「え、 この傭兵団の団長ってオウガ様じゃないの?」
「あぁ、オウガ様は私達の雇い主だ」
私がこの傭兵団の拠点に来て一日が経過した。昨日の時点で怪我人の治癒を全てこなしてしまった私は、今日は手持ち無沙汰になっていた。そんな私を見かけたオルちゃんが、剣の稽古に誘ってくれたのだった。
剣なんて振ったこともなかったけど、身体を動かして頭のモヤモヤを少しでもスッキリさせたい……そう思ってオルちゃんの誘いに乗ることにした。今は倒木に腰掛けて、水を飲みながら休憩中だ。
「じゃあ団長さんは?」
「団長は別件でね。二部隊率いて他国に行ってるよ」
「どこに行ってるの?」
「それは機密事項さ。フラウが私達の仲間になってくれるなら教えてやれるんだけどな〜」
オルちゃんは頬杖をつきながら、私の顔を見つめてくる。
「か、考えてるよ……」
「まだ考えてるの? 明日には私達行っちゃうよ?」
オルちゃんの言う通り、遅かれ早かれ明日までには決めなければならない。この人達と一緒に行くか……行かないのかを。
「ま、そんな簡単には決められないか。……私も悩んだからなぁ」
「オルちゃんも傭兵になるか悩んだの?」
「あぁ。私、元々『ライザール』の人間なんだ」
「え?」
ライザールは、今このライヴィア王国に攻め込んできている国の名前。敵国の人間が仲間になる……あり得ない話ではないと思うけど。
でも、元々この戦争はライヴィア王国の圧倒的不利から始まった。滅亡寸前とまで言われた国に、どうしてわざわざ……。
「私に姉妹がいるって言っただろう? 四姉妹なんだ。あ、ちなみに私は三女ね。私はライザールの『レヴェナント』を率いてライヴィアに攻め入ったんだ」
レヴェナント──人間の死体へ無理矢理に魂を憑依させた、ライザールが使役する幽鬼兵。肉体と適合しない魂は一体化することなく、肉は腐り、魂と共に歪になっていく。まるで、使い捨ての駒のような存在。
「そこで運悪く……いや、運良くか。戦ったのがオウガ様達だったんだ」
「ど、どうなったの?」
「ま、早い話がコテンパンにやられてね。私もさ、元々死んじゃいたいと思ってたんだ」
「……」
「私は戦う勇気なんてない、ただの子供だった。姉妹の行方も分からない。でも、生きてる限り戦い続けなければならない。……なんか疲れちゃってね。あえて剣を受けようとしたんだ」
オルちゃんが手に持った模造刀を、空に掲げる。
「でも、私の身体に剣は届かなかった。オウガ様と団長が、私を救ってくれたんだ。殺してほしいって言う私を無視して、『一緒に来い』 だってさ。笑っちゃうだろ? 会ったばかりの敵に対してさ。でも、嬉しかったなぁ」
オルちゃんの綺麗なオッドアイが微かに潤んでいる。その表情は優しく、その出来事が彼女に救いを与えたのだということが、私にも伝わってきた。
「ま! なんだかんだあって、私は今四番隊の隊長、兼参謀として頑張ってるってわけよ」
胸を張り、その慎ましい胸をドンと叩く。すると私たちの影の間から、別の影がするりと伸びてきた。
「今では、ウチに無くてはならない存在ってわけだ」
「お、オウガ様ッ。いつからそこに?」
「オウガ様、昨日はパン粥ごちそうさまでした」
「え!? 結局オウガ様が作ったんですか!?」
「そ、そうか。それは良かった。……ガウロンめ、言うなと言ったのに」
「え?」
最後にオウガ様が何か呟いたのだけど、よく聞こえなかった。
「いや、何でもない。二人の姿が見えたからさ。稽古はもう終わりか? 」
「はい、明日に差し支えるといけないので」
「そうか。フラウエルの腕前はどうだった?」
腕前も何も……私、剣を振ったのは今日が初めてなんですけど。
「それが、こう見えて中々筋がいいんですよ。意外に力もあるし、やっぱり
「え……ほ、ほんとに?」
「意外といえば……これッ。こんな大人しそうな顔して持つもん持ってるんですよ」
「ちょ……ちょっとオルちゃんッ」
オルちゃんが、私の身体の一部を弄ってくる。
「くそぅ……A・Sってのはみんなこうなのか……」
「知り合いにA・Sがいるの?」
「さっき言ってた私の姉妹。一番上の姉がA・Sだった。むかつく身体してたよ」
「む、むかつく身体って……」
「あぁ、フラウは違うよ!フラウと一緒にいるとむしろ癒されるっていうか……心が落ち着くんだよね〜」
「ふふ、それらもA・Sの特性の一つだ。強靭な肉体に強大な魂。そして、相手の魔力に同調することで癒しを与えるらしい」
オウガ様の言葉に、オルちゃんは眉をひそめている。
強靭な肉体=スタイルがいい、ってことなのかな? あぁ、いや……別に私のスタイルがいいと言ってるわけじゃなくて────
「そうなんですか? 私、姉とは喧嘩ばっかりしてましたよ?」
「喧嘩するほど仲がいいってね。意外と喧嘩を楽しんでたんじゃないのか?」
「……そうかも、しれません」
きっと、お姉さんとの思い出を思い起こしているんだと思う。オルちゃんの表情が優しい笑みを浮かべている。
「心配するなオルメンタ。その姉にもすぐ会えるさ」
「占いですか?」
「ふふ、そうだ」
占いというのが何のことか分からないけど、オルちゃんの顔が更に明るくなった。
そんな和やかな雰囲気の中で、オウガ様が私に向き直る。
「フラウエル。少し話があるんだが……」
「え? は、はい」
「じゃあ私は先に戻っておくよ。フラウ、またね」
