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第20.5話:東山道の攻防戦【前編】

 厚い瘴気雲が光を遮る薄暗い山道を、五人の騎馬武者がイズモ村に向けて駆けていた。


 その五人の武者は皆仮面をつけており、それぞれが美しい銀色の髪をたなびかせ、この光なき世界に輝きを放っている。そして、彼女らが駆る馬も神聖な魔力を纏いながら、その四本の脚を従順に動かしていた。


 【シロガネ族】────アマツクニにおいて『月の防人』の異名を持つ護国の女傑族。イズモ村に向かうこの五人のシロガネ族は、その中でも選りすぐりのエリートたちであった。



「止まりなさい」


 一際長く美しい銀髪を奉書で纏めた女性が、手に持った薙刀で残りの四人を制止する。その先の山道に道は無く、見渡す限りの『泥の海』と化していた。


「ギンレイ様、これは……」

「敵の共鳴魔法ですか。くだらないですね」


 ギンレイと呼ばれた女武者が、手に持った薙刀を馬上から振り上げる。


 その薙刀は月光の如き輝きを纏っていた。薙刀から放たれた斬撃は魔力波となり、泥の海を突き進んでいく。光を浴びた泥は消え去り、元の山道がその姿を表した。



「行きますよ」


 五人のシロガネ族は再び山道を走り始める。



「上だッ!!」


 一人のシロガネ族が、突如声を上げる。

 薄暗い空から、黒い光弾の様なものが五人に向かって落下してきていた。



「シロハナ」

「は、はいッ!!」


 シロハナと呼ばれたツインテールの少女が、大きく息を吸い込み弓に矢を番える所作をする。すると弓に光り輝く矢が番えられ、落ちてくる光弾に向かって勢いよく放った。月光の如き輝きが、美しい音を奏でながら天を突き進む。


 矢と光弾が衝突し互いを打ち消し合う。刹那の明るさを伴い、再び静寂が戻った。


「どうやらもう一匹いるようですね。森の中からこちらを狙撃しているようです。ユヅキ、あなたは魔力探知でシロハナの援護をしなさい。レイナとミズホは私に付いて来なさい」  


 ギンレイの指示に従い、それぞれが動き出す。

 シロハナは弓を構え敵の砲撃に備えている。ユヅキと呼ばれたショートカットの女性は、剣で自身の肩を叩きながら敵の索敵を行っている。

 そして、レイナ・ミズホのサイドテールの双子の戦士が、ギンレイと共に再び山道を走り出す。



「ギンレイ止まれッ! シロハナァ! 上だ!!」


 ユヅキの叫びにギンレイ達の馬が脚を止める。


 ギンレイ達の目の前で山道にヒビが入り、泥が間欠泉のように噴き出す。そしてその上空からは黒い光弾が再びギンレイ達の頭上に迫っていた。

 ギンレイが薙刀を一閃すると泥は呆気なく切り裂かれ、光弾はシロハナによって再び打ち消された。だが泥はとどまることを知らず、次々に噴き出してくる。それはやがて大きな動く壁となり、その壁からは人の顔のようなものがニタニタと笑いを浮かべている。泥の壁は大きさを増し、遂には泥の巨人となってギンレイ達の行手を阻んだ。



(迂回は無理そうですね)


 ギンレイが周りを確認するが、その泥は森にまで達している。



「シロハナ、敵の砲撃は各自で対処します。あなたは狙撃手を狙いなさい」

「は、はいッ……デキルカナ〜」


「砲撃の手数を減らすだけで構いません。ユヅキは引き続きシロハナの援護をしなさい。敵の位置をシロハナに教えるのです」

「あぁ、分かった」


「この泥は魔力によって生み出されたもの……ならば限界はあります。レイナとミズホは、私と共にこの泥を全て消し去るのです」

「ぜ、全部ですか!? 月の光も無いんですよ?」

「……月の供給がないと魔力がもたない」


 月神の血を引く彼女達は、一族全てが月光から魔力を受け取ることが出来た。それは人それぞれが持つ、共鳴魔力レゾンと呼ばれる魂に適合することができる物質、概念のこと。

 月下の元では無限の魔力を持つ彼女達だったが、瘴気雲によって月が隠された今、その特性は失われていた。


 しかし、狼狽するレイナとミズホの意見を一蹴するようにギンレイが言い放つ。


「魔力が無くなったのなら命を燃やしなさい。いいですか、私達はシロガネ族の【銀華隊ぎんがたい】。天津国アマツクニに仇なす者達は、己の命に代えても殲滅するのです」


 その言葉を受け、四人の仮面の奥にある目の色が金色へと変貌する。



「よろしい。では……始めましょう」



 ────このギンレイの考えは、少し間違っていた。

 泥の発生元であるグリジャス。そのグリジャスは森に身を潜め、ひたすら泥の生成を行なっていた。そして、そのグリジャスの周りには大量の太陽石が泥の中から光を放っていた。


「ほっほー。俺の泥は蜘蛛の巣のようにお前らの位置が分かるぜ〜。そしてこのルミタイト……無限の魔力を手に入れた俺の泥を、月光の加護を失ったお前らに全て消し切れるかなぁ〜?」


 グリジャスの下卑た笑みが、闇夜でぼんやりと太陽石に照らされている。



 そして、グリジャスもまたシロガネ族を……アマツクニ最強と言われる銀華隊の力を見くびっていた。

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