「ほっほっほーぅ! 『
グリジャスが、手を叩きながら歓喜の声をあげている。
「あぁ、これなら日光も届くまい」
空を赤黒く染め上げた煙は、絶えることなく空を昇り続けその厚みを増していく。瘴気の雲が、僕たちの世界を完全に包み込んでいた。
「こんな雲で
「無論、あの雌神が本気を出せばこんな瘴気など一気に滅せられるだろう。だが、それ程の力を使えば君達も焼き払われることになる。そんな無慈悲なことを……あのお人好しの現人神がするとは思えんがね」
プラームの全てを見透かしたような言葉に、村長は押し黙ってしまう。
「さて、異変に気づいた雌神はこの村に戦士達を送り込んでくるだろう。村長君、この村までは何日で到着するかな?」
「日の出と共に異変に気付いたとしたら……半日もあればこの村にやってくるだろう」
「ふむ……明日の夕刻には到着するということかな?」
村長がコクリと首を縦に振る。
「ちなみにどれほどの戦力が予想されるかな?」
「明らかな異常事態だ……月の防人と言われる 【シロガネ族】 の連中が来ることになるぞ」
「シロガネ……噂に名高いあの退魔の戦士達か」
プラームがシロガネ族という言葉に眉をひそませる。
「この村へやってくる道は?」
「この村は森と山に囲まれている。南と東にある山道を通ってくるしか道はない」
「シロガネ族がもしこの村にやってくるなら?」
「位置から考えると東の山道から来ることになるだろう。なぁ、ケンタロウの傷の手当てをさせてくれないか?このままじゃ──」
「傷は焼き切ってある。死にはしないよ」
村長の申し出を無慈悲に却下し、プラームが鉱山街の方へ視線を向けると──
「戻ったか」
──そこには、残りのヴィクターと思しき男の姿があった。
「バジク、ご苦労だったな」
「あぁ、天蓬国め……中々いい仕事をしてくれる。起動にはルミタイトを使ったが、後は自動的にこの土地の魔力を吸い上げ瘴気を出し続けるだろう」
バジクと呼ばれたスキンヘッドの大柄の男は、プラーム同様青い鎧に身を包んでいる。
「セコーモ、どうだった?」
「大量のルミタイトの貯蔵庫を発見した。早速レヴェナントに運ばせている」
セコーモと呼ばれた宗教服を着た男が、青白い顔を歪ませながら言葉を続ける。
「良い坑道を見つけた。【地獄炉】はそこに設置したよ」
「仕事が早いな。どれくらいで起動できる?」
「三日だな。それだけあれば起動できるだろう」
僕達には理解できない会話を続けるヴィクターたち。そしてプラームが、笑顔を浮かべながらこちらに振り向いた。
「聞いた通りだイズモ村の諸君。三日だ、三日間この村を守ってもらう」
困惑する僕達を尻目に、プラームは更に説明を続ける。
「君達には南の山道を守ってもらおう。なぁに、シロガネ族は我々が対処する。簡単な仕事だろう?」
「プラーム、こいつらをシロガネに当てた方がいいんじゃないのか?」
「シロガネ族は冷酷な戦闘民族と聞く。同胞だろうと国の為なら平気で切り捨てるだろう。バジク、お前はグリジャスと共に東の山道へ行け。だが、シロガネ族を殲滅する必要はない。地獄炉が根を張るまで時間を稼ぐだけでいい。お前達二人の能力は相性がいい……足止めは得意だろう?」
「そうか、分かった」
「セコーモ、お前は村に残れ。『虫』を使って村人全員を監視するのだ」
「あぁ」
セコーモの体から不愉快な羽音と共に数匹の虫が飛び立つ。蠅のようだけれど、その体は鳥のように大きい。ギチギチと長い首を動かしながら複眼をぎょろつかせている。
「察しているだろうが、この虫はセコーモの使い魔だ。虫が得た情報は全てセコーモに伝わる。虫に危害を加えたり、逃げたりすれば人質の命は無いものと思って欲しい」
淡々と説明するプラームの冷たい瞳が、跪く僕たちに向けられた。
「──とは言っても、言葉だけでは実感しにくいだろう」
剣を抜きながら、プラームが倒れ込むケンさんへと歩を進める。
「な、なにをッ──」
「この男の身内はいるかッ!? それ以外の者は動くなよ?」
村長の問いかけをかき消すように叫んだプラームが、焼けるような赤い刀身をケンさんの顔先へ突きつけた。
「俺だッ! 俺が父ちゃんの息子だッ!!」
制止しようとする女性たちの手を振り払いながら、コウタが泥の海から名乗りを上げ進んでくる。
なんで……なんで出てきてしまったんだ。
僕を含め、皆がそう思ったに違いない。皆一様に目を閉じ、顔を背けている。
「……父親思いのイイ息子だな」
──次の瞬間、ドスッという音と共にコウタの胸から槍が飛び出していた。レヴェナントの汚れた槍が、血によって鈍い光を放っている。血に濡れた刃先はすぐに引き抜かれ、その穴を塞ごうとコウタが手で抑えるけど、溢れ出る血を止めることはできない。
「と……おちゃ……」
「コウタあああああああッッ!!」
ケンさんの叫びと同時に、僕は走り出していた。
倒れ込んだコウタを仰向けにし、胸の傷に手を当てる。自分の持つ魔力を両手に集中させ、コウタに流し込もうとする。
でも……一向にコウタの傷は治らない。
「な、なんで……どうしてッ……なんで治せないんだよ!?」
こうなったら無理にでも魔力を流し込んでみる。以前は嫌な予感がしたから中断した……でも、今はそんなこと言ってられない!
