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第14話:ワカタレタ二人

「ほっほっほーぅ! 『天蓬国てんほうこく』の瘴気発生装置……なかなかスゲェじゃねぇか!!」


 グリジャスが、手を叩きながら歓喜の声をあげている。


「あぁ、これなら日光も届くまい」


 空を赤黒く染め上げた煙は、絶えることなく空を昇り続けその厚みを増していく。瘴気の雲が、僕たちの世界を完全に包み込んでいた。



「こんな雲で大神おおみかみ様の力を抑えられるとでも……ッ」

「無論、あの雌神が本気を出せばこんな瘴気など一気に滅せられるだろう。だが、それ程の力を使えば君達も焼き払われることになる。そんな無慈悲なことを……あのお人好しの現人神がするとは思えんがね」


 プラームの全てを見透かしたような言葉に、村長は押し黙ってしまう。



「さて、異変に気づいた雌神はこの村に戦士達を送り込んでくるだろう。村長君、この村までは何日で到着するかな?」

「日の出と共に異変に気付いたとしたら……半日もあればこの村にやってくるだろう」

「ふむ……明日の夕刻には到着するということかな?」


 村長がコクリと首を縦に振る。


「ちなみにどれほどの戦力が予想されるかな?」

「明らかな異常事態だ……月の防人と言われる 【シロガネ族】 の連中が来ることになるぞ」

「シロガネ……噂に名高いあの退魔の戦士達か」


 プラームがシロガネ族という言葉に眉をひそませる。



「この村へやってくる道は?」

「この村は森と山に囲まれている。南と東にある山道を通ってくるしか道はない」


「シロガネ族がもしこの村にやってくるなら?」

「位置から考えると東の山道から来ることになるだろう。なぁ、ケンタロウの傷の手当てをさせてくれないか?このままじゃ──」

「傷は焼き切ってある。死にはしないよ」


 村長の申し出を無慈悲に却下し、プラームが鉱山街の方へ視線を向けると──


「戻ったか」


 ──そこには、残りのヴィクターと思しき男の姿があった。



「バジク、ご苦労だったな」

「あぁ、天蓬国め……中々いい仕事をしてくれる。起動にはルミタイトを使ったが、後は自動的にこの土地の魔力を吸い上げ瘴気を出し続けるだろう」


 バジクと呼ばれたスキンヘッドの大柄の男は、プラーム同様青い鎧に身を包んでいる。


「セコーモ、どうだった?」

「大量のルミタイトの貯蔵庫を発見した。早速レヴェナントに運ばせている」


 セコーモと呼ばれた宗教服を着た男が、青白い顔を歪ませながら言葉を続ける。


「良い坑道を見つけた。【地獄炉】はそこに設置したよ」

「仕事が早いな。どれくらいで起動できる?」

「三日だな。それだけあれば起動できるだろう」


 僕達には理解できない会話を続けるヴィクターたち。そしてプラームが、笑顔を浮かべながらこちらに振り向いた。



「聞いた通りだイズモ村の諸君。三日だ、三日間この村を守ってもらう」


 困惑する僕達を尻目に、プラームは更に説明を続ける。


「君達には南の山道を守ってもらおう。なぁに、シロガネ族は我々が対処する。簡単な仕事だろう?」

「プラーム、こいつらをシロガネに当てた方がいいんじゃないのか?」


「シロガネ族は冷酷な戦闘民族と聞く。同胞だろうと国の為なら平気で切り捨てるだろう。バジク、お前はグリジャスと共に東の山道へ行け。だが、シロガネ族を殲滅する必要はない。地獄炉が根を張るまで時間を稼ぐだけでいい。お前達二人の能力は相性がいい……足止めは得意だろう?」

