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第25話:教団の執行者

 地を揺らし、砂煙を巻き上げながら突進してくる巨牛ダイン。その上には、天を穿つニ本の銀角を生やした赤鬼が座している。


 南門でカザンを迎え撃つレヴェナントとセコーモの本体だったが、姿を現した鬼神の威容に、セコーモの青白い顔は更に血の気を失っていた。



「へッ。無敵のヴィクター様ともあろうものが、とんだ逃げ腰じゃねぇか」

「くッ……き、貴様が全滅のカザンか!?」


「おうよ。俺がそのカザン様だ」

「ライヴィアは戦争中のはずだろうッ、なぜ貴様がここにいるんだ!?」


「テメェらも運がねぇな。よりによって、この俺が来ている時に攻め込んできたんだからな」

「お、俺に手を出してみろ! こちらには人質がいるんだぞ!!」


「人を見てものは言うんだな。この俺に人質が通用すると思ってんのか? とはいえよぉ……女・子供人質にするような外道、生かしておく理由はねぇよな」


 戦斧を見せつけるように担ぐカザンからは、陽炎の如き魔力が漂っている。その威圧感に、セコーモは後退り冷や汗を流した。だが、何を思ったのか口端を歪ませ笑っている。



「外道……外道だと? ふ……ふくくくッ、聞いてるぞお前の噂は! 自分の仲間を殺したそうだな!?」

「……」


「目的の為には仲間すら殺す……貴様こそ真の外道ではないか!!」


 震えるセコーモから放たれた言葉に、カザンは押し黙った。それに気を良くしたのか、セコーモは更に口角を上げ歪な笑みを浮かべている。だが────



「……テメェらのせいだよ」

「な、なにッ?」


「影でこそこそやってりゃいいものを……わざわざ日の下で生きる善良な奴等に悪さをしやがる。冥土の土産に教えといてやるぜ。俺の目的はなぁ、テメェら外道共を一匹残らずぶち殺すことだ」

「くッ、ならば貴様から死ぬがいい!」


 セコーモの身体から、無数の虫が解き放たれた。キチキチと顎を鳴らし、耳を塞ぎたくなるような羽音が周囲を満たす。



「なに勘違いしてやがる。テメェに決定権はねぇ。殺すは……この、全滅のカザン様が決めてるんだよッ」

「この狂人がぁぁ!!」


 セコーモが手に持つ禍々しいオーブが輝き出し、レヴェナントが突撃を開始した。それと同時に上昇し、顎を鳴らしながらカザンに向かって滑空する無数の虫──だが、カザンはまるで動じることなく、ゆっくりと戦斧を天に掲げた。



「ヘッ、馬鹿が──」


 戦斧に嵌め込まれた紅玉、『怒涛核』が激しく輝きだし、景色を一瞬で赤く染め上げる。突如発生した熱が、その場に存在する全てを包み込んでいく。



「ぎッッ……ぁぁ……ぁ」


 悲鳴をあげようとするセコーモだったが、瞬時に喉を焼かれ叫び声すらあげることができない。カザンの作り出した焦熱地獄によって、虫も、レヴェナントも、全てが発火し灰となっていく。


 カザンはただレガリアを起動しただけ。それだけでこの戦いの決着はついてしまった。怒涛核の輝きが収まると、赤く揺らめいていた世界は元に戻り、急激な温度差の影響か強風が吹き荒れている。



「……かッ……ッ……」


 黒焦げとなりその場に倒れ込むセコーモだが、まだ死んではいない。残った魔力で傷を癒し、何とか生き延びようと踠いている。

 ダインから下りたカザンが、レガリアで固められた巨大な足で、踠くセコーモの顔面を踏みつけた。



「ヒ……た……すけ……て」


 掠れた声で命乞いをするセコーモの姿に、カザンはやれやれと首を振った。



「外道は生かしておかんと言ったはずだぜ」

「た……たのむ……何でもするからッ」


「ほう。なら、俺の質問に答えるんだな」

「わ、分かった! 何でも答えるッ……答えるから!!」


 回復し始めた喉を痛めつけるように、セコーモは全力で叫んだ。

 もはやセコーモに抵抗する気力はない……そう確信したカザンは、足の力を緩めた。



「いいだろう。で、テメェはだ?」

「ど、どっち……?」


 カザンの質問の意味が分からず、セコーモはガタガタと震えながら目を泳がせている。それを不快に思ったのか、カザンが再び足に力を込める。みしみしと耳障りな音を立てながら、セコーモの顔が変形していく。


