「どうかな、オルちゃん」
「あぁ、魔力全快だ。ありがとうフラウ」
オルちゃんと一緒に診療所に避難中だった私は、オルちゃんに自分の魔力を分け与えていた。
共鳴魔法で魔力を消耗したオルちゃんは、目に見えて疲弊していた。魔力切れになると、人はまるで酸欠や貧血のような症状を起こしてしまう。酷いとそのまま昏睡状態になってしまうこともある。
オルちゃんは、正に昏睡一歩手前だった。みんなを助けるために、必死に共鳴魔法を使ってくれてたんだね。
「でも、私に魔力を渡しちゃって大丈夫なのか? さっきも大人数を一気に治してたし」
「うん、平気だよ」
虚勢でも何でもなく、本当に平気だ。数値化してるわけじゃないから詳しくは分からないけど、私の魔力はまだまだ余裕があった。
「うーん、
「あれだけ凄い風を操ってたんだから、仕方ないよ」
「でも、フラウがいてくれて本当に良かったよ」
「……私、役に立ててるかな?」
「もちろんさ。一気に解毒した治癒魔法も凄いけど、自分の身を挺して仲間を守ろうとしていた事に感動したよ。強いんだね、フラウは」
私の眼を真っ直ぐに見ながら、オルちゃんが褒めてくれた。
強いなんて言われたのは初めてかもしれない。それがなんだか気恥ずかしくて、私はつい顔を伏せてしまった。
「あ、それよりオルちゃん! さっきの音は──」
「あれはガウロンの鳴る矢だね。オウガ様への合図さ」
「出なくていいの? 敵が来てるんじゃ……」
「もし敵が攻め込んできて撤退する時は、角笛の音で知らせることになってるんだ。オウガ様への合図だけで済ませたってことは、ガウロン一人で大丈夫なんだろう。……まぁ本当は出たいんだけど、出るなって言われてるしね」
「落ち着いてるね。ガウロンさんのこと、信頼してるんだね」
「えッ!? ……うーん、まぁ信頼はしてるけどね。寡黙だけど、ああ見えて面倒見はいいし」
「わかる! ガウロンさんって、見た目は怖いけどすごく優しいよね。いつも仲間の事を考えて動いてるっていうか」
「だろ? それに強いからね、あいつは。 【ティエンタの英雄】 だなんて呼ばれてるし」
「え……」
【ティエンタの英雄】────ライヴィア王国と軍事国家ライザールの国境沿いにある山岳地帯を『ティエンタ』といい、ある国からの移住者がそこに住んでいた。狩猟民族として名を馳せていた彼らは、人並外れた戦闘力で幾度もライザールの侵攻を食い止めた。
そして五年前……一人の青年がティエンタ防衛戦に参加することになる。その青年は、たった一人でライザールの侵攻を三年もの間食い止めた。その英雄譚は、敗戦濃厚だったライヴィア王国にとって希望の光となった。
────というのが、私が本で知った内容だ。
「やっぱり知ってるよね?」
「し、知ってるも何も……そんなすごい人だったんだ。英雄の称号を持つ人は、国に一人いるかいないかだし。でも、どうして傭兵に?」
「まぁ色々あってね。掻い摘んで話すと、オウガ様がスカウトしたんだ。それから一緒に行動してるんだよ」
本来なら、騎士団の一つを任せられてもおかしくない功績だ。でも、ガウロンさんは敢えて傭兵になった。
一体何があったのか、いずれ聞くことができるかな?
「まぁ、そういうわけだからガウロンはみんなに信頼されてる。ガウロンがいるから、団長も別行動できてるわけだしね」
「あ、そういえば団長の話ってまだ聞いてない。結局団長って──」
「──フラウエル」
外から聞こえた私を呼ぶ声……この声はガウロンさんだ。私が慌てて幕を開けると、そこには一人の少女を抱えたガウロンさんが立っていた。
「ガウロン。一体なに、が……」
その少女の顔を見た瞬間、オルちゃんの動きが止まった。
息を呑み、呆然とした表情のままヨロヨロと近づいていく。そして涙を浮かべながら、少女の顔に手を伸ばした。
「ティナ……本当に……」
「ふふ、オルちゃん。久しぶり!」
オルちゃんのこの反応……ティナって言ってるし、少女もオルちゃんのことを知ってるみたい。
ってことは、このポニーテールの少女が末妹のフルティナか!
