──カザンが繰り出した攻撃によって形成されたクレータの中心で、ボロボロになったカザンが一人佇んでいる。だが、ひび割れた鎧は既に修復が始まっており、パキパキと音を立てながら傷が塞がっていく。振り下ろした戦斧を肩に担ぎ直し、カザンは気だるそうに息を吐いた。
「ふー、死ぬかと思ったぜ」
「「こっちのセリフだッ!!」」
無数に空けられた穴から、老人と子供が目を吊り上げながら飛び出してきた。
☆
「へッ、文句言うな。俺だって痛いんだ」
「マジで死ぬかと思った。未だに頭がクラクラするぞ……」
「これでも手加減したんだぜ。俺が死なないようにな」
「手加減って……これでもかよ」
草木も灰も全てが吹き飛んでいる。ひび割れた地面はあちこちがガラスのようになっていて、カザンの攻撃の凄まじさが見てとれた。
「俺だって腹に風穴開けられたんだ」
「その前に俺は殺されかけてるぞ。それ位許せ」
「ま、まぁまぁ。見張りもいなくなったみたいだし」
巻き込まれないように距離をとっていたセコーモの虫は、さっきのカザンの攻撃に巻き込まれて消し飛んだみたいだ。どこにもその姿は見当たらない。
「ところで、その……カザン、さん。 何で僕たちを助けてくれたの?」
「言っとくが、俺ぁ殺す気で戦っていた。だが、その攻撃をお前達が凌いだ……それだけの事だ」
カザンさんは素っ気無く言い放った。でも、穴を開けて逃げ場所を用意してくれたり、見張りの虫を倒してくれたのは事実だ。
そして僕には、どうしてカザンさんが僕たちを助けてくれたのか……その理由に心当たりがあった。
さっきの戦いで、僕は必死にシンへ魔力を供給していた。
もっと多く、もっと強く……際限なく僕の魔力を吸収するシンに、僕は何とも言えない一体感を感じていた。
もっと深く……そう思った時だった。僕の意識は途切れ、僕の身体ごとシンの中へと流れ込んでいった。気づけば僕は、鎧となってシンの身体を包み込んでいた。
何の違和感も無かった。まるで、これが本来の形であるかのように。
カザンさんとの戦いの中、戦斧と鎧が合わさる度に……僕の中にカザンさんの魂の情報、記憶が流れ込んできた。
その映像を見た僕は確信した。『この人は信用できる人だ』と。きっとカザンさんも、同じように僕たちの記憶を垣間見て、考えを変えたのだと思う。
シンも見たはず……そう思ってシンの顔を見ると、シンは虚な目で遠くを見つめ、その顔は青ざめていた。
「し、シン……どうしたの、大丈夫?」
「え……あ、あぁ……悪い、少し疲れただけだ」
確かに、あんな戦いの後じゃ心身ともに疲れちゃうよね。
「気合い注入しとく?」
「いや、大丈夫だ。ありがとな、タツ」
シンはいつもの感じに戻っていた。顔色も戻ってるし、シンが大丈夫だと言うなら大丈夫なんだとは思うけど……少し引っかかるなぁ。
「セコーモの野郎が見た最後の光景がこれなら、俺たちは死んだと思われているはずだ」
僕の心配をよそに、シンが地面を指差す。
自分の使い魔を巻き込むほどの爆発……僕たちが生きているなんて思わないはずだ。
「そうだね、今が動くチャンスだね!」
僕たちが戦っている間に、戦況にも変化が起きていた。
「東山道の戦いは終わったみたいだよ。ヴィクターのニ人はやられたみたい。レヴェナントも傭兵団の人たちがやっつけてるね」
「そうか」
「セコーモは虫を全部引っ込めたみたい。残ったレヴェナントを集めて南の入り口に向かってるよ。坑道には地獄炉……入り口にはプラームがいるね。人質は変わらず牢屋にいるけど、今なら誰もいないよ!」
「ほー、相手の位置が分かるのか? そりゃ便利だ」
カザンさんが、僕の力に感心しているみたいだ。ふふ、もっと褒めてもいいんだよ?