「そうか、分かった」


「セコーモ、お前は村に残れ。『虫』を使って村人全員を監視するのだ」

「あぁ」


 セコーモの体から不愉快な羽音と共に数匹の虫が飛び立つ。蠅のようだけれど、その体は鳥のように大きい。ギチギチと長い首を動かしながら複眼をぎょろつかせている。



「察しているだろうが、この虫はセコーモの使い魔だ。虫が得た情報は全てセコーモに伝わる。虫に危害を加えたり、逃げたりすれば人質の命は無いものと思って欲しい」


 淡々と説明するプラームの冷たい瞳が、跪く僕たちに向けられた。


「──とは言っても、言葉だけでは実感しにくいだろう」


 剣を抜きながら、プラームが倒れ込むケンさんへと歩を進める。



「な、なにをッ──」

「この男の身内はいるかッ!? それ以外の者は動くなよ?」


 村長の問いかけをかき消すように叫んだプラームが、焼けるような赤い刀身をケンさんの顔先へ突きつけた。



「俺だッ! 俺が父ちゃんの息子だッ!!」


 制止しようとする女性たちの手を振り払いながら、コウタが泥の海から名乗りを上げ進んでくる。


 なんで……なんで出てきてしまったんだ。

 僕を含め、皆がそう思ったに違いない。皆一様に目を閉じ、顔を背けている。



「……父親思いのイイ息子だな」



──次の瞬間、ドスッという音と共にコウタの胸から槍が飛び出していた。レヴェナントの汚れた槍が、血によって鈍い光を放っている。血に濡れた刃先はすぐに引き抜かれ、その穴を塞ごうとコウタが手で抑えるけど、溢れ出る血を止めることはできない。



「と……おちゃ……」

「コウタあああああああッッ!!」


 ケンさんの叫びと同時に、僕は走り出していた。


 倒れ込んだコウタを仰向けにし、胸の傷に手を当てる。自分の持つ魔力を両手に集中させ、コウタに流し込もうとする。

 でも……一向にコウタの傷は治らない。


「な、なんで……どうしてッ……なんで治せないんだよ!?」


 こうなったら無理にでも魔力を流し込んでみる。以前は嫌な予感がしたから中断した……でも、今はそんなこと言ってられない!

 僕が魔力を捩じ込もうとしたその時──僕の両手に、コウタの手が力なく添えられていた。



「……こ、コウタ?」

「……ッ……」


 コウタの口が微かに動くけど、声にはならない。僕の手を握ったまま、目が閉じられていく。僕は慌ててコウタの手を握り返した。

 でも、コウタの魂の輝きは……既に光を失っていた。



「そ……そんなッ……」


 死んだ? コウタが?

 ついさっきまで一緒に遊んでいたのに……どうして……なんでこんなことに?



「小娘。傷を治そうとするとは、もしやA・Sオールシフターか? だが、出来損ないのようだな」


 プラームが僕の顔に剣を突きつけている。

 そしてケンさんの背中には……レヴェナントの二本の槍が突き立てられていた。



「さて、これで私の言葉がただの脅しではない事が分かっただろう? 逆らえば、その者の身内を殺す。身内がいないのであれば、その隣にいた者の身内を殺す」


「プラーム、鉱山街に牢屋があったぞ」

「そうか、用意のいい村だな。よし、人質はそこへ移動させろ」


「そのガキはどうするんだ?」

「出来損ないとはいえ、A・Sなら使い道はある。グリジャス、もう泥は必要ない。小娘……お前も行くんだ」


プラームの言葉で、レヴェナントが槍を女性たちに突きつける。行われた惨劇に皆が涙を流し、子供達は恐怖に顔を引き攣らせている。この状況で逆らうことは出来ない。僕は最後にコウタの手を強く握り締め、みんなの後を追いかけようとした……その時だった────



「──いかせるかよ」



 シンの声だった。

 シンは村長たちの制止を振り払い、その身体からはまるで湯気のように金色の光が揺らめいている。


 こんなシンは今までに見た事が無い。目を血走らせ、握り込まれた拳からは血が滴り落ちている。

 シンの鬼の様な形相に相応しいだけの殺気が、ヴィクターたちに向けられている。そのあまりの威圧感に、近くにいたレヴェナントは崩れ去り、ヴィクターたちが後ずさっている。



「お前ら全員ッ、俺が──」

「シンッ!!」


 自分でも驚く程の声で叫んでいた。その声に皆の視線が僕に集まる。


「──大丈夫だから」


 シンが安心するように、できる限りの笑顔でそう伝えた。


「……」


 僕の言葉を受け取ったシンは悲しそうな顔をしたけど、再びその場にしゃがみこんでくれた。



「……何をしている。さぁ! 行くんだ!!」


 時が止まってしまったかのように静まり返った場に、プラームの声が響き渡る。僕は人質になったみんなと一緒に、ぬかるんだ泥の中を、ゆっくりと歩き始めた────。



★    ★    ★



 笑いの絶えない、平和だったイズモ村。その村を突然襲った悲劇。ヴィクターを名乗る彼らが何者で、一体何の為にこの村を襲ったのか……それはまだ分からない。


 コウタが目の前で殺された。そしてケンさんも。この怒りや悲しみ、そして恐怖の感情は決して夢やゲームなんかじゃない。

 未だに夢心地だった僕たち。でも……皮肉にもこの出来事が、僕たち二人の目を覚まさせた。



 そして僕たちは知ることになる。

 『真の恐怖』は────この後すぐにやって来るということを。

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