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第7話:花の乙女

 突如私達に襲いかかった赤い粉。その粉の影響で、仲間が次々に倒れていく。


 物質を魔力に変換できる私は、その粉を取り込む事で倒れることなく行動できている。

 でも、私のこの力も万能ではない。


 A・Sオールシフターとしてのサガ……A・Sは、他者の魔力を取り込みすぎると身体に異常をきたしてしまう。他者に魔力を与えることを旨とするからなのか、魔力を吸収することを魂が拒否してしまうのだ。


 そして、この粉はただの物質じゃない。誰かが創り出した魔力物質だ。この粉を吸収し続ければ、私もいつかは行動不能になってしまう。



 私は、急いで倒れている仲間に声を掛けた。



「大丈夫ですか!?」

「う……ぐ……」


 よかった……意識はあるみたい。でも、その表情は苦痛に満ちている。小刻みに痙攣する身体に手を当て、私はすぐさま取り付いた粉を除去し、治癒を開始した。

 でも、次から次へと襲いかかる粉に除去が間に合わない。


 私は風上に自分の身体をまわし、少しでも粉が降りかかるのを抑えようと試みた。

 でも、そんな私の行動を嘲笑うかのように、赤い粉は私の身体をすり抜け仲間へと降りかかった。



「ど……どうすればッ──」


 たった一人の治癒すらまともにできない。しかも、倒れているのはこの人だけじゃない。二千人近くの仲間が倒れているのだ。とても私一人では対処できない。


 私はパニックになりかけていた。治しても治しても症状が悪化する……そんな終わらない悪夢に、私の鼓動が早鐘のように鳴り響く。やがて鼓動以外の音が聞こえなくなり、徐々に視界が暗くなり始める──



 ──そんな私の頬を、優しく撫でるように風が通り過ぎた。そして次の瞬間、その風は竜巻となって赤い粉を撒き上げ、空へと昇っていった。



「風がッ──」


 驚愕する私の目の前には、オルちゃんが立っていた。手を掲げるオルちゃんの身体は、魔力によって淡く光っている。



 【共鳴魔法】────この風は、オルちゃんの共鳴魔法によってもたらされたものだった。私達を覆っていた赤い粉は、今はそのほとんどが空へと巻き上げられている。



「今のうちにッ……動けるものは天幕へ逃げ込め!!」


 オルちゃんが叫んだのと同時に、甲高い音が響き渡った。

 それは、ガウロンさんが撃ち上げた矢から発せられた音……撤退の合図だった。


 オルちゃんの声が聞こえない位置にいる仲間にもその音は届いたようで、ずりずりと這いずりながら天幕の中へと逃げ込んでいく。

 でも、動けない人がまだ沢山いる。オルちゃんが凌いでくれているけど、毒性は身体に残ったままだからだ。


 私はその毒を消し去るために、地面に置いた両手に魔力を集中した。



「ふ、フラウ……何をするつもりッ」

「粉が薄れた今なら大丈夫ッ。一気にやるね!」


 私は治癒士。みんなの怪我を治すためにここにいるんだ。

 オルちゃんのおかげでパニックになりかけた頭も落ち着いたし、粉が薄れたことで治癒の目処もついた。


 二千人の解毒。未だかつて、この規模の治癒魔法を行使したことは無い。

 でも、それを想定した術式は存在している。私が尊敬する治癒士……始まりの治癒士とも言われる聖女が考案した、広範囲に癒しをもたらす治癒魔法が。


 治癒士にとって大切なのは、決して慌てないこと。初めての戦争ということで、私はその初心を忘れかけていた。

 患者に不安を与えないよう、治癒士は決して慌ててはいけない。そして、不安を見せてもいけない。絶対にできるという自信が、治癒士には必要不可欠なんだ。



 大丈夫、私ならやれる。

 だって私も、【聖女アラテア】と同じソレイシアの治癒士なんだから!



「ラ・アウラント!!」


 私の祖国、ソレイシアの守護神の名を冠する広域治癒魔法。私の手から放たれた魔力が、龍脈と呼ばれる地脈を通して仲間を癒していく。

 最大限まで高められた自己回復機能によって解毒が進み、徐々に身体の自由が戻っていく。倒れていた仲間の方々は次々に立ち上がり、天幕の中へと避難し始めた。


 解毒に成功したことに安堵した私は、その場で大きく息を吐いた。


「ふぅ〜」

「そ、ソレイシアの治癒士は……こんな事までできるのか……」


 信じられないといった感じで、オルちゃんは目をパチクリさせている。



「助かったよフラウ。しかし、これほど大規模の共鳴魔法……相手は神域者ディビノスか」


 神域者──神の領域に達した強者のことをそう呼んでいる。神域者は、感情の昂りで瞳の色が金色に変化するらしい。そして総じて言えるのが、環境を変えてしまうほどの力の持ち主ということだ。

