────僕は、がむしゃらに南の山道を走っていた。
今から数分前、僕の独房にセコーモの本体がやってきた。セコーモは不服そうな顔をしながら、僕を解放した。そして……シンの元へ行けと。
無数のレヴェナントをすり抜け、丘を駆け上がる。僕に気づいた村の人が何かを言ってくるけど、僕は止まらない。一直線に、僕が最もよく知る魂の元へと駆けつけた。
「シンッ!!」
「よぉ、タツ! 来てくれたか!!」
シンが手を挙げ、僕を陽気に迎えてくれる。
「シン、怪我は!? 僕……シンが死んじゃうかもって……」
「確かに死にかけたが大丈夫だ。こいつのおかげでな」
そう言ってシンは、腰袋から輝きを失った太陽石を取り出した。
「そっか。役に立ったんだそれ……」
「あぁ、さすがだなタツ」
シンが歯を見せながら笑いかけてくる。
何だかシンの様子が、いやに明るいような……。
「タツ、色々と話したいことがあるがそれは後だ。今お前が分かる状況を教えてくれないか?」
「う、うん」
僕は言われた通り、周りの状況を探り始めた。
「東の山道では、ヴィクターの二人が戦ってるよ。相手は五人……みんなすごい力を持ってる。多分女性だね」
五人それぞれが凄まじい力を持っている。
シンのように金色のオーラを纏った五つの魂。そしてその中の一つは、美しい虹色の魂だ。もしかしてこれが、変幻の魂を持つ
太陽石のように七色に変化するその魂は力強く、そして同時に家の灯りのような優しさを感じさせてくれる。僕はその美しすぎる魂に魅入られ、我を忘れてしまいそうになった。
『シロガネ族だ。今はバジクとグリジャスの二人が足止めしているが……』
セコーモの言葉が詰まる。
そう、このシロガネ族の女性達は一人一人がヴィクターを大きく凌ぐ力を持っている。きっとヴィクターにとっても、このシロガネ族の強さは予想外だったのだろう。グリジャスの泥が何とか足止めしている様だけど……突破されるのも時間の問題だね。
次に僕は目の前の丘に視線を移した。丘の頂には、金色のオーラを纏う深紅の魂が視えた。
全てを焼き尽くさんと威圧するような魂に、身体がガタガタと震えてしまう。僕は一度強く目を閉じ、大きく深呼吸してから口を開いた。
「丘の上にはカザンがいるよ。他の傭兵の人達は……移動してるね。強い力を持った二人が先頭にいるよ」
「カシュー……それにペロンド、だったか」
『移動しているだと? どこへ行く気だ?』
「多分、森を抜けて東の山道に行く気じゃないかな?」
彼等は馬に乗っていない歩兵部隊だ。道なき道でも行けない事はない。
『な、何だと? じゃあ奴らはそのまま村へ──』
「いや、それはない」
シンが自信たっぷりにセコーモの言葉を否定した。
「カシューが……あいつらが俺たちを無視して村に入るはずがない」
「シン……」
僕はシンをずっと視ていたけど、会話を聞いていたわけではない。そのカシューという人と何か話したのかな? シンの言葉からは、カシューという人に対しての信頼のようなものが感じられた。
「シンの言う通り、村を目指してるんじゃないみたい。多分、バジク達のところに向かってるよ」
『背後を突くつもりか……クソッ、まずいぞ』
シロガネ族の五人に苦戦しているんだ。ここにカザン傭兵団の横槍が入れば、間違いなくヴィクターの二人はやられるはずだ。後方にレヴェナント達を配置してるけど……恐らく時間稼ぎにもならないと思う。
『クソ! クソッ!! どこから手をつければッ──』
セコーモが苛立ちを隠せずにいる。彼は偵察兵としての役目と共に、全体の指揮も一任されているようだ。虫が首を何度も捻り回している。
「おい、セコーモ」
『な……何だ?』
「俺に考えがある」
『何だとッ?』
