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第10話:姉の心

「あれが、お前達の姉リリシアか……」

「み、見るな! ガウロンッ、見ないでくれぇ!!」

「お姉様! 空から登場なんてカッコいい!!」


 パンツ丸出しの姉の登場に、三者三様の反応だった。傘に見えたものは巨大な綿毛で、それを手に持ち空を飛んでいる……というよりは、風に乗っているというべきかもしれない。ちょくちょく流され軌道がブレている。

 私たちの近くまで流されてくると、結構な高さがあるにも関わらず難なく着地した。



「フルティナ。どこに行ったかと思ったら、こんなとこで何してるのよ」

「お姉様! お姉様は神算鬼謀の天才だよね!?」


「……? ……ふ、そうよ!」

「ほら分かってない! 天才って言葉に反応しただけだろ! って、ティナ!今はそんな事どうでもいいの!!」



 目を吊り上げてティナを叱りつけるオルちゃん。でも、すぐにその顔は嬉しいような悲しいような……ううん、嬉しくて泣きそうな顔でリリシアと向き合っている。



「リリィ姉様……」

「オルメンタ……無事だったのね」


 オルちゃんの名前を呼ぶリリシアの声は優しく、その笑顔は慈愛に満ちたものだった。


「ここにはいないけど、ルリ姉も無事だよ。今はパラディオンで暮らしてる」

「……あの子も無事なのね」



「私は今、このオウガ様の元で戦ってる」

「そう────寝返ったのね、オルメンタ」



 暖かだったリリシアの声に、まるで氷のような冷たさが加わった。

 異変を感じ取ったオウガ様とガウロンさんが身構えると同時に、地中から巨大な蔓が出現した。その蔓は瞬く間にオルちゃんとティナを絡め取り、リリシアの側へと引き寄せられてしまった。



「ねッ、姉様!?」

「わわわわッ!?」



 蛇のように動く蔦が、二人を完全に封じ込めている。ただ、二人に害を加えているわけではないみたいだ。

 私には……まるで二人を守っているように見えた。



「敵に寝返るなんて、よっぽど追い詰められてたのね。でも安心しなさい。あの時は訳も分からず引き離されたけど、もう絶対に離さない。あんたたちはあたしが守るわ」

「ま、待って姉様! そもそも私達がこんな侵略戦争に加担する理由もないだろう!? 姉様も一緒に私達と──」


「オルメンタ、あたしたちが何のために育てられてきたか……忘れたわけじゃないでしょ?」

「……ッ」



 リリシアの言葉にオルちゃんの顔が曇る。ティナの言葉によると、オルちゃん達四姉妹は、セルミア教団に所属しているらしい。


 セルミア教団は世界中に支部を持つ教団で、『慈愛の女神セルミア』を崇拝する宗教だ。人種などに左右される事なく、全ての人類に慈愛の救いを……それがセルミア教の教えだ。


 ただ、一つだけ分からないことがある。セルミア教は元々ライヴィア王国が発祥だ。

 軍事国家ライザールにもセルミア教の支部はあるとは思う。でも……そのセルミア教団の人間が、どうしてライヴィアとの戦争に介入しているんだろう。



「あたしたちはセルミアの器として育てられてきた。そんなあたしたちを、あいつらが見逃すと思う? 裏切ったあんたに追手がかからなかったのは、計画に支障がないと判断されたからよ。時期がくれば、必ず教団の執行者が来る。そうなれば、困るのはそこにいるあんたの仲間なのよ?」

「そ、それはッ──」


「でも、あたしなら守り抜ける。あんたたちを器なんかに……生贄なんかに絶対にさせない」

「リリィ姉様……」


 リリシアは、オルちゃん達を側に置くことで守ろうとしてるんだ。

 妹を想う姉の心……それを知ってしまったら、誰も口を出すことなんてできない。オウガ様とガウロンさんも、ただ黙って事の成り行きを見守っている。



「私ね……全部話したんだ。私達の生まれについても、執行者が私達を監視していることも」

「……」



「姉様達と離れ離れになって、私はいきなり戦場に立たされた。気味の悪いオーブを渡されて、レヴェナント達を操って……私自身も剣を振って戦ったよ。訳が分からなかった。ついこの間までは、姉様達と花に囲まれて、喧嘩して、泣いて、笑ってたのに……」

