かくいう私も、オウガ様が勝つだろうと予想している。なんかそんな空気をひしひしと感じるし……。
リリシアの身体からは魔力が滲み出ていて、瞳の色が金色に変わりつつあった。
これが、
まさに一触即発……そんな二人の間に、ガウロンさんが静かに割って入った。
「ちょっと何よッ! 邪魔すんじゃないわよ!!」
「お前にお客さんだ」
ガウロンさんに言われて初めて気づいた。ドス黒い殺気を放ちながら、何かがこちらに向かって来ている。
そして、その殺気は私達ではなく……リリシアに向けられていた────。