「ぐぐッ……何なんだこいつらはぁ!?」
苛立ちを隠しきれずグリジャスが叫ぶ。その姿からは、最初の様な余裕は感じられない。
「くそっ! 泥の生成が間に合わんッ」
グリジャスの予想を超えるシロガネ族の猛攻に、どんどん前線が押し込まれている。グリジャスが生み出す泥の海は、次々にシロガネ族によって消滅させられていた。
「このままでは……バジクッ! バジクは何をしている!!?」
★
「シロハナァ! もっと左だ左ぃ!!」
「ふええぇ、ユヅキさんッ! もっと優しく言って下さいぃぃ!!」
ユヅキに怒られながら、シロハナが魔力矢を放ちまくる。大きく息を吸い込んだシロハナが弦に手を当てると、次々に光の矢が番えられていく。その連続攻撃にバジクは砲撃どころではなく、ただ逃げ回るだけだった。
「くそッ……奴ら近接特化かと思っていたが、まさかこんな遠距離までッ……」
「ちッ……どけシロハナァ! 私が殺る!!」
痺れを切らしたユヅキがシロハナの前に躍り出る。ユヅキの手に光が集約していき、輝く大筒が顕現した。
「ユヅキさんッ、私の援護だったのでは!?」
「死ねえぇぇッッ!!」
ユヅキの大筒から、ドンッ!という重低音が鳴り響く。まるで満月の様な光玉が森へと着弾し、閃光と爆音が山に広がる。
凄まじい大爆発を起こしたユヅキの砲撃だが、バジクは辛うじて躱していたようで、再び森の中を逃げ回っている。
「やろうッ……まだ生きてやがる!!」
今度は立て続けに数発の光弾が発射される。その光弾が着弾する毎に、爆音が轟き山の形状が変わっていく。
「ゆ、ユヅキさんッ! 森が……山が〜ッ!!」
「うるせぇ! ギンレイが 『全てを犠牲にしても敵はぶっ殺せ』って言ってただろうが!? お前も撃ちまくれ!!」
「ふええぇぇ……拡大解釈し過ぎですぅ〜!」
ユヅキの砲撃に加わり、シロハナの流星の如き矢が乱れ飛ぶ。
「こ、こいつらッ……無茶苦茶しやがる!!」
バジクの持つ迫撃砲は、溜めに時間を要する。
最早バジクには、逃げ回るしか手が残されていなかった────
★
「ひゅ〜、派手にやってるわね」
カザン傭兵団一番隊 隊長カシューが、茂みから顔を覗かせている。
「うわぁ……巻き込まれるんじゃない?」
三番隊 隊長ペロンドが心配そうに眉をひそめている。色黒の肌にドレッドヘアー、鍛え上げられた逞しい体躯の男だが、この状況に心底怯えているようだ。
「頑張って避けなさい。何にせよこの泥ね。こいつはアタシが片付けるから、あんたは森の中のヴィクターを頼んだわよ」
「あそこに突っ込んで行くのか……イヤだなぁ。砲撃の嵐じゃん」
「ボヤかないの。そろそろカザンが動くはず……そしたらアタシ達も動くわよ」
「はぁ……頑張るかぁ」
★
山間部に、止むことのない爆音が響き渡る──その時だった。
その爆音を全てかき消すような桁外れの轟音が、衝撃と共にその場にいた全員の身体を叩いた。
「ひええええ! ユヅキさんやり過ぎですーッ!!」
「ば、バカッ、 私じゃねぇよ! 何が起きた!?」
突然の轟音に、シロハナが泣きながらユヅキを責め始めた。普段は物怖じしないユヅキも、突然の轟音に困惑している。
「なななッ……なにナニ何!?」
「……耳が」
レイナとミズホは、耳に指を突っ込みながら硬直している。
「あれは……」
ギンレイが見たもの……それは、大爆発を起こし灰暗色の煙を立ち昇らせる山の姿だった。
(噴火? いえ、そんなはずは。そもそもあの山は火ざ──)
火山ではない。……そう言いかけて、ギンレイはある人物の顔を思い浮かべた。
「……カザン将軍」
★
「ぐえぇ……身構えてたのに、心臓が止まるかと思ったッ」
「耳いったぁッ……く、さあ行くわよ!」
カシューの号令で、クラクラする頭を振りながら傭兵団が動き出す。傭兵達はレヴェナントへと向かって行き、カシューとペロンドだけがその場に留まった。
「気持ち悪いけど、まぁ仕方ないわね」
目の前で広がる泥に向かってボヤくカシューの右手には、盾の様な円盤がいつの間にか身につけられていた。
「相手が悪かったわね」
「そうだな。広範囲に渡る魔力の泥……いい解析材料じゃんか」
カシューが、円盤を泥の中に沈めていく。
「はい、しゅーりょー」
泥から引き上げられた円盤は、その先端が光り輝いていた。
「もういいの?」
「えぇ、始めるわよ」
「よし、じゃあオレも準備するかな」
柔軟体操を始めたペロンドの四肢には、光る手甲が装着されていた。そしてその口には、狼の如き牙が怪しく輝いている。
「フェイバーアロー!!」
カシューの持つ円盤から、空に向かって無数の光の矢が放たれた────
★
「くそッ……俺も位置を変えた方がいいかッ」