「【ライザール兵】なのか 【セルミア教】 なのか、どっちに所属してんだって聞いてるんだよ」


「ひいいいぃぃッ! セルミア! セルミア教だ!!」

「セルミア教か……アマツクニに来た目的は?」


「こ、この国には昔、【星の守護者】と言われる存在が逃げ込んだ可能性があるのだッ。潜伏先の候補だった山が爆発したと斥候から情報が入り、その真偽を確かめるために我々は来たんだ!」

「それだけか?」


「も、目的はもう一つあるッ! この国の守護神である、始まりの十二柱の神 【メルキオール】を確保することだ!この二つを手に入れるために、我々はこの村を拠点にしようとしていたんだ!!」

「……」



 【セルミア教】とは、慈愛の女神セルミアを信仰する、各国に支部を持つ世界最大の教団である。現在戦時下にあるライヴィア王国発祥の宗教であり、ライヴィア王国の国教でもある。


 そして、セコーモが発したメルキオールという名称。この世界、エデンスフィアにおいて大国を守護する神々。【始まりの十二柱の神】と呼ばれる存在────その一柱の名前だった。また、女神セルミアも十二柱の一柱である。



「よし、じゃあ【ディセント計画】について話してもらおうか」

「そ、それは教団の上層部の者しか知らないッ。 俺が知っているのは 、女神セルミア降臨の為の器を作り上げることってだけだ!」


「その器ってのは?」

「……四人の娘が候補者として選ばれたということしか。その娘達は全員、女神の『聖骸』を宿していると聞いたが……」


「女達の居場所は?」

「わ、分からない。娘達はどこかの戦いに参戦させられているらしい。だが、この娘達はディセント計画の要ッ。上層部なら居場所を把握しているはずだ!」


(神官クラスじゃ、この程度の情報しか持ってねぇか)


 これ以上得るものはないと判断したカザンは、セコーモの首に手を掛け勢いよく持ち上げた。



「たッ、助けて!!」

「安心しな。俺ぁこう見えて『人間』なんでな。ただし……テメェにはもう一働きしてもらうぜ」


「もう一働き?」

「テメェにはセルミア教の動きを逐一俺に報告してもらう。スパイってやつだな」


「な、何だと!? このまま教団に帰れば……俺は必ず粛清されてしまうッ!」

「まぁそうなるだろうな。だからテメェには、ある情報を持って帰ってもらう」


「な、なにを……」

「テメェらが血眼で探してた星の守護者。そしてメルキオール……このどちらも、今は【パラディオン】にある」


 このカザンの言葉を受け、セコーモは濁った目を大きく開き絶句した。



「テメェらは見当違いの場所を探してたってわけだ。この情報を持って帰れば殺されることはないだろう」

「……その情報が本当ならば、確かに大手柄になる。だが、その情報を話してもいいのか? もし話せば──」


「今度はパラディオンが標的になるだろう。だがなぁ、俺にはその方が都合がいいんだよ。害虫を一箇所に集めて焼き払えば、手間が省けるってもんだぜ」


 不穏に煌めくカザンの眼光に、セコーモはごくりと喉を鳴らした。



「わ、分かった……今の情報を報告しよう。じゃあ俺はこれで──」

「まあ慌てるな。最後にやっておかなきゃならんことがある」


 カザンの手から逃れようとするセコーモを、カザンが更に引き寄せる。



「や、やること?」

「あぁ、テメェには……俺の【使い魔ユニオン】になってもらうぜ」


「ユニオンだとッ、何を言っているッ!? ユニオンは、魂に色を持たぬ動物と交わす契約だぞ!」

「んなことぁ知ってんだよ。そこにいるダインも俺のユニオンだからな。のテメェにはきついだろうが……まぁ、死なないように頑張るんだな」


 カザンの手に赤黒い闇が集まっていき、這いずるようにセコーモの口へと近づいていく。



「なッ……ま、待ってくれ!!」

「一度は乗り越えたんだろう? 精神力の見せ所だぜ、ヴィクター様」


 セコーモの制止の声を無視し、カザンの手から溢れ出た闇がセコーモの口へと流れ入る。



 【ヴィクター】とは、他者の魂・または地獄に存在する妖魔を取り込むことで起こる、『魂の拒絶反応』を克服した者たち。克服できなかった者は、レヴェナントや異形の怪物へと成り果てる。


