目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第13話:異変

 突如発生した影鬼かげおにの大群。僕たちは大急ぎでシンがいる集会所へと駆け込んだ。


「シンッ!!」

「タツ、何かあったのか?」

「影鬼がッ……影鬼が大量発生してるんだ!!」


「数は?」

「多すぎて分からない……でも千体はいると思う!!」



 『千体ッ!?』と周りにいたみんなが驚愕の声を上げた。その声を皮切りに集会所の空気が一変した。

 不穏な空気が伝染するかのように広がっていく。そんなざわめきの中、ダイコク村長は冷静に僕から情報を得ようとする。



「タツ、場所は?」

「あっちの方! 月明かりに照らされた森の開けた場所!」


「男は全員武器を持って東門に集まれッ! 女、子供は集会所で待機するんだ!!」


 村長の指示に皆がすぐに動き出す。今までお酒を飲んでいたとは到底思えない。実にキビキビとした動きで男たちは駆けていく。それを心配そうに眺めているコウタの両肩を、ケンさんが力強く掴んだ。


「コウタ」

「……うん、分かってる。ここで待ってるよ」


 その言葉を聞いたケンさんはニコリと笑い、皆に続いて集会所の外へ駆けて行った。


「俺は女たちに指示をしてから向かう。すまないがタツ、案内を頼めるか?」

「もちろん! 東門で待ってるよ!」


 ダイコク村長にそう言って、僕はシンの背中に飛び乗った。このスタイルも久しぶりだ。


「じゃあダイコク、先に行ってるぞ!」

「あぁ!」


 ダイコク村長だけを残し、シンが駆け出した。あっという間に東門へ到着したけど、どうも僕たちが一番乗りみたいだ。そこへ門番をしていた二人が何事かと近づいてくる。


「いよぉ〜お二人さん。慌ててどうしたんだ?」

「影鬼が出たんだ! 村長が武器を持って東門にって!」


 へぇー、と緊張感のない声を出す門番の二人。まぁ無理もないよね……ただし今回は数が多い。

 それから五分も待たずに続々と男達が東門に集まって来た。その手には剣や槍、斧などの武器が握られていて、中にはツルハシを持っている人もいた。

 ただ、それらの武器は一様に光り輝いている。多分この輝きは太陽石のものだ。魔石を組み込んだ武器といった感じだろうか。


「皆集まったな。じゃあタツ、頼むぞ」

「うん!」


 影鬼のいる場所へと出発する。村の男たちの総数は100人程度で、皆の走る音が暗い夜に響き渡る。

 十分ほど走っただろうか……木々の間から例の開けた場所を覗き見ると────



「こ、これは……」


 ダイコク村長が言葉を詰まらせる。視線の先には、グネグネと揺れ動く影鬼の大群が存在していた。


「今までにもこんなことはあったのか?」

「一度もない。そもそも影鬼は、恨みを持って死んだ者たちの魂が自然に消化されず、地獄に堕ちたものだ。その地獄と地上を結ぶ黄泉の道はスサノオ様が見張っている。ゴキブリのように数体抜けてくることはあるが、この数は……」


 シンの質問にダイコク村長が汗を垂らしながら答えている。スサノオという名前は以前にも聞いたことがある。影鬼のような魑魅魍魎が地上に出てこないように監視している現人神らしい。



「スサノオ様に何かあったんじゃ? じゃないとこの数は異常だぞ」

「カイの言う通り、スサノオ様に異変があったのかもしれん。だが、その事は後回しだ。日も沈み、大神おおみかみ様の加護は期待できない。動き出す前に俺たちで叩き潰すぞッ」


 ダイコク村長が前に出ると、皆が潜むのをやめて影鬼たちの元へと歩き出した。


「俺たちが憑依されることはないだろうが、念の為奴らには組み憑かれるなよッ!!」

「タツはここで待ってろ」


 シンが僕を降ろし、ダイコク村長たちと一緒に影鬼たちへの攻撃を開始した。

 影鬼たちは全く動かず、ただその場で揺れ動いているだけだった。男たちの武器に斬られ、突かれ、潰される。そして、霞のように消滅していくばかりだった────



 ★



 ────シンの蹴りで最後の影鬼が切り裂かれた。

 どれくらい時間が経ったのだろう……一時間? いや、三十分ほどかもしれない。


「これで最後か?」


 シンが辺りを見渡しながら、呆気なさそうに言う。



「一体何だったんだ……」


 肩で息をしているダイコク村長が困惑したように武器をおろす。抵抗することなくただ狩られていった影鬼たち。まるで草刈りでもしているかのようだった。


「朝になれば何か分かるだろう。タツ、すまないが狩り残しがないか視てくれないか?」

「う、うん」


 ダイコク村長に言われた通り周辺を警戒してみるけど、僕らの周りに影鬼は確認できない。そして念の為に少し遠くの方も視ておこうと思った、その時だった────



「あれ……?」


 ふと目に入った村の方角。集会所に集まった女性や子供たちの魂を、大量の黒いモヤが囲んでいる。

 ……いや、モヤじゃない。影鬼とは違い、歪ではあるけど人の輪郭を持ったモノ達が集会所を取り囲んでいる。その黒く澱んだ光は、集会所の周りだけではなく村全体に及んでいる


 大量の黒い魂。その中に一際強く、そして醜く光る四つの魂が視えた。



「村に何かいるッ!!」

「お、おいアレ!!」


 僕が叫ぶのと同時に、カイさんが空を指差す。その先には無数の煙が闇夜に昇っていくのが見えた。その出元には赤い輝きが揺らめいている。照明でも篝火かがりびでもない……それは、村が燃えている証だった。



「コウタッッ!!」

「ま、待って! 村に何かいるんだッ!!」

「待てケンタロウッ!! くッ……村に戻るぞ!!」


 一目散に駆け出したケンさんに、僕の警告は届かなかった。森の中へ消えたケンさんの後を、ダイコク村長たちが慌てて追いかけ始める。僕も急いでシンの背中に飛び乗り、みんなの後を追いかけた。