「オルメンタ……」



「こんな地獄に姉様達も放り込まれてるのだと考えたら……気がおかしくなりそうだった。こんなに苦しいなら、いっそ死んでしまおうとも思ったよ。でも、私には自害する勇気もなかった。……そして、私はオウガ様達と戦った」


 リリシアが、猫のような目を更に鋭くさせてオウガ様を睨みつける。その視線はまさに、オウガ様を値踏みしているかのようだった。



「手も足も出ずに敗れた私は、むしろ安堵していたよ……やっと死ねるって。でも、私は殺されなかった。それどころか、オウガ様は私に一緒に来て欲しいと言ってきた。でも……執行者のことを考えると、とてもじゃないけど一緒に行くことはできなかった」

「そうね。執行者と戦っても勝ち目はない。……あたし以外はね」



「だから言ったんだ。私が一緒に行くと迷惑がかかる、執行者に殺されるって。そしたらさ、『団長』がこう言ったんだ」

「団長?」


「うん。団長は執行者に臆することなく、『俺に勝てるやつは存在しない。守ってやるから一緒に来い』って言ってくれたんだ。私はオウガ様を……そして団長を信じてる」


「……あんたがそこにいるオウガってやつと、団長とやらを信頼しているのは分かったわ。でもね、あたしは自分で見たものしか信用しない。実力も分からない相手に、妹を託すなんてできないわ」

「……ふふふ」


 二人の会話に口を噤んでいたオウガ様が笑いを漏らした。そんなオウガ様に、リリシアが不愉快そうに眉を顰める。



「……何がおかしいのよ」

「いや、すまない。オルメンタ、実に分かりやすいじゃないか。要は俺がリリシアに勝てば、何の問題もないってわけだ」

「あたしに勝つですって? 随分ナメた口きいてくれるじゃない」


 オウガ様の言葉が癇に障ったのか、リリシアの声には明らかに怒気が混じっていた。

 怒りを滲ませるリリシア……でも、それ以上にオルちゃんとティナが慌てふためいている。



「ちょ、ちょっとリリィ姉様ッ。 オウガ様は本当に強いんだよ! やめた方がいいって!!」

「お姉様! オウガ様の隣にいるガウロンさんも滅茶苦茶強いし、ここは大人しく仲間になったほうが──」


「あらフルティナ。あんたまであいつのこと『様』付け? いつからあいつの仲間になったのよ」

「え? いやぁ、あはは!ついつい」


 リリシアの怒りのボルテージがみるみる上がっていく。もしかしたら、妹を取られた事に嫉妬しているのかも。



「まぁいいわ。確かにあいつの言う通り、戦えば分かることよ。……で、そっちのガウロンってのが団長? 何なら二対一でもいいわよ。まとめて相手してあげるわ」

「いや、団長は不在でね。それに────」


 馬から降りたオウガ様が、余裕の笑みを浮かべるリリシアの正面に立った。

 そして、オウガ様から出た言葉が更にリリシアを憤慨させる。



「俺に勝てないようでは、ガウロンにも団長にも遠く及ばない。俺一人でやらせてもらうよ」

「い、言ってくれるじゃない。ここまでコケにされたのは初めてだわッ。後悔させてやる……後悔させてやるわよ!」


「だ、駄目だよお姉様! さっきから負けフラグが立ちまくってるよ!!」

「はぁ……まあ一回痛い目見た方が、おバカの姉様にはいいかもね」


 二人は姉のリリシアじゃなくて、オウガ様が勝つと確信しているみたい。かくいう私も、オウガ様が勝つだろうと予想している。なんかそんな空気をひしひしと感じるし……。


 リリシアの身体からは魔力が滲み出ていて、瞳の色が金色に変わりつつあった。

 これが、神域者ディビノスの感情の昂りによって起きる瞳の変色現象。今の時点でも、もの凄い圧を感じる。


 まさに一触即発……そんな二人の間に、ガウロンさんが静かに割って入った。



「ちょっと何よッ! 邪魔すんじゃないわよ!!」

「お前にお客さんだ」



 ガウロンさんに言われて初めて気づいた。ドス黒い殺気を放ちながら、何かがこちらに向かって来ている。

 そして、その殺気は私達ではなく……リリシアに向けられていた────。

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