 この粉には……それだけの力があると言える。



「フラウ、君も一度天幕に避難するんだ。さっきの治癒魔法でかなりの魔力を消費しただろう」

「わ、分かりました」


 魔力的にはまだ余裕があるのだけれど、これ以上粉を取り込むと身体に異常をきたす可能性がある。

 私は大人しくオウガ様の指示に従い、一際大きな天幕の中へと避難した────



 ★    ★    ★



「オルメンタ、すまないがもう少し踏ん張ってくれ。俺は術者の首を取りに行く」

「ま、待ってくださいッ!!」


 山頂を見据え馬を走らせようとしたオウガを、オルメンタが慌てた声で引き留める。その必死の叫びに、オウガは馬を止めて振り返った。



「待ってくださいオウガ様! 私は……この粉に覚えがあります」

「知っているのか?」


「これは花粉です。毒を持った花粉……これは……この花粉はッ……私の姉、リリシアの共鳴魔法です!」

「……」


「私に影響が無いのは、私が姉の魔力に耐性があるからです。それにこの花粉は、人を死に至らしめる程の毒はありません。せいぜい痺れさせて動けなくする程度のものです。私たちを……殺そうとはしていませんッ」



 大規模な風を操り続けるオルメンタの顔には、疲労の色が見られた。命のエネルギーとも言うべき魔力が枯渇し始めている……だが、オルメンタは最後の力を振り絞るように、強く目を閉じオウガに懇願した。


「お願いしますオウガ様ッ……リリィ姉様を殺さないで下さい!」



 涙を浮かべるオルメンタの言葉を聞き、オウガは静かに馬から降りた。そして小刻みに震えるオルメンタの肩に、まるで諭すように優しく手を置いた。



「オルメンタ、共鳴魔法を解け。これほどの攻撃だ。恐らく永続させる力は無いはずだ」


 そのオウガの言葉通り、山頂から流れ込んでくる花粉の量はだんだんと薄くなってきている。それを認識したオルメンタは、指示通りに手を下ろし、共鳴魔法である風の操作を中断した。



「くッ……」

「よくやったオルメンタ。お前もフラウと共に一度休むんだ。見張りにはガウロンを立たせておけ」



「お、オウガ様は……」

「俺は前に出る。だが、お前の姉と戦うためじゃない。今レヴェナント達に攻め込まれては、味方への被害は計り知れん。その備えの為だ」


「ありがとうございますッ……オウガ様」

「大丈夫、必ず姉に会えるよ。俺の占いは、よく当たるからね」



 ★    ★    ★



 山頂に、二人の乙女が立っている。


 二人の足元には、赤く煌めく百合の花が咲き誇っている。その数は膨大で、山頂全てを埋め尽くす程だ。そしてその花芯からサラサラと流れ出た赤い粉が、風下へと向かって行く。



「……ふふ」


 一人の乙女が、猫のように鋭い眼光を光らせている。


 不敵な笑みを浮かべ、艶のある美しい髪をかき上げる。その髪はうっすらと桃色がかったグラデーションが入っており、まるで白百合のようだ。そして頭に飾られた白薔薇のカチューシャが、更に華やかさを演出している。

 黒を基調とした服が、妖艶な身体のラインをくっきりと浮かび上がらせ、肩から掛けられた空色のコートには、雲のように白い花の刺繍が入っている。


 そんな派手な衣装に身を包んだ乙女────この乙女こそが、オルメンタの姉である長女リリシアであった。

 リリシアは山に不釣り合いなヒールを突き出し、仰け反らんばかりに胸を張った。



「ふふふ……あーはっはっは! 見なさいフルティナ! あたしの手にかかればこんなものよ!」


 乙女の視線の先には、花粉に巻かれ身動きの取れなくなった敵がいる。勝ち誇り大笑いする乙女に、フルティナと呼ばれた少女も興奮しているようだ。



「さっすがリリィお姉様! 山頂に地獄炉を設置した時は、どうしてこんな目立つ場所に置くのか不思議だったんだけど……敵を誘き寄せるだったんだね!!」

「……」



 末妹フルティナの瞳は、オルメンタと同じく左右で色が違っていた。ルビーのように赤い左目をキラキラと輝かせながら、リリシアの周りを元気に回っている。薄紫色の可愛らしいポニーテールが、その名の如く尻尾の様に跳ねまくっていた。