感動の姉妹の再会。それに目を奪われていると、ガウロンさんが私の前に割って入ってきた。
「積もる話もあるだろうが、先に左足を診てやってくれ。俺の攻撃で負傷させてしまった」
「え……あ、はい!」
簡易ベッドの上に腰掛けてもらい、左足を確認する。足首部分が腫れ上がっていて、痛々しい青紫色になっている。軽く患部に触れると、フルティナの顔が苦痛に歪む。
「うぐぐ……認識するとすごく痛くなってきた……」
「腓骨が骨折してますね」
「ガウロン……」
ガウロンさんをジロリと睨みつけるオルちゃん。その迫力に、ティエンタの英雄が後ずさっている。
「ぼ、ボクが悪いの! 二回も銃で撃っちゃったから……」
「すまない。手加減をする余裕がなかった」
「え、それってそれって! ボクが強かったってこと!?」
「あぁ、そういうことだ」
フルティナはへへーんと鼻を高くしている。
明るくて元気な子だなぁ。引っ込み思案な自分には、フルティナが眩しく見える。
「ふふ、相変わらずだね。……で、治りそう?」
「うん、もう終わったよ。痛むところはある?」
「え?」
キョトンとしたフルティナが、恐る恐る立ち上がる。何度か足踏みをし、痛みがないのを確認したからか、満面の笑みでジャンプを繰り返している。
「すごいすごい! 治ってる!! 」
ポニーテールを暴れさせながら喜ぶフルティナを見て、オルちゃんもホッとしたようだ。そして心なしか、ガウロンさんもホッとしているように感じる。
「こんなに一瞬で治せるなんて! お姉様でも治癒には時間がかかるのに。ありがとう! えーと……」
「私の名前はフラウエル。オルちゃんにはフラウって呼ばれてるよ」
「ありがとうフラウ! ボクはフルティナ。オルちゃんにはティナって呼ばれてるよ!」
「ふふ、よろしくねティナ」
ティナが私の手を握ってブンブンと振ってくる。そういえば、長女のお姉さんはA・Sだって言ってた。きっと、ティナの傷の手当てとかもしていたんだろうなぁ。
「フラウはソレイシア出身の治癒士だ。リリィ姉様と比較するのは失礼……って、そうじゃなくてティナ! あんたこんなところで何してるんだ!?」
「何って……教団に地獄炉を設置するよう言われて連れてこられたんだよ。オルちゃんこそ何してるの?」
「う……わ、私のことはいいんだ! それより、リリィ姉様も一緒にいるのか!?」
「うん。今はお風呂に入ってると思う」
「お、お風呂? こんな所で何やってんだ!」
「お姉様の植物を作り出す共鳴魔法って汎用性がすごいからね。こじつけでもその能力を持った植物を生み出せるから、お風呂を作ってお湯を溜めるなんて朝飯前だよ」
「……そうだった。ワガママな姉様らしい力だった……」
ティナの言葉に、オルちゃんがワナワナと拳を震わせている。
「オルちゃん、ルリ姉様は一緒じゃないの?」
「ルリ姉様はここにはいない。パラディオンって街で暮らしてるから安心して」
「そっか、良かった!」
「とにかく、早くリリィ姉様に会いに行こう。この花粉を止めてもらわないと」
「そうだね! 案内するからボクに付いて来て!」
「悪いが、その前に聞きたいことがある」
オルちゃんの手を引いて出て行こうとするティナの前に、ガウロンさんが立ち塞がっている。
「ガウロン、今はそれよりも──」
「オウガが戻ってきた。まずはフルティナの持っている情報を話してもらおう」
オウガ様が戻ってきた?