シロガネ族は徐々に泥を蹴散らしながらこちらへ向かってきている。グリジャスの頼みの綱である太陽石も、既に8割が輝きを失っている。
「それにさっきの爆発音……一体なに、がッッ」
突如胸に走った鋭い痛みに視線を下すと、自身の胸から光の矢が突き抜けていた。
「な、なん……だ」
振り返ったグリジャスは驚愕する。胸を貫いた光の矢が、木々を避けながら自分に向かってきているのだ。しかも、その数は1本では無い。何十本という矢がこちらに向かってきていたのだ。
「ぐ……がッ……げッ──」
ドスドスと無数の矢が、無慈悲にグリジャスの身体に突き刺さっていく。一瞬の内にグリジャスは、ハリネズミの様な姿へと変わり果て、その場に倒れ伏した────
★
「仕留めたわよ」
「お、ホントだ。相変わらず凄い追尾力だなぁ……障害物ガン無視じゃん」
辺り一面を覆っていた泥がみるみる消滅していく。山道が姿を現し、森の中にまで至っていた泥の海は見る影も無くなっていた。
「じゃあ行ってくるよ」
「はーい、気をつけてね〜」
ペロンドが走り出す。ただ、その走り方は人間のものではなく、四足獣そのものだった。その速度は凄まじく、瞬く間に森の中へと消えていった。
(……巻き込まれないよう速攻で終わらすか。オレの【ラビッドドッグ】でな)
★
「な、なにッ!? 泥がッ!!」
眼下に広がっていた泥が消滅していくのにバジクが気付き、驚愕の声を上げた。
「グリジャスめ……まさか殺られたのか!?」
バジクがほんの一瞬動きを止めた──その時だった。
背後からペロンドがバジクの首元へ飛び掛かる。人のモノとは思えない牙が、バジクの首元へ深々と突き刺さった。
「があああぁぁッッ!!」
手に持った迫撃砲を振り回し、ペロンドを引き剥がそうとする。だがペロンドは、その攻撃を難なく躱し優雅に着地した。
「な……なんだ貴様はッ!?」
「ごめんな奇襲で……まぁお互い様か。おっとっと、早く逃げないとな!!」
申し訳なさそうに言い残し、ペロンドは再び森の中へと姿を消した。
「ま、待てきさ……ま……ぐッ──」
ペロンドを追いかけようとするバジク……だが全身が痺れ、痙攣し始める。身体が思うように動かず、バジクはその場で仰向けに倒れ込んでしまった。
天に向いた視界……その先には、満月を思わせる光がバジクの元に落ちてきていた────
★
「っしゃあッ!当たったぞシロハナァ!!」
「ユヅキさんすごいです〜。……でも、今もう一人いませんでした?」
「いたな。まぁ戦いに犠牲はつきものだ。気にすんな」
「ふええぇ……全然悪びれてません〜」
「終わったようですね」
泥が消滅したのを確認したギンレイ達が、二人の元へとやって来た。肩で息をするレイナとミズホに比べて、ギンレイは息一つ切らしていない。
「そっちもな。それよりさっきの爆発は何だよ? 噴火したって訳でもないだろう?」
「あれは……恐らくカザン将軍の【レガリア】によるものです」
「レガリア? あぁ『神器』のことか。カザンって奴の神器はそんなにヤバいのか?」
ギンレイがユヅキの質問に静かに首を振る。
「私も詳しくは知りません。カザン将軍の勇名は聞き及んでいましたが、まさかこれ程とは」
「すごいですよね! 私まだ耳がキーンってなってますもん!」
「……顔を見てみたい」
「そうですね〜、みんなで見に行ってみますか〜?」
「よし、どんなツラか拝みに行こうぜ」
戦闘民族であるシロガネ族にとって、強い男は常に興味の対象であった。そんな仲間の提案に、ギンレイが慌てた様子で止めに入る。
「な、何を言っているのです! カザンくんの邪魔になるかもしれないでしょう!?」
「……
「え、あ、いえ……カザン将軍の能力は広範囲に破壊をもたらすようです。巻き込まれない為にも、近くに寄るべきではありません。ご覧なさい。傭兵団の方達も距離を取ってこちらに来ているではないですか」
ギンレイが指し示した先では、傭兵団とレヴェナントが戦闘を繰り広げていた。
「じゃあどうする? 私達もあそこに突っ込むか?」
「混み合ってますし〜、ユヅキさんは行かないほうがいいんじゃないですか〜?」
<テメェ ドーユーイミダ シロハナァ
<フエェ ボウリョク ハンタイデスゥゥ
「シロハナの言う通りです。私達は山中に身を隠し、様子を伺います」
「いいんですか? まだヴィクターがいるかもしれないですよ?」
「……泥も無くなったし、迂回して村に侵入できる」
「構いません。カザン将軍がどう動くのか……傭兵団の方達の動きを見極めてから、私達も動くとしましょう」
────東山道での攻防戦。ヴィクターのニ人は討ち取られ、シロガネ族とカザン傭兵団の圧勝で幕を閉じたのであった。