 だが、克服したヴィクターにも変化はあった。強大な力を得る代わりに、記憶障害、性格の変貌、妖魔を宿すことで起きる外見の変質などを引き起こすのだ。



 セコーモにとっては二度目の試練。

 だが、流し込まれるカザンの魔力は、かつて取り込んだ魂とはモノが違う。カザンの魔力──それは、灼熱の猛毒を体内に流し込まれるも同義であった。



 目を見開き、涙を垂れ流し、ビクビクと身体は痙攣し始めている。口からは声にならない呻き声を漏らし、身体には赤黒い血管のようなものが浮かび上がっている。ドクドクと脈打つそのリズムに合わせ、セコーモの心臓付近が赤黒く輝き出す。


 涙は血涙へと変わり、口からは血の泡が吹き出ている。



「ふッ……ふぐッ……ぐうううぅぅぅッッ」



 どれほどの時間苦しんだだろうか……胸の輝きは鳴りをひそめ、醜く浮かび上がっていた血管も消えていた。カザンの手から解放されたセコーモは、息も絶え絶えに倒れ込んだ。



「流石はヴィクター様だな。これでテメェは俺のユニオンとなったわけだ。俺の魔力が切れない限り、会話をすることもできる」


 カザンに心身ともに屈服したセコーモ。この時カザンは、ただセコーモを支配下に置いただけではない。圧倒的に理不尽な誓約……【魂の盟約】をセコーモの魂に刻みつけていた。



「そして、今後テメェの命は俺次第ってわけだ。言うまでもねぇが、俺に不利な動きをしたら……分かるな?」

「わ、分かった……」


「いいだろう。セルミア教に動きがあれば、すぐに俺に知らせるんだ」

「……」


 セコーモは黙ったままコクリと頷き、足元から現れた闇に飲み込まれるように消えていった────。



 ★



 ────セコーモは撤退し、一人になったカザンはシンの元へ行こうとダインに近付いた。ダインの身体に手を掛けたその時、レガリアである鎧が騒つくような感覚に襲われた。



「────ッ!? 」



 慌てたように上空を見上げるカザン。そこには、禍々しい瘴気の雲が変わらず天を覆っていた。

 ……いや、一つだけ違っていた。瘴気の雲に、まるで何かが突き抜けたような穴が空いている。そして闇の中では一際目立つ、翠色の光が流星のように空を飛んでいる。



「ダインッ、下がってろ!!」



 カザンの声と同時に、ダインは光を纏って姿を消した。カザンが戦斧を構えると、それに呼応するかのように、翠星は速度を増しカザンを目掛けて突っ込んでくる。


 戦斧と翠星が激突する。けたたましい衝突音と共に、衝撃波が周囲を破壊し尽くしていく。木で組み上げられた強固な柵は薙ぎ倒され、カザンを中心に円を描くように翠色の炎が燃え盛っている。

 カザンの視線の先には、翠色の炎によって幻想的に照らされた黒い物体が宙に浮いていた。


 黒い物体の中心が割れ始める。いや……割れているのではなく、開いている。漆黒の翼がゆっくりと開いていき、その姿を顕にしていく。

 その人物はヴェールで顔を隠し、翼と同じ漆黒の鎧を身に纏っている。その姿はまさに、悪魔と呼ぶのが相応しい出立だった。


 またその悪魔は、掴むところのない空中で逆さまに静止していた。鎧から禍々しく伸びた鉤爪が虚空を掴み、コウモリのようにぶら下がっている。そして、悪魔がゆっくりとヴェールを捲り、その素顔を顕にしていく。



「はぁい、久しぶりカザンちゃん。ルジーラお姉さんだよ〜」



 ヴェールの下から現れたのは、褐色の美少女だった。鮮血のように赤い目を煌めかせ、笑いを浮かべるその口からは二本の牙が見え隠れしている。黒と白が織り交ざった三つ編みが、少女の動きに合わせてブラブラと揺れている。幼さを感じさせる顔と言動とは裏腹に、鎧を纏ったその身体からは妖艶な魅力を放っていた。



「久しぶりだな、コウモリ女。いきなり奇襲とはやってくれるじゃねぇか」

「奇襲〜? カザンちゃん気付いてくれたんだし、奇襲にはならないでしょ? それにね──」


 地面は抉れ、舗装された道は見る影も無くしている、侵入者を防ぐ為の柵は吹き飛び、門は形を失い、どれもが翠炎によって飲み込まれようとしていた。破壊され尽くした周囲を見渡し、ルジーラはあっけらかんにこう答えた。



