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第6話:初陣

「上手じゃないか。初めて乗るんだろ?」

「う、うん。この子が言うこと聞いてくれるから」


 傭兵団付きの治癒士となった私は、皆と一緒に山道を馬に乗って進んでいる。

 馬に乗るのは初めてだったのだけれど、この子が言うことを聞いて思う方へ進んでくれるから凄く楽だ。


A・Sオールシフターは動物とも心を通わすことができるという。その影響かもな」

「またA・S特典ですか。はぁ〜」


 オウガ様の説明に、オルちゃんは嫌そうな顔でため息を吐いている。



「何で嫌そうなの?」

「いやぁ、思い返してみると私の姉も動物に好かれてたなぁ、って。指に鳥とか乗せるんだよ。ムカつくったらありゃしない」


「素敵じゃない」

「そう。女の私が言うのもなんだけど、すごい美人なんだよ。スタイルもいいしさぁ。それがお花畑で鳥と戯れてるんだよ? 風で纏めて吹っ飛ばしてやろうかと思ったよ」


 ギリギリと拳を握りしめ、ワナワナと震えるオルちゃん。でも、どことなく嬉しそうにも見える。



「でもさ! その後、頭に糞されててね。いやぁ〜、あれは傑作だったね。養分にしてやるー! って激怒してたなぁ」

「ふふ、お姉さんのことが本当に好きなんだね。オルちゃん」


 私の言葉に、オルちゃんは顔を赤らめてそっぽを向いてしまった。



「珍しいな。オルメンタが作戦以外のことをそんなに話すなんて。フラウのおかげかな」

「お、オウガ様までやめてくださいよ。姉のことになると、つい言葉が出ちゃうんですよね」


「そういえば、お姉さん達の名前はなんていうの?」

「長女がリリシアで、次女がルリニア。三女が私。末妹がフルティナっていうんだ」


 私は一人っ子だからよく分からないけど、四人姉妹って凄く賑やかで楽しそう。早く再会できるといいんだけど……。



「次女のルリ姉様は、私よりも先にオウガ様と出会っててね。今は私達の本拠地『パラディオン』にいるんだ」

「え、そうなんだ! ルリニアさんとは、もう再会できてたんだね」


 パラディオンという名前も聞いたことがある。ライヴィアにある貿易都市で、水の都と言われている街だ。


 でも、ここで一つ疑問が出てくる。そのパラディオンには、お抱えの傭兵団がいるという話を聞いたことがある。極悪非道、血も涙もない傭兵団だって噂だ。オウガ様達のことではなさそうだけど。



「ルリ姉様は平和主義者だから、戦いになる前に投降したらしいんだ。そのおかげで事なきを得たんだけど……」

「どうかしたの?」


「残りの二人……リリィ姉様はとにかくカッとなりやすい。短絡的な行動に出て、とんでもないことをしでかす。それでいて強いから始末が悪い。末妹のティナは頭はいいんだけど、重度のトラブルメーカーでね。はぁ……大変なことになってなければいいけど」

「おしゃべりはそこまでだ」


 ガウロンさんの声で、和やかだった空気が一瞬にして張り詰めた。



「ここからか?」

「あぁ。この先からが、奴らの領域内だ」



 今回の私達の目的は、このネブラーム高原に設置された【地獄炉】という装置を破壊すること。ライザールが設置したその地獄炉は、動く屍レヴェナントを召喚する魔導具だ。

 この先が地獄炉の領域内らしいけど……確かに、肌がピリピリするような不穏な魔力を感じる。



「どこからレヴェナントが現れるか分からない。気を引き締めていくぞ」



 オウガ様の号令で進み出した傭兵団のみんなからは、誰一人として臆している様子が感じられない。多分、怯えているのは私だけだと思う。


 今まで戦場で怪我人の治癒はしてきたけど、戦いそのものに参加したことはない。しかも、この先はどこから敵が出てくるかも分からない上に、相手は話の通じない怪物。手綱を握る手が自然と震え、背中を冷たい汗が流れるのを感じる。