そう言ってオルちゃんは、私とオウガ様を残して行ってしまった。オルちゃんを見届け、オウガ様が倒木に腰かけ話し始める。
「フラウエル、プロディ達を救ってくれたんだってな。遅くなったが礼を言わせてくれ。ありがとう」
「そ、そんなッ……私も命を助けてもらったんです。これぐらいのことは……その……」
「……何か悩んでるのか?」
歯切れの悪い私に違和感を感じたのだろう。兜でオウガ様の表情は分からないけど、私を心配する眼差しで見つめてくれている気がする。
「……怒らないで、聞いてくれますか?」
「あぁ。よかったら話してくれないか?」
この人なら、私の迷いを消してくれるかもしれない。そう思い、私は意を決して話し始めた。
「私が助けた人達に両親を殺されました。私たち治癒士は怪我人を治すのが本分。患者を選り分けるなんてしちゃ駄目なんです。でも、少し後悔しました。助けなければよかった、って」
「……」
「でも、また同じような状況になったら……多分助けちゃうと思うんです。その後のことなんて考えずに、目の前の命を助けようと頑張ると思うんです。私はそれが怖い……助けた人が悪人だったら……私のせいで人が殺されたら……そう考えてしまうんです」
助けたいのに助けることが怖い。そんな考えを、思ったままオウガ様に口にしていた。父の想いを胸に、決心してテントから出てきたはずなのに……自分の不甲斐なさに涙が出そうになる。
「フラウエル、君が助けてくれたプロディ……妻がいるんだ。しかもお腹には赤ちゃんがいる」
「……え?」
「フラウエルのおかげで、訃報を知らせなくて済んだよ」
「そう……ですか」
そうか。結婚してたんだ、あの人。
……助けられて良かった。私は、心の底からそう思うことができた。
「俺たちは戦場で常に命の危機に晒されている。死んでいった者も、怪我をして無念のままに離脱していった者も多い。フラウエルのおかげで……彼らはまた戦える」
「プロディさんもそう言ってました。でも……」
「それが彼らの選択だ。それを止めることは俺にも君にもできない。だからフラウエル、君がその後の事を気に病む必要はないんだよ」
「……はい」
「少なくとも俺の仲間には、君の慈愛の精神に砂をかける様な悪党はいない。みな、家族の為に戦ってるからね」
「オウガ様もそうなんですか?」
「俺のはそんな崇高なものじゃない。自分のエゴの為に戦っているだけだよ」
「ふふ、そうやって……結構卑屈なんですね、オウガ様」
『え?』っと、オウガ様は驚いたような声をあげて私を見た。
──そう、私は知っている。オウガ様のレガリアに触れた時に、私は視てしまった。オウガ様が
世界には、私が想像もしなかった悪が存在している。そんな存在と戦おうとしてる人達の仲間に私がなる。それはまるで夢物語のようで、にわかには信じ難い。でも……これが私の運命なんだ。
何か大きな力が、私達を巡り合わせた────そう感じていた。
「オウガ様……一つお願いがあるんです」
「お願い?」
「もう一度、その剣を持たせてもらえませんか?」
「あぁ、構わないよ」
オウガ様は躊躇することなく、自分の魂であるレガリアを私に渡してきた。
その剣は、まるで重さを感じなかった。まるで自分の一部であるかのように。そしてそれと同時に、オウガ様の記憶が流れ込んでくる。
「オウガ様、私が一緒に行きたいって言ったらどうします?」
「歓迎するよ。 ウチには治癒士がいないからね」
「お役に立てますか?」
「もう立ってるじゃないか」
「オルちゃんは……喜んでくれますかね?」
「喜ぶだろうね。あんなに笑顔のオルメンタを見たのは久々だよ」
これから先、どれだけオウガ様が誤魔化そうとも、悪名を広められようとも、私は知っている。オウガ様の戦う理由……それは決して自分の為なんかじゃなく、多くの人を救う為だということを。
自分が犠牲になっても、誰かの為になら戦うことができる。そんなオウガ様に、私は付いて行きたい。治癒士として、この人の信念に付いていきたい。
そうすればきっと……私の悩みも晴れると思うから────
☆
「フラウエル。俺も君と一緒で、助けを求められると助けちゃう性分でね。これでも随分悩んで生きてきたんだよ。そして戦いの中で、俺は自分なりの答えを見つけた。君の悩みの答えを教えてあげることはできないけど、きっと大丈夫。君なら……必ず答えを見つけることができるよ」
「オウガ様にそう言われると、そんな気がしてきました」
「ふふ。俺さ、占いが得意なんだ。これが結構当たるんだよ」
「そうですか。私がどうするか……分かってたんですね」
白銀の騎士の剣を抱える少女の姿。
その姿はまるで、叙任式の様に神聖なものだった────。
☆ ☆ ☆
出立の朝。私は新しい白衣に身を包み、その上から真紅色のプロテクターを身につけていた。既に天幕は取り払われ、真紅の鎧を装備した傭兵団のみんなが一堂に会している。
今ここにいる人達を、この人達が守ろうとしているものを……私も守りたい。私自身が戦いに巻き込まれていくとしても、この選択が多くの人を助けることになると信じて。
「出立の前に、新しい仲間を紹介しておく」
オウガ様の声と共に、私は力強く歩き出した。
皆が私を見ている。私は大きく息を吸い込み、私にできる限りの笑顔で大きく叫んだ。
「治癒士のフラウエル・セレスティアです! みなさん、よろしくお願いします!!」