俺たちの陣地で、少年兵がゼン爺に応急手当てを受けている。結局セコーモに目をつけられ、俺たちは已む無く彼を連れて戻ってきていた。
少年の名前は『フィン』と言った。フィンは不安そうな顔でセコーモを見ている。
『さて、新たな人質ができた。どう使うかな』
「お、俺は人質なんかにならないですよッ」
セコーモの言葉を聞いたフィンが不快そうな顔で言い放つ。
『ほぉ、この状況で強気じゃないか』
虫がキチキチと口器を鳴らすと、慌てたフィンが泣きべそをかきながら否定を始めた。
「そ、そういう意味じゃなくてですね! 団長にとって俺は人質なんかにならないって言ってるんです!!」
フィンが必死に弁明する。団長というのはカザンのことだろう。
「団長は血も涙もない人なんです……俺を盾にしたって構わず攻撃してきますよッ!」
カシューは俺たちを気遣った行動をしていた。もしかしてカザンも……と思っていたのだが、どうやらカザンは事前情報通りの男みたいだな。
『まあいい、他に使い道はあるだろう。ところで、お前達がここに来た理由はなんだ?』
「俺達……イズモ村に
(あるもの?)
俺はダイコクの顔を見た。だが、ダイコクは不思議そうな顔で首を横に振る。どうやらダイコクも知らないようだ。
『あるもの? 何だそれは』
「そ、そこまでは……俺たちはただ団長の命令通り動いてるだけで……」
『余計な時に来てくれたものだなッ』
「ひっ、ご……ごめんなさい!!」
セコーモの威嚇にフィンが土下座をしている。しかしセコーモに同意するのは腹立たしいが、本当にとんだタイミングでやって来たもんだ。
『カザンはこれからどうするつもりなんだ?』
「ど、どうって……村に行くのが目的だから、邪魔する人達は皆殺しにすると思います」
皆殺しって……あっさりと怖いことを言うなぁ。
『カザンを退かせる手はないのか!?』
「む、無理ですよ! あの人は目的の為なら何だってする人なんですからッ!! 隊長のカシューさんやペロンドさんならいざ知らず!!」
どうやら戦う以外に道はないようだ。
とはいえカシューたちのことが気になる。あいつらは俺たちの事を気遣っていた……ここにいるフィンも。そんな奴らとは本気で戦えない。一体どうしたものか。
「なぁ。仲間のお前に聞くのは気が引けるんだが、カザンに弱点とかは無いのか?」
「弱点? そんなもの無いですよ。人質なんて通用しない……だからここまで戦ってこれたんですから」
さっきのカシュー達の行動は、カシューの独断だったのか? だとするなら、カザンがその気になれば俺たちはあっさりと皆殺しにされるってワケだ。カザンが様子見をしている今のうちになんとかしなければ。
如何ともし難い現状に焦りを感じていると、フィンが何かを思い出したように語り始めた。
「そういえば団長って……夜になると一人で陣を離れるんです。日課の稽古らしいんですけど……」
『何?』
「邪魔されたくないって言って一人で行っちゃうんですよ。ほんと……何考えてるんだか」
フィンの言ってることが本当ならば、これはチャンスだ。カザンさえなんとかできれば、無益な戦いはしなくて済むかもしれない。
『その話本当だろうな?』
「この状況で嘘なんてつきませんよ!」
フィンが涙を浮かべながら必死に説明している。しかし、部下にあっさりと行動をバラされるとは……カザンに人望は無いようだ。
「その話が本当だとして……誰があのカザンの所に行く?」
ダイコクの問いに皆が目を背ける。
そうだ。一人になるからと言って、カザン自体の脅威が無くなるわけではない。カザンをどうにかするということは、カザンを捕らえるか……あるいは殺すということだ。カザンの名を聞いただけで震え上がっていた村人たちには荷が重すぎる。
カザンがどれ程の男なのかは知らないが、相応の戦闘力がなければあんな噂は立たないだろう。ここは俺が行くしかないか。
「俺が行くよ」
「シン……すまない。なら俺とシンで──」
「俺が行くよ」
そう言ってダイコクの前に躍り出たのはカイだった。
「カイッ、お前はまた──」
「村長はみんなの指揮を執ってもらわないと。それに……俺でも囮ぐらいにはなるだろ」
そう言ってカイは俺を見る。その目は、俺に全てを託す……そんな想いが秘められているように感じた。
「おッ、俺も行く! 俺だって囮くらいには!!」
更に名乗りを上げたのは、フィンに怪我を負わせたモンゾウだった。どうやらコウタと同じくらいの少年に怪我を負わせたことに負い目を感じているようだ。
『よし、ではお前ら三人でカザンの暗殺に行ってもらおう。大勢で動けば勘付かれるからな。そのガキも連れて行け……盾がわりにはなるだろう』
「だ、だからッ、盾にならないですってば!!」
泣き叫ぶフィンをよそに、ある懸念が一つ浮かび上がる。それはカザンの位置だ。カザンが一人で移動したとしても、俺たちはそれを知る術がない。
「あいつらの陣地近くまで移動するか? カザンの動きが分からないぞ」
『いや、その必要はない。カザンに動きがあれば俺が伝える』
そういえばこいつは虫を何匹も偵察に飛ばしている。カザンの動きも分かるのだろう。
