今ここにいるのは、僕とシン、そしてセコーモの虫が二匹だけ。目の前の丘の麓には、レヴェナントが群がるように配置されている。さながら生存者に群がるゾンビのようだ。
そしてその頂上には、強大な魂が二つ。カザン、そしてダインという名の巨牛が存在するのみ。僕はカザンの動向を監視しているけど、カザンに動く気配は無い。時間だけが過ぎていくばかりだ。
『このまま奴が動かないなら、それはそれでいいのだが……』
「いや、今は待ってるだけだろ」
「待ってる?」
「傭兵団のフィンってやつが言ってた。カザンが『力』を使う時、味方は退避するって」
「退避って……近くにいると巻き込んじゃうってこと?」
「多分。能力については聞けなかったけどな」
『奴は城塞すらも吹き飛ばすことができると聞く。『カザンを相手にしては籠城は無意味』……そう言われる程だ』
僕は東の山道へ向かう別働隊に目を向けた。彼等は森を抜け山道に出ている。既にカザンとの距離は十分に離れていると言える。
「あッ!」
嫌な予感がして視線を戻すと、カザンが動き出していた。いつの間にかダインの姿は見えない。陣地にはカザンが一人だけだ。
カザンの魂から湧き上がる赤黒い闇……それがカザンの全身を覆っている。全身から闇を放つカザンの姿を、僕は視認することができなかった。もはや人の形をしているのかすら分からない。
「何か……何かしようとしてるッ!!」
カザンの放つ赤黒い闇は更に強さを増していく。それはまるで、地獄が溢れるかの様だった。
突如、僕たちの身体が揺れ始める。……違う、僕たちじゃないッ。地面が揺れている!
揺れの正体が地震なのだと認識した直後、天地を裂くような轟音と衝撃が僕達に襲いかかった。そのあまりの衝撃に全身が硬直し、身体を縮こまらせ、耳を塞ぎ目を瞑ってしまう。我に返った僕は、急いで目を開け状況を確認しようとした。でも……そこには信じられない光景が広がっていた。
炎と灰が赤い稲光を散らしながら、雪崩のように山を駆け下りている。地鳴りを伴うそのエネルギーの塊が、麓にいたレヴェナント達を次々に飲み込んでいた。
『なッ……なんだああぁぁぁッ!?』
「……」
絶叫するセコーモを尻目に、シンは黙ったままその地獄絵図を眺めている。目の前にあった山の半分は消え去り、発生した火砕流が一瞬でレヴェナント達を全滅させてしまった。僕たちの眼下では、未だ暗灰色の煙が広がっている。
非現実的な光景……僕達は、その煙が収まるのをひたすら眺め続けた────
★
────未だに燻る木々があるものの、大分煙が落ち着いてきた。シンが、おぶさった僕の身体を紐で固定する。
「行こう」
「うん」
『お、おいッ』
丘をゆっくりと降り始める。薄暗いながらも、何とか色を演出していた世界……でも今は、灰色一色の世界へと変貌を遂げていた。
シンが、その灰色の世界を一歩一歩踏みしめていく。歩く度に、降り積もった火山灰がザクザクと音を立てる。雪のようだけど、まるで違う。異世界にでも来た気分だ。
「まさか山まで吹き飛ばすとはなぁ」
「山ならシンも吹き飛ばしてたじゃん」
「ははッ、そういやそうだな。ってことは……互角ってわけだ」
ニヤリとシンが笑う。目の前で起きた天変地異とも思える程の衝撃に、シンはまるで動じていない様子だ。その歩みには、全く怯えも迷いもない。
「シン……」
僕たちの前方に、灰色の世界の中では一際目立つ深紅の鎧を着た男がこちらへ歩いてきていた。ザクザクと音を立て、その肩には巨大な金棒を担いでいる。
「いよぉ、生きてたのか爺さん」
「おかげさんでな。俺一人じゃ勝てそうにないんで助っ人を連れてきたぜ」
カザンが背中にいる僕を睨みつける。その鋭い眼光に、背筋に冷たいものが走る。
「テメェ……ガキを盾にすりゃ俺が怯むとでも思ってんのか?」
「怯むような奴なら、
シンが自信満々に言い放つ。その言葉を聞いたカザンは……心無しか表情が緩んだ気がする。
「二対一だが、悪く思うなよ」
「へッ、後悔するなよ」
これから始まるのは殺し合いだというのに、二人の間には笑みが見られた。
それはまるで……遊ぶ約束をした友達の様だった。