天幕の中で何故分かるんだろう……私も人の気配には鋭い方なんだけど、全く分からない。
「……分かった。ティナ、オウガ様っていうのは私達のリーダーだ。ティナの知ってることを話してくれる?」
「うん、何でも聞いて! へっへー、捕虜らしくなってきたね!」
なんて元気のいい捕虜なんだろう。底抜けに明るい捕虜を連れて外に出ると、暗闇の中を移動する銀色の輝きが見えた。
オウガ様だ。本当に戻ってきてた。地獄炉の領域といい、やっぱりガウロンさんには何かが視えているのかもしれない。
心地よい蹄音を響かせながら悪路を駆け降りる姿は、まるで水流のようだった。近づいてくる白銀の光に心臓が高鳴る。
そんな神々しい騎士の姿に見惚れていたのは、私だけではなかった。ティナもまた、オウガ様の姿を見て息を漏らしている
「ガウロン、何があった?」
「オルメンタの妹を確保した。情報を聞いておこうと思ってな」
「うっす! フルティナっす! 何でも聞いてくださいっす!!」
オウガ様を前にして緊張しているのか、変な言葉遣いになっている。まぁ気持ちは分からなくもないけど。
「そうか、姉妹と合流できたんだなオルメンタ」
「はい、ありがとうございます。でも、姉のリリシアが……」
「一緒じゃないのか?」
「そのことも含めて、このフルティナに聞いておこうと思ってな」
「分かった。フルティナ、俺の名はオウガ。いくつか質問に答えてくれるかい?」
「うん、大丈夫だよ!」
「この花粉は、姉のリリシアの能力だね?」
「うん。わざわざ毒性を弱くしたのは、もしかしてオルちゃんがいるってことを勘付いてたのかもッ」
(……それはない)
何故か、オルちゃんが遠い目をしている。
「じゃあ次だ。何故レヴェナントが襲って来ないんだ? こちらが動けない今がチャンスだろう?」
「風下にいたレヴェナント達も痺れちゃってるんだ。ヴィクターも一緒にね。 ……ハッ! もしかして、オルちゃんのためにヴィクター達も麻痺させたのかも!!」
「ティナ……あんたが姉様を尊敬してるのは知ってるけど、さすがにそれは持ち上げすぎだよ」
「ヴィクターは何人いる?」
「一人だね。ボク達と同じセルミア教から派遣されて来た神官だよ。名前はパンチェールだったかな」
「たった一人しかいないのか」
「お姉様とボクもいるからね。お姉様は
「神域者が二人か。確かに戦力としては十分だな。しかし同じ神域者とは言っても、そのヴィクターと君の姉では大分実力差があるようだね」
「ふふーん! なんて言ったってボク達のお姉様だからね! お姉様の目は綺麗だけど、そのヴィクターの目は濁ってるしね!」
『エーテルフォージ』と言われる、精神や感情の高まりによって生じる一時的な魔力量の上昇。その際に、神域者の瞳は金色へと変貌する。魔力量が高いほど煌々と光り輝くらしいから、ヴィクターとリリシアでは比較にならないみたいだね。
「敵が動けない今、先にヴィクター達を殲滅するべきか」
「いえ、オウガ様。まずはリリィ姉様の元へ行き、この花粉を止めてもらうべきです。姉様が変な行動を起こす前に、姉様をこちらに引き入れるべきです」
「変な行動?」
「姉のリリシアはおバカです。思いつきで何をするか分かりません。もしかしたら、今度は致死性の猛毒を使ってくる可能性だってあります」
「ちょっとオルちゃん! お姉様に対してなんてこと言うの! お姉様は神算鬼謀の天才なんだよ!!」
「ふ……じゃあその言葉、姉様に言ってごらん。目が『?マーク』になるから」
「と、とにかく状況は分かった。ならばまずはリリシアの元に──」
「オウガ、その必要はなさそうだ」
困惑するオウガ様の言葉を遮ったガウロンさんが、夜空を見上げる。
雲ひとつない夜空。赤い花粉はなりを顰め、星々が美しく輝いている。
その中に、月光によって映し出された一つの人影が見える。手には傘のようなものを持ち、まるで綿毛のようにフワフワとこちらに向かってきている。
白百合のように美しい髪、青空を思わせるコート、黒いスカートをはためかせ、まるで女神が降臨したかのような神聖さを纏わせながら……クマさんパンツ丸出しで不敵な笑みを浮かべる乙女の姿がそこにはあった────。