「……ここは」
私が目覚めたのは、見知らぬテントの中だった。周りを見渡してみるけど、私以外には積み荷しかなく、誰もいない。
私の頭には包帯が巻き付けられている。不慣れな感じで巻かれたその包帯が少しキツかったので、私はその包帯を解くことにした。
乾いた血の感触はするものの、傷はないみたい。
こめかみに付いた血を指で触りながら、未だにぼんやりした頭で記憶を手繰ろうとする。
「私、なんでこんな所にいるんだっけ……?」
思い出そうとすると、頭の奥と胸がズキズキと痛む。その苦痛を無視し、私は必死に何があったのかを思い出そうとした。そして────
燃える村、両親の叫び声、男達の悪意に満ちた目、響く凶悪な笑い声。その映像が、次々に私の脳裏に蘇ってきた。
「────ッッ」
冷たい汗が額から流れ、指先が震える。うまく呼吸をすることが出来ない。私は何が現実で、何が悪夢なのかの区別もつかなくなっていた。
私は布を剥ぎ取り、自分の身体を確かめた。
……目立った暴行の跡はない。でも、頭に付いた血の跡が証明してる。
心臓がまるで警告するかの様に高鳴る。口から飛び出しそうな激しい鼓動に、吐き気がしてくる。
(ここはまさか……彼らの)
気絶した私は、あの人達に連れてこられたのだろうか? 両親を殺した、あの兵士に……。
私は立ち上がり、積み上げられた荷物を探り始めた。
(な、何か武器になるものは……)
荷物の中には包帯やガーゼなどの医療品しかなかった。でも、いつも身近に感じていた物を目の当たりにしたことで、少しだけ冷静になることが出来た。
どうせ私はろくに戦えない。武器を探すよりも、早くこの場から逃げよう……そう思った時だった。
(……誰か来るッ!?)
A・Sは、他者の魔力に同調することで可能な『気配遮断』、そして『気配察知』が常人よりも遥かに優れている。私も例外ではなく、外からこちらに近づいてくる二人の気配を感じ取っていた。
私は息を殺し、両手で口を抑え、入り口近くの荷物へと身を潜ませた。
(お願いッ、入って来ないでッ……)
☆ ☆ ☆
「おはようございます、オウガ様。そんなもの持ってどこに行くんです?」
「おはよう、オルメンタ。パン粥だ。あの少女に持って行こうと思ってな」
「えッ! オウガ様が作ったんですか?」
「いや……俺は、料理はちょっと……。ガウロンに作ってもらった」
視線を逸らす白銀の騎士。フルフェイスの兜からその表情は分からないが、少し落ち込んで見える。
「そ、そうなんですね。あッ、私が運びます!」
オルメンタがオウガの持つ盆を受け取ろうとするが、オウガはそれを優しく片手で制した。
「いや、大丈夫だ。昨日はお前達に任せきりだったからな。これ位はさせてくれ」
「そうですか。それで、あの子の容態はどうでした?」
「俺は医者じゃないから詳しいことは言えないが……手当てをしようと思ったら傷が治りかけててな。結構な怪我だと思ったんだが、とりあえず消毒して包帯を巻いておいた。まぁ命に別条はなさそうだ」
「お、オウガ様が包帯を巻いたんですか?」
オルメンタが驚きの声を上げると、オウガの白銀の鎧からどんよりとしたオーラが滲み出る。
「……俺だって、包帯位巻けるぞ?」
「え、あ……いや! そういう意味じゃなくて!! 私達のトップが見知らぬ少女にそんなに献身的なのが……気になって……」
「この戦争を引き起こしたのは俺だ。俺に責任がある」
「そんなこと……あッ、そういえば傷が治りかけてたって」
「あぁ、常人では考えられないスピードでな」
「あの子、もしかしてA・Sなのでは。ソレイシア医師団の一員だったみたいですし」
「多分な」
「結局、生き残ったのはあの子だけですか……」
少女の境遇に胸を痛めながら、二人は少女を寝かせている天幕の前へとやって来た。オウガが幕を上げ中へと入るが────
「……ん?」
寝ているはずの少女の姿が、どこにも見当たらない。どこかへ行ってしまったのか、気配すら感じない。
「どうしました?」
「いや、あの子の姿が──」
後ろにいるオルメンタに気を取られた、その時だった。
荷物の脇から影が飛び出し、オウガの腰に下げられた剣を抜き取った。
「来ないでッ……来ないでください!!」
栗毛の少女が、奪い取った剣をオウガに向ける。目には涙を浮かべ、その華奢な腕は震えていた。
恐怖のあまり、咄嗟にとった自衛の行動……だが、すぐに少女は雷に打たれたかのように身体を硬直させ、呆然と剣を見つめ始めた。
「驚いたな。俺の『レガリア』を持てるとは。やっぱり君はA・Sなんだね? それとも──」
「ご……ごめんなさい……私ッ……」
少女には、果たして何が視えたのだろうか……少女は大粒の涙を流しながら、剣をオウガへと手渡した。
「この剣を持つことができた……それなら分かったはずだ。俺達が敵ではないことが」
少女から剣を受け取ったオウガは、その無骨な剣を鞘へと収めた。
「オルメンタ、いつまで剣に手をかけてるんだ?」
「へっ? あ……はい!!」
呆然と二人の様子を眺めていたオルメンタが慌てて剣から手を離し、気を付けのポーズを取る。
「名前を聞いてもいいかな?」
「……フラウエル、です」
「そうか、綺麗な名前だ。俺はオウガ、こっちの怖いお姉さんがオルメンタだ」
「ちょ、ちょっとオウガ様!」
「食事を持ってきたんだ。食べれそうかい?」
「……はい」
悲痛だった少女の顔に、僅かに笑顔が戻った。