「ま、まぁそういうことね。敵はあたしの作戦にまんまとハマったってわけよ」

「なるほどなるほど! でもお姉様! どうして花粉の毒を弱くしたの?」


「はぁ?」

「だってだって! お姉様なら相手を即死させるような花粉だって作れるでしょ? なのにわざわざ痺れさせるだけ……時間が経てばまた動き出しちゃうよ?」



「……フルティナ。アンタもまだまだね。確かにあたし一人ならそれもアリよ。でもね、ここにはレヴェナントにヴィクターもいるのよ?」

「ふんふん」


「あたし一人で全部やっちゃったら、あいつらの存在意義がなくなっちゃうでしょ。 あたしが足止め、あいつらがトドメを刺す。魔力の温存にもなるし、あいつらも手柄になる。ウィンウィンってやつね」

「なるほどなるほど! 処世術ってやつだね! ヴィクターのことまで考えてあげるなんて、さっすがお姉様!」


 汗を垂らしながら説明するリリシアに、フルティナは何の疑いもなく姉を称えた。


「それにね、フルティナ……」

「お、お姉様……」


 白魚のように美しいリリシアの手が、フルティナの頬へと添えられる。



「あたしの魔力に耐性があるとはいえ、致死性の毒を可愛い妹に吸わせるなんてできないでしょ?」

「お姉様……ボクのことも考えてくれてたんだね」


 感動に震えるフルティナの頬は、ほんのりと紅く染まっている。完全に落ちた妹の姿を見て、リリシアは満足げに頷くのであった。



「さ、後はあいつらに任せて下山の準備でもしましょ。こんな辺鄙な山に連れて来られた時は焦ったけど、この花も地獄炉に直結させたから、あたし達がいなくても大丈夫なはずよ。さっさとルリニアとオルメンタを探しに行かないと」

「そうだね。ボクは運よくお姉様と合流できたけど……ルリ姉様にオルちゃんは大丈夫かなぁ」


「ルリニアは戦いなんてできる子じゃない。オルメンタは……ああ見えて打たれ弱いから」

「うぅ……大丈夫……大丈夫だよね!?」


「大丈夫よ。少なくとも、教団があたし達を見張ってる。きっと二人が戦えなくても、保護してもらってるはずよ」

「そ、そうだよね!? よーし、それじゃあ荷物の整理をしようお姉様!!」



 気を取り直し、意気揚々と歩き出したフルティナであったが、眼下に広がる光景を見て思わず叫んだ。


「あぁッ!?」

「ちょッ! いきなり大声出さないでよ!!」


「た、大変だよお姉様! あれあれ!!」

「……なによ」


 フルティナが指差した先には、レヴェナントの大群が陣を構えていた。だが、全てのレヴェナントがその場に倒れ込みピクリとも動かない。中には、そのまま蒸発するように姿を消している者までいた。



「前線に陣取ってたレヴェナント達まで動けなくなってるよ!」

「……」


「指揮官のヴィクターも麻痺してるみたいだよ。ど、どうしようお姉様!?」



 自身が繰り出した共鳴魔法で、自軍を壊滅させるという恐るべき愚行。

 だが、リリシアは動じない。

 慌てふためくフルティナを尻目に、全く動じていなかった。



「さ、お風呂にでも入ろっかな」

「えぇ!? お風呂? なんでお風呂!?」


「だってもう夜よ。さっさと寝て、明日の朝下山しましょ」

「下山しちゃうの!? 敵が攻め込んで来るかもしれないよ?」


「どうせ向こうも明日の昼までは動けないわよ。ったく、あのヴィクター……この程度の毒で動けなくなるとか、さすがのあたしも予想外だったわ〜。さーて、今日は何の花風呂にしよっかなぁ〜」



 そう言い残して、飄々とした態度でリリシアはテントの中へと入って行ってしまった。そんなリリシアと敵軍を、フルティナは心配そうな顔で交互に見ている。


「お姉様はああ言うけど、麻痺してる今こそチャンスなんじゃ。 でも、レヴェナントもヴィクターも動けないし……」


 唸りをあげながらフルティナは考え込んだ。だが何かを閃いたようで、大きく手を合わせ花咲くような笑顔を浮かべた。



「そっか! ボクがやればいいんだ!! ここまでお姉様に任せっきりだったしね。お姉様がお風呂に入ってる間に僕が敵を倒せば、お姉様は喜んで僕を褒めてくれる。褒められたボクは嬉しい。ついでにヴィクター達も助かる。WinーWinーWinってやつだね!」


 ハイテンションのフルティナが見上げた視線の先では、銀色に輝く満月が山頂を照らしていた。



「雲ひとつない満月。ボクの魔力が最も高まる条件は整ってる。よーし、やるぞー! 二人を探すためにも、こんなところで足踏みなんてしてられないもんね!!」


 満月のように瞳を大きくして、フルティナは月に向かって両手を突き出した。

 遮るものは何もなく、存分に月光を浴びるフルティナの身体からは……魔力と思しき光が溢れ始めていた。

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