「──この程度、ウチらにとっては挨拶みたいなものじゃない」

「……へッ」


 ルジーラの不敵な笑みに釣られ、カザンも笑いを漏らす。



「本当に久しぶりだねカザンちゃん! ライヴィア王国でめっきり見かけなくなったから……お姉さん寂しかったんだぞ?」

「なんでここにいるんだ? セルミア教の 【三人の執行者トリニティ】 であるテメェがよぉ。大神おおみかみの抹殺指令でも出たのか?」


「なんでって、仕事だよ。 アマツクニ侵攻から今日で三日目、上手くやれてるかどうかの確認をね。それでね、上空で声を聞いてたら愛しい人の声が聞こえたものだから……つい抱き付きに来ちゃった」


 頬を染めたルジーラは、まるで鎌のように伸びた翼爪をガシャガシャと動かし、頭部に備わった獣耳をピクピクと動かした。



(……こいつの耳の良さは尋常じゃない。セコーモとの会話を聞かれたか?【死の翠星ルジーラ】……セルミア教の暗部、『執行者』と呼ばれるシスター達の中で最強の女。恐らく、シン達のことも勘付いてやがるな)


 カザンが戦斧を持つ手に力を入れる。だが、そんなカザンの心情を見透かしたかのように、ルジーラは優しく微笑みを浮かべて弁解した。


「んふふ、安心してカザンちゃん。ウチが受けた仕事は、地獄炉設置の成否の確認だけ。まぁ、君がいるから失敗ってことでいいよね? それ以外のことを報告するつもりはないよ」

「ってことは、やっぱり聞いてやがったのか」


「あんな小虫に頼らなくても、ウチに聞いてくれたら何でも教えてあげるのに……お姉さん悲しいな」

「コウモリ女の言う事を信じろと?」


「ひどぉい! 同類のカザンちゃんにそんな風に思われてるなんて……お姉さん傷ついちゃうな」

「同類だぁ? 俺とお前が?」


 カザンの呆れた声に、ルジーラが口を大きく歪ませる。



「──そうだよ。 ウチらは似たもの同士。組織に身を置いてはいるけど、本当はそんなものどうでもいい。戦いが好きで好きで堪らなくて、常に戦う相手を求めてる」

「……俺は組織を重んじている」


「表向きはね。でも本心は違う。本当はたった一人で、誰にも邪魔されず戦いたいんだよね? 現に今も、一人で戦ってたじゃない」

「俺の力は仲間を巻き込む。だから一人で──」


「いいのいいの、みなまで言うな。お姉さんには分かってるから。力に耐えられない多くの仲間より、対等に渡り合える好敵手を……知らず知らずのうちに、そういう選択をしてるんだよ」

「……」


 押し黙るカザンに気を良くしたのか、ルジーラは漆黒の翼をバサバサとはためかせている。そして獣耳に両手をあてがい、大袈裟に耳を動かし始めた。



「現にほら、聞こえる聞こえる。カザンちゃんの鼓動が高鳴ってるのが。好敵手に会えて嬉しい嬉しいって……お姉さんも嬉しいな」

「気持ち悪りぃ妄想をベラベラと……いい加減黙らせてやろうか?」


「んふふ、ウチと戦いたくて仕方がないんだね? やっぱりウチらは似たもの同士だよ。お姉さんも、カザンちゃんと戦いたくてうずうずしてるよッ」


 褐色の肌を紅潮させ、自身の指を身体に這わす。鎮火しつつあった翠色の炎が再び燃え上がり、ルジーラ自身の身体からも翠炎が発生し始めた。その光景を見て、再びカザンが戦闘体制に移行する。だが────



「──でも、今日はダメ。言ったでしょ? 誰にも邪魔されたくないって」

「……何ぃ?」


「近くにシロガネ族が潜んでる。彼女達、いつカザンちゃんに加勢するか相談してるみたいだよ。恋人同士の逢瀬に乱入しようなんて、無粋もいいとこだよね?」

「誰が恋人だ、誰が」


「誰にも邪魔されない場所。周りを気にすることなく二人っきりで……その時が来たら、全力でヤりあいましょ」

「……」


 ルジーラが巨大な翼を広げ、反転して空へ飛び立つ。



「じゃあねカザンちゃん。また逢う日まで、死んじゃダメだよ? お姉さんとの約束だぞ」

「チッ……おあずけかよ」


「──んふふ、『ゲヘナ』で逢いましょ」


 カザンのぼやきに、ルジーラは投げキッスを返してから飛び去った。彗星の如き軌跡を残しながら、翠の光が遠ざかっていく。瞬く間に光は点となり、瘴気の雲を突き抜け消えてしまった。



「さて……」


 カザンが再びダインを召喚し、鉱山街へと駆けていく。

 残すヴィクターは後一人。プラームと対峙するシンの元へと、カザンは急ぎダインを走らせた────。

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