赤く染まった世界──熱風吹き荒れる灼熱地獄の中で、鬼と相対する老人と子供。鬼神と化したカザンの戦斧を、その老人は生身の腕で受け止めていた。
いや、生身ではない。その腕の表面には金色に輝く鱗が、傷つくことなく斧を受け止めている。時間にして1秒にも満たない僅かな時間。だが両者の力の拮抗は、まるで永遠とも錯覚してしまう程にせめぎ合っていた。
その永遠を破壊するように、カザンの戦斧が発光する。轟音と共に爆発が発生し、巻き上がる爆炎と粉塵で三人の姿が視認できない。
煙幕を振り払い姿を現したカザンの鎧は、所々が焼け焦げている。自身をも傷つける諸刃の攻撃……だがすぐにその傷は消え去り、再び血のような光沢を持った鎧へと姿を戻す。
カザンの視線の先────落ち着きつつある粉塵の中から、金色の光が漏れ出している。そこには、先程まで戦っていた老人と子供の姿は無かった。
全身の顔に至るまでを黄金の鱗で身を包み、光り輝く翼を生やした龍の如き戦士が一人佇んでいた。
二人のあまりの変貌に動きを止めるカザン。鬼の顔に変化はない……だが、熱気による陽炎のせいか、歪んだその顔は笑っているように見える。
「……レガリア」
魂には型というものがあり、型に適合する物質・概念というものが存在する。それは火であったり水であったり、感情であったりと様々だ。
その自分の魂に適合するモノのことを、共鳴魔力という。
カザンが口にした【レガリア】とは、共鳴魔力を具現化した魂の武具。レガリアに目覚める方法はいくつか存在するが、総じて言えるのは、その力は人智を超えた力を有しているということである。
その力はまさに王の力、常人では決して敵わぬ存在……それが
そして武器である以上、レガリアは敵を殺すために存在する。つまり、レガリアは殺意の具現化とも言える。黄金の龍と化した戦士からは、それに違わぬ威圧感が放たれていた。
「へッ、おもしれぇ」
だが、カザンには全く怯んだ様子はない。なぜならば、カザンが身に纏う深紅の重鎧と戦斧もまた……レガリアだからだ。
再び間合いを詰めるカザン、一撃一撃が必殺の威力を持った攻撃……それを幾度となく繰り出す。
繰り出される度に爆発を伴う斬撃を、その戦士は避けることなく真っ向から受け止めていた。戦士の鎧とカザンの戦斧が合わさる度に、耳をつんざく衝突音と火花が散らばる。そして火花が消え去る刹那に、カザンの戦斧が爆発を引き起こす。
互いを平等に灼く爆炎……だが、カザンは攻撃の手を止めない。そして幾度目かの爆発で、ついにニ人は距離を取った。
飛び退きざま戦士が放った蹴撃が、巨大な龍の鉤爪となって大地とカザンを抉り取る。だが、カザンの鎧には引っ掻き傷程度の跡しか残せない。
お返しと言わんばかりに、カザンの戦斧に嵌め込まれた紅玉──【感情炉
大地から真っ赤に燃え上がる岩石弾が天へと昇っていき、隕石の如く戦士の頭上に降り注ぐ。
その攻撃を、戦士は難なく躱した。尋常ではない熱を持った岩石弾が着弾した大地には、底が見えないほどの大きな穴が開いている。凄まじい威力を持つカザンの攻撃に、戦士は警戒心を高めカザンの姿を追った。……だが、カザンは既に次の攻撃の準備を始めていた。
腰を深く落とし、肩に担がれた戦斧が激しく発光している。内包されていく力……圧縮されていく魔力から放たれる重圧が、戦士の身体を強烈に叩く。その異常事態に、戦士が初めて防御の構えを取った。
際限なく高まっていく熱。その熱がピークに達した時……世界は一瞬無音になった。
振り下ろされるカザンの戦斧。閃光が世界を包み、大地が轟音と共に激しく揺れ動く。炎の柱が瘴気雲を突き抜け、破壊のエネルギーがカザン自身を、戦士を……そして、それを安全圏から見張っていたはずの虫ニ匹を、一瞬にして飲み込んでいった────
────光が収まり、爆発の中心が見えてくる。中心は意外にもクリアで、その圧倒的な爆発で全てが吹き飛んだ様子が見て取れる。
そして、新たにできた巨大なクレーターの中心には……ボロボロにひび割れた鎧のカザンが、一人立っているだけだった。