私は今、持って来てもらったパン粥を口に運んでいる。暖かく、甘い味付けの中には仄かに香辛料の香りがする。パニックになっていた私の頭を、その香りが優しく慰めてくれるかの様だった。
「美味しい?」
「はい……これはあなたが?」
私の目の前には怖そうな……ではなく、凜とした女性が荷物に腰をかけ、こちらを見ている。オウガと名乗った白銀の騎士さんはどこかへ行ってしまった。
「いや、私じゃないよ。ガウロンっていう奴が作ってくれたんだ」
「そうですか。後でお礼言わなくっちゃ……」
最後の一口を口にいれ、スプーンを器に静かに置く。
「ご馳走様でした」
「よかったよ、食べれて。傷は治ってても色々としんどいだろう? しばらくここで休んでるといい」
そう言ってオルメンタさんが食器を持って出て行こうとする。
「あ、あのッ……オルメンタさん」
「呼び捨てでいいよ。見た感じ、年齢も近いんじゃないか? 敬語もいらないよ」
「え、えと……それじゃあ、オルちゃん?」
「オルちゃん?」
……私はいきなり何を言っているのだろう。怖い人と思ってたけど、意外にも優しい振る舞いに少し浮ついてしまったのかも。
「ご、ごめんなさい! 呼び捨てもどうかと思ってッ……あの……」
「ぷッ……あはは!いや、いいよオルちゃんで。姉妹にもそうやって呼ばれてたから、つい懐かしくってね」
「姉妹がいるんだ?」
「あぁ、今は離れ離れだけどね。血も繋がってないしー、って私のことはいいんだ。どうしたの、フラウ」
私に合わせてくれたのだろうか。オルちゃんが私のことを『フラウ』と呼んでくれた。呼び方が変わっただけで、オルちゃんと凄く親しくなれた気がする。
微笑むオルちゃんに、私も自然と笑みが溢れた。でも……私には、聞かなくちゃいけない事がある。その事を考えると、どうしても表情が沈んでしまう。
「村の人達は……私の両親はどうなったの?」
「……残念だけど、生き残ったのはフラウだけだ」
「……そっか」
分かってはいた。でも認めたくなかった。実は生きているんじゃ……そう思いたかった。
断たれた希望に、私はまた涙を止めることができない。
「フラウ、こんな時に聞くのも気が引けるんだけど……これからどうする?」
「え……?」
「私達は傭兵だ。戦場を転々と渡り歩いている。二日後にはここを発つ予定だ。フラウはソレイシアからの派遣医師団だろう? 故郷へ帰る?」
「故郷……」
故郷へ帰る。そんな当たり前の言葉に疑問が生じる。
私にとっての故郷……それはソレイシアではない。父と母がいる医師団こそが、私にとっての故郷だったのだから。
「フラウ。もし良かったら、私達と来ないか?」
「……」
「私達には従軍医師がいない。治癒士なんてもってのほかだ。フラウは治癒士なんだろう? 私達と来てくれるとすごく助かるんだけど……」
「また……戦争するの?」
「そうだね。内乱はほぼ鎮圧したけど、まだライザール軍が残っている。私達はこれから、その拠点の一つを潰しに行くつもりだ」
「私、戦争が嫌い。戦争をする人も──」
そう言いかけて、私は口を噤んだ。命の恩人を侮辱する言葉を、私は口にしようとしていた。慌てて口を閉じても遅いのに……私は後悔のあまり顔を伏せることしかできない。
でも、オルちゃんはそんな私に優しく微笑んでくれた。
「無理もないさ。こんな酷い目に遭わされたんだから。あ……でも、フラウの身体に乱暴はされてないから! その前にオウガ様が助けてくれたからね」
落ち込む私の身体を優しく叩き、オルちゃんは再び近くの荷物に腰を下ろした。
「みんながフラウみたいに戦争が嫌いだったらなぁ。でもねフラウ。世界には人の苦しむ顔が見たくて、わざわざ戦争を引き起こす奴もいるんだ。私達はそんな奴等と戦ってる」
「あのオウガ、様も?」
「勿論だ。フラウはオウガ様の『レガリア』を手にした。なら、オウガ様の考えが分かったんじゃないか?」
【レガリア】────それは己の魂を具現化した武具。見たのも、ましてや触ったのも初めてだ。
レガリアは元々はある国が発祥で、王位争奪の為に神に選ばれた人間が手にする力だと聞いたことがある。
人の魂には型がある。その型は千差万別で、相入れる事は基本有り得ない。例外があるとすれば、それは私達
そして人の魂は、この世に存在する『ナニか』と共鳴することがある。それは火であったり、水、風などの他に感情など様々だ。
そんな魂に共鳴するモノのことを【
そして、レゾンの特性を最大限に引き出した共鳴魔法の極み──それがレガリアと呼ばれる魂の武具だ。
「魂であるレガリアは本人にしか持つことはできない。もし持つことができるなら、それはよほど波長の合った人間かA・Sのみ。そしてレガリアは魂の情報・記憶を有している。A・Sのフラウは、剣を持った時に何か視えたんじゃないか?」
「……」
私はその問いに対して、静かに頷いた。
「ま、何が視えたのかは聞かないでおくよ。プライバシーもあるしね」
「……ありがとうオルちゃん」
本当に優しい人だ。
答えにくいのを察してくれたのか、オルちゃんはおもむろに立ち上がりテントから出て行こうとする。
「さっきの話、考えといて。後でまた話そう」
そう言って、オルちゃんはテントから出て行ってしまった。話し相手が居なくなり、私は再び布団に横になった。
(これから……どうすればいいんだろう)
私は独り。ソレイシアに帰っても、私を待っている人は誰もいない。
A・Sとして国に重宝はされると思う。でも、今までと同じように治癒士として働けるだろうか? 私は今、相手を選ばず治癒することに疑問を抱いてしまっている。国に命令されれば、例えどんな悪人でも治癒しなければならない。
それに正直な話、私はソレイシアが好きではない。治癒士としての信念と、国の方針が相反するからだ。
「……ふふ」
つい自嘲気味の笑いが出てしまった。
治癒士としての信念? それは、分け隔てなく治癒を施す慈愛の精神。善悪で治癒すべき人たちを分けようなどと考えた今の私には、程遠い信念だ。
何が相反する、だ。お金で患者を選ぶソレイシアと何が違うのだろう。
────ダメだ、自暴自棄になっているのかも。思考を切り替えて、これからのことを考えよう。
彼女達に付いていけば、 少なくとも治癒士として私は活躍できる。でも、どちらにしろ待っているのは戦いの日々。昨夜の出来事を思い出すだけで、呼吸が乱れ手が震えてしまう。
【戦争は悪。戦争をする人も悪】
私は今までそう思っていた。でも、その戦争の中にも一人一人に想いがあって、大切なものを守る為に心を殺して戦っている。
私はオウガ様のレガリアを手にしたことで、そのことを知った。
他者から見れば、悪にしか見えない行動。でもその裏には────。
「あの人達を……死なせたくない」
未だ考えはまとまらない。決心もつかない。
そんな私の背中を、あの言葉が優しく後押ししてくれた。
『この子なら、僕よりもっと多くの人を助ける事ができる』
……やっぱり、私は治癒士なんだ。助けたいと少しでも思ってしまったら、自然と身体が動いてしまう。
父の想いと共に、私はテントの外へと向かって歩き出した────。