「……じゃあそれまでは待機か」
俺はカイとモンゾウ、そしてフィンと一緒にその時が来るのを待った────
★
「シン……お前すごいな」
「え?」
「チラッと見たよ。あのカシューって奴との戦い。俺なんて、ビビりすぎて無我夢中で武器振ってたよ」
「分かるよ……俺なんて頭真っ白で気づいたら──」
カイの言葉にモンゾウが同意しながらフィンを見る。
「も、もういいですよ……大した傷じゃないですし!」
フィンがモンゾウを気遣っている。こいつら、どこまで気遣ってくれるんだ。
「それにしても、お爺さんすごいですね! カシュー隊長とやり合えるなんて!」
「あいつは本気じゃなかった。もし本気だったら今頃俺は……」
俺の言葉にフィンの顔から笑顔が消えた。まるで何かに気づいたかのような驚いた顔。でも、すぐにはにかむような笑顔で──
「それでも、やっぱりすごいですよ」
その笑顔が照れ臭くて、俺はつい目を逸らしてしまった。
「なぁフィン、お前らは何人位で来てるんだ?」
「今回は団長に一番隊、それに三番隊の約300人ですね」
「団長がカザンで、一番隊の隊長がカシューだろ? なら三番隊は?」
「三番隊の隊長は【ペロンド】隊長です。気さくないい方ですよ! 編み込んだ髪が特徴的なんですぐ分かりますよ」
ドレッドヘアーってやつかな? そのペロンドってやつも、フィンの話し方からすると話が通じそうだな。
事前に聞いていた情報から、カザン傭兵団は極悪非道の傭兵団だと思っていた。だが、嬉しそうに隊長の事を話すフィンを見て、そうではないことが分かる。彼らもまた、人の心を持った人間なのだ。……カザンはどうか分からんが。
「二番隊はどうしたんだ?」
カイが至極真っ当な疑問を口にする。確かに、何で二番隊が抜けてるんだ? 部隊にそれぞれの特性があるから、二番隊はお留守番と言われたらそれまでだが。
「えっ、あ、あの……二番隊は……」
急にフィンが目を泳がせながら言葉に詰まる。言いにくい事なのか?
「な、何だよ。何かあるのか?」
カイが問い詰めると、フィンが意を決したように口を開く。
「そ、その……二番隊は存在しないんです」
「存在しない?」
「団長に殺されたらしいんです。ライザールに人質に取られて……敵ごと団長に……」
「ま、マジかよ……」
「俺もそれは先輩達から聞いた話で……二番隊の隊長は、カシュー隊長やペロンド隊長と同じで、団長の幼馴染だったらしいです……」
噂というのは尾ひれがつくものだ。混乱した村人たちの与太話と思っていたが、敵ごと味方を吹き飛ばしたというのは本当のことらしい。目的のためには自分の幼馴染でも殺す男……カザンの危険度がどんどん上がっていく。今のフィンの話で、モンゾウは完全に青ざめている。
「だ、だから言ってるんです! 俺なんか盾にならないって!!」
『おしゃべりはそこまでだ。その小僧の言う通りカザンが一人で森へ入って行った。道案内は俺がしてやる。行くぞ』
こうして俺たちは、不安を拭うこともできぬままカザンのいる森へと出発した。
★
「おい、羽音がうるせぇぞ。何とかなんねぇのか」
『な、なんだと貴様ッッ』
「おいおい。大きな声出すなよ……」
「ちょっと……喧嘩はやめましょうよ」
森の静寂に響き渡るセコーモの羽音にイライラしてしまった。このまま進めばカザンがいる。奴は今、一人で森の開けた場所にいるらしい。
「フィン、答えにくいかもしれないが……カザンはどんな能力を持ってるんだ?」
俺はまだこの世界についてほとんど知らない。俺やタツのように、何かしらの力を持ったものが存在していると思っておいた方がいいだろう。カザンの能力が分かれば対策を立てれるかもしれないんだが……。
「えと……それが、よく知らないんです。隊長達なら知ってると思うんですけど、団長が力を使う時はみんな退避するんで……」
「……そうか」
味方が避難するほどの力。一体どれほど危険なヤツなんだ?
癪だが、一応セコーモにも聞いておくか。
『多くのヴィクターがヤツに殺されているが……ヤツの力に関する正確な情報はない。相対したものは全員殺されているのだ。だが、広範囲に及ぶ能力を持っているのは確かだ』
広範囲に及ぶ能力……詳細が分からなければどうしようもないなこりゃ。どうやら情報無しのぶっつけ本番のようだ。
『この先だ』
俺たちは顔を見合わせ、足音を殺しながらゆっくりと進んでいく。茂みに身を隠しながら様子を伺うと、視線の先にはそれなりの広さの空間が広がっていた。
その中心で、巨牛に跨った深紅の鎧の男が佇んでいる。その手には、敵の返り血によってそうなってしまったかのような黒い金棒が握られていた。
何かをするわけではない。ただそこにいる……それだけで俺たちは身動きが取れなくなっていた。まるで、いつ爆発するか分からない強力な爆弾を目の前にしているかのようだ。
「ご、ごめんなさいッ!!」
「え……?」
突然カザンの元へ走り出すフィン。完全に油断していた。フィンは俺たちの味方だと思い込んでたんだ。
だが、後悔しても遅い。フィンの行動によって、間違いなく俺たちの居場所はバレてしまったのだから──。