「オルちゃん……その地獄炉っていうのは、どこにあるかわからないんだよね?」

「あぁ。今までの経験上、山頂に設置するなんて馬鹿な真似はしないはずだ。恐らく森の中か、はたまた地下か。何にせよ、見つけにくい場所に設置しているはずだね」


「近づけばガウロンが察知できる。頼んだぞガウロン」

「あぁ」


 地獄炉の場所を察知って、どうやるんだろう。さっきの領域の境界線といい、ガウロンさんには何かが視えているのかも。

 そう思い、私はガウロンさんの動向を伺い続けた。何かあればガウロンさんが反応するだろうし、突然の襲撃にも対応しやすいと思ったからだ。


 でも、結局何も起こらないまま、私達は山道を抜けて広い高原に辿り着いた。



「あまりにも静かすぎるな。ガウロン、少し見てきてくれるか?」


 頷いたガウロンさんは馬を走らせ、草原を突っ切って行ってしまった。



「日が沈む前に陣を敷くぞ。レヴェナントの奇襲には気をつけろ」


 傭兵団のみんなが陣の設営に取り掛かる。オウガ様とオルちゃんは何か話してるし、私は手持ち無沙汰になってしまった。

 むぅ……仕事は、自ら掴み取るべきだよね。



「あの、オウガ様! 私は何をすれば──」

「フラウは俺達の生命線だ。診療所用の天幕を設置するから、それまでは俺の傍に居てくれ」

「わ、わかりました!」


 ここも地獄炉の領域内だもんね。もし私が襲われたら、多分速攻でやられてしまうと思う。みんなが作業しているのを見ているだけなのも心苦しいけど、ここはオウガ様の言う通りにしよう。


 私はオウガ様の後ろにピッタリとくっつき、診療所が出来上がるのを眺め続けた────



 ★



 ────みんなの手際の良さに、私は終始感嘆の息を漏らしていた。まさに陣張りのプロ。天幕がどんどん張られていく。

 私用の診療所も完成し、満を持して中に入ろうとしたその時……ガウロンさんが草原の向こうから戻ってきた。



「オウガ、地獄炉を発見した」

「幸先がいいな。それで、どこに設置されてたんだ?」


 ガウロンさんが親指で指し示したのは、私たちの前方に見える山だった。


「山頂だ」

「なに?」


 ガウロンさんの言葉に、オウガ様とオルちゃんが首を傾げている。



「何故そんな目立つ場所に……罠か?」

「分からんが、麓に大量のレヴェナントを確認した。制御された動きに変異種も確認できたから、間違いなく指揮官のヴィクターがいるはずだ」



 他者の魂や妖魔の類を自身に取込み、襲いかかる拒絶反応を克服して強大な力を手に入れた存在……それがヴィクターだ。レヴェナントを自在に操るのは、このヴィクターが操っているかららしい。



「オウガ様。敵がなぜ山頂に地獄炉を設置したのかは分かりませんが、恐らく何かしらの備えがあるはずです。こちらから討って出るのは危険かと」

「そうだな、少し様子を見ることにしよう」


 あるはずがない山頂に地獄炉があったことで、みんな困惑しているみたいだ。


 そして私は、今すぐに戦いが起こらないことが分かって少しホッとした。

 私が安堵のあまり胸を撫で下ろした、その時だった────


 ふと目にした山頂から、赤い霧が広がっているのが見えた。その霧の規模は徐々に大きさを増し、雪崩のように山を下って、私達の元へ押し寄せようとしている。



「顔を隠せッ!!」


 私が声を出す前に、同じく霧に気付いたガウロンさんが大声で叫んだ。


 でも……間に合わなかった。

 その直後、私達はその赤い霧に一瞬で飲み込まれてしまった。



「こ、これはッ──」


 赤い霧に驚愕するオウガ様を見て、私の中で危機感が膨れ上がる。全身を覆い尽くす霧は、手だけじゃとても防ぎ切れる量じゃない。

 しかも、霧と思っていたものは何かの粉のようで、私達の肌に付着すると怪しい光を放ち始めていた。


 その粉に身体の自由を奪われ、仲間が声も上げずに次々と倒れていく。立っているのはオウガ様と、オルちゃん。そしてガウロンさんの三人だけだった。



 ワケも分からないまま、一瞬でほとんどの仲間がやられてしまった。

 これが戦争……まだ始まってもいないと思っていたのに。


 傭兵団の一員として初めて参加した戦争。その最悪の火蓋が、切って落とされた────。

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