「よし。タツ、お前は今すぐダイコク達の元へ行くんだ。あいつらのところへ行くなら、飛べるお前が一番早いッ」
「え?」
耳を疑った。
せっかく合流できたんだから、このまま一緒に行動すると思ってたよ。
「人質は必ず俺が解放する。だから、この事をダイコク達に伝えるんだ。あいつらが傭兵団と戦う必要はもう無い。解放したら東門に向かわせるから、そこで合流するよう伝えて欲しい」
シンの言葉を聞いたカザンさんが、その言葉に納得したのか静かに笑いを漏らし、光と共に現れたダインに跨った。
「俺はこのまま南から突っ込む。せいぜい暴れてやるから人質は頼んだぞ」
「……頼むから村を吹っ飛ばさないでくれよ?」
「おいおい、誰にもの言ってんだ。俺は『全滅のカザン』様だぜ」
「だから心配なんだよ! カイやモンゾーだって──」
「あ、そのニ人なら生きてるよ」
はぁ? とシンが僕へと視線を向ける。
「え、えと……っていうか傭兵団の人たちと一緒に行動してるよ」
「た、タツ! 何で早く言わないんだ!?」
「だって、シンもニ人のこと特に話題に出さなかったし。言う暇もなかったしさぁ」
「へッ、まぁそういうこった。俺たちに同行してたアマツクニの巫女が
「それじゃあ、そのニ人から僕たちの状況は聞いてたんだね?」
「まぁな。『このまま逃げることはできない』って言うから、鎧を着せてあいつらと行動させてんのさ」
「そうか……生きてたのか」
シンが顔を伏せている。殺されたと思っていた二人が生きてたんだ……泣きたいくらい嬉しいよね。
「さぁ、お喋りしてる暇はねぇぞ。俺はもう行く。お前達も抜かるなよ」
「カザン、その……色々とすまん。俺はシン、こっちがタツだ」
「……知ってるよ。じゃあなシン、タツ。また後でな」
そう言ってカザンさんは、ダインと共に走り去っていった。
「俺も行く。タツ……頼んだぞ」
「うん!」
シンがカザンさんの後を猛スピードで追いかけていく。僕は跳躍し、翼をはためかせ東へと進路をとった────
☆
────山を越え、僕はダイコクさんたちの上空へと到着した。レヴェナントは既にやられたみたいで、村人衆が傭兵団と向かい合っている。
僕は声を出すより先に、滑空しながら両者の間に思いっきり火を吹き込んだ。
「あちちちちちッ!!」
「ひッ、火ぃ!?」
両者の動きが止まり、全員の視線が空にいる僕へと集まった。
「終わり! 終わりだよ!! 人質はもう大丈夫だから!!」
僕の叫びに、ダイコクさんたちは目を白黒させている。
「た、タツ? って飛んでる!?」
「細かいことは後ッ! シンが人質を解放してるから、東門で合流してみんなで逃げて!!」
僕がシンを確認すると、シンは既に人質を解放していた。行動が早い!
予定通りみんなが東門へと向かってきている。でも、その中にシンの姿はない。一人で坑道に向かってるみたいだ。
「早く! 今はカザンさんが敵を引きつけてくれてる、今のうちに村から離れるんだ!!」
「わ、分かった!!」
そう言ってダイコクさんたちは村へと引き返して行った。その後を傭兵団の人たちがついて行き、入り口近くで二つに分かれ道を開けている。どうやら殿をしてくれるみたいだ。
少し離れた山中には、虹色の魂を含めた強い光が五つ……多分シロガネ族が、事の成り行きを見守っているんだと思う。
南門ではカザンさんがセコーモと、坑道ではシンがプラームと対峙している。
僕は急いでシンの元へと飛び立った。でも、鉱山街にもう一つ問題があることを思い出したんだ。
「あの雲……あれを何とかしないと!」
僕はシンを信じて方向を変えた。向かった先は展望台……そのてっぺんで瘴気雲を発生させている装置だ。
展望台へと着地した僕は、ドロドロと絶え間なく瘴気を吹き上げる、巨大なツボのような装置の元へと駆け寄った。
「え、えーと。どうしよう……」
来てはみたものの、どうすればいいか分からない。見た感じスイッチも無さそうだし、止め方が全く分からない。
でも、そのツボの中心に怪しげな宝石が輝いていて、宝石から血管のようなものが伸びてツボ全体を覆っている。
「これを壊せば止まるかな?」
どう見ても動力源でしょ! そう思い立ち、僕は拳に力を込めた。でも、少し躊躇した。
(……爆発とかしたらどうしよう。いや……迷ってる暇はないんだ。岩をも砕く僕の拳を味わってみるがいいッ!)
僕はシンの見様見真似で、力を込めた拳を宝石へと叩き込んだ。
「あだああぁぁぁ!!」
その宝石はびくともせず、傷一つない。反対に僕の拳が真っ赤に腫れ上がってしまった。
「こ、こいつ……僕の魔力をッ」
そう……拳が触れた瞬間、宝石に僕の魔力が一気に吸い取られてしまった。心なしか、さっきより元気に瘴気を立ち上らせている気がする。
「く、くそぅ……そっちがその気なら!」
僕が両手を宝石にあてがうと、宝石が僕の魔力を吸い上げ始める。
シンに魔力を与えることができるんだ。なら吸うことだってできるはず。
僕は一気にツボから魔力を吸い上げた。ツボから流れ込んでくる魔力は、正直気持ちのいいものでは無かった。でも、その闇に満ちた魔力が、僕の中で光ある魔力へと変換されていくのが分かる。
ツボから発生する瘴気が徐々に減ってきている。でも、停止するには至らない。
遠くからは戦闘の音が聞こえてくる。早くこのツボを停止させて、シンに合流しないと!
焦る僕とツボの、吸って吸われての長い戦いが始まった────。