シンの言葉にセコーモが食い付く。
「まずはここにいる男達を、東の山道にいるレヴェナントの後ろに移動させろ。ヴィクター達がやられたらレヴェナントで、レヴェナントがやられたら村人達で時間稼ぎするんだ」
『こいつらを移動させて何になる!? 相手はシロガネ族とカザン傭兵団だぞ!!』
「シロガネ族はどうか知らんが、少なくともカザン傭兵団は俺達の立場を汲んでくれていた。案外、シロガネ族を止めてくれるかもしれんぞ?」
『ぐぅ……だが、カザンはどうする? 奴は陣地に残ったままなんだろう? 奴を何とかしないことには──』
「カザンは、俺とタツで何とかする」
『何とかするだと!? 手も足も出ずにやられていたではないかッ!!』
「足は出たぞ。それにな、このままじゃカザンに皆殺しにされるだけだ。あいつの力を見ただろ? いや、力なんてまだ見せてない。素でアレなんだ。お前達であいつを食い止めれるのか?」
『ぐッ……』
「なら俺とタツに賭けても惜しくはないだろ? ここにいるレヴェナント達を全部カザンに当てて、少しでも時間を稼ぐんだ。その後に、俺とタツがカザンの相手をする」
『……分かった。その通りにしよう』
セコーモがシンの提案を全面的に認めた。というより、もうそれしか手が無いのだと思う。多分ヴィクター達が束になってもカザンには敵わない。そこを突いて主導権を握ったシンのファインプレーだね。これでとりあえず、ダイコクさん達が戦うのをギリギリまで引き延ばせる。
セコーモの指示でダイコクさん達は村を通って東の山道へ向かい、レヴェナント達がカザンのいる丘の麓に向けて動き出した。
「タツ」
シンが背中を向けて僕の名前を呼んだ。僕はその意図を理解し、シンの背中に飛び乗った。
(シン……無事でよかったよ)
(あぁ。このまま逃げてもいいんだが、色んな奴らに借りができてな。悪いが付き合ってくれるか?)
(シンがそうしたいなら、僕は構わないよ)
(ありがとな。タツ、セコーモの野郎の虫の数は分かるか?)
(僕たちの周りにニ匹いるよ。一匹はすぐ近くだけど……もう一匹は空を飛んでるね)
(そうか、分かった)
「なぁ、タツ」
「な、何?」
念話ではなく、声で話し始めたシンに少しびっくりしてしまった。セコーモに聞かれても大丈夫なのかな?
「俺さ、この世界に来たのがお前と二人で本当に良かったと思ってる」
「うん、僕もだよ」
──何だろう。
「お前のことは親友だと思ってる。でも、それ以上に家族っていうか……弟みたいなもんだと思ってる」
「え、僕が弟なの!?」
「ははッ、誰が見たってそうだろう? 一応俺の方が年上なんだし。だからさ、弟は兄である俺が守らなくっちゃ……そう思ってた」
シンの様子が、今までと違う。
「俺がお前を守る、そう思ってやってきた。今までも、これからだって……でも違う、違うんだ」
この世界に来ても、シンはいつも通りの優しいシンだった。
「カザンにぶっ殺されかけて……分かったんだよ」
でもシンは、どこかで僕以外の人と壁を作っていた。
「俺が一方的にお前を守る……そんな関係じゃない。俺達はそういう仲じゃないんだ!」
それはまるで、裏切られた時に少しでも傷を軽くする為の様に。
「
どこか陰りを見せていたシンの魂。でも今は────
「俺たち二人なら……相手が誰だろうと負けたりしない!!」
────太陽のように輝く、金色の魂がそこにあった。
「タツ……俺達二人で、カザンの野郎をぶっ飛ばしてやろうぜ」
「──うん!!」
この瞬間、僕の中で何かが変わったのを強く感じた。
心の垣根は取り払われ、より深くシンと繋がったのを感じる。【護られる存在】から、【共に戦う仲間】へと僕は変わったんだ。
こうして僕達の、二人の戦いは始まった────。