僕が魔力を捩じ込もうとしたその時──僕の両手に、コウタの手が力なく添えられていた。
「……こ、コウタ?」
「……ッ……」
コウタの口が微かに動くけど、声にはならない。僕の手を握ったまま、目が閉じられていく。僕は慌ててコウタの手を握り返した。
でも、コウタの魂の輝きは……既に光を失っていた。
「そ……そんなッ……」
死んだ? コウタが?
ついさっきまで一緒に遊んでいたのに……どうして……なんでこんなことに?
「小娘。傷を治そうとするとは、もしや
プラームが僕の顔に剣を突きつけている。
そしてケンさんの背中には……レヴェナントの二本の槍が突き立てられていた。
「さて、これで私の言葉がただの脅しではない事が分かっただろう? 逆らえば、その者の身内を殺す。身内がいないのであれば、その隣にいた者の身内を殺す」
「プラーム、鉱山街に牢屋があったぞ」
「そうか、用意のいい村だな。よし、人質はそこへ移動させろ」
「そのガキはどうするんだ?」
「出来損ないとはいえ、A・Sなら使い道はある。グリジャス、もう泥は必要ない。小娘……お前も行くんだ」
プラームの言葉で、レヴェナントが槍を女性たちに突きつける。行われた惨劇に皆が涙を流し、子供達は恐怖に顔を引き攣らせている。この状況で逆らうことは出来ない。僕は最後にコウタの手を強く握り締め、みんなの後を追いかけようとした……その時だった────
「──いかせるかよ」
シンの声だった。
シンは村長たちの制止を振り払い、その身体からはまるで湯気のように金色の光が揺らめいている。
こんなシンは今までに見た事が無い。目を血走らせ、握り込まれた拳からは血が滴り落ちている。
シンの鬼の様な形相に相応しいだけの殺気が、ヴィクターたちに向けられている。そのあまりの威圧感に、近くにいたレヴェナントは崩れ去り、ヴィクターたちが後ずさっている。
「お前ら全員ッ、俺が──」
「シンッ!!」
自分でも驚く程の声で叫んでいた。その声に皆の視線が僕に集まる。
「──大丈夫だから」
シンが安心するように、できる限りの笑顔でそう伝えた。
「……」
僕の言葉を受け取ったシンは悲しそうな顔をしたけど、再びその場にしゃがみこんでくれた。
「……何をしている。さぁ! 行くんだ!!」
時が止まってしまったかのように静まり返った場に、プラームの声が響き渡る。僕は人質になったみんなと一緒に、ぬかるんだ泥の中を、ゆっくりと歩き始めた────。
★ ★ ★
笑いの絶えない、平和だったイズモ村。その村を突然襲った悲劇。ヴィクターを名乗る彼らが何者で、一体何の為にこの村を襲ったのか……それはまだ分からない。
コウタが目の前で殺された。そしてケンさんも。この怒りや悲しみ、そして恐怖の感情は決して夢やゲームなんかじゃない。
未だに夢心地だった僕たち。でも……皮肉にもこの出来事が、僕たち二人の目を覚まさせた。
そして僕たちは知ることになる。
『真の恐怖』は────この後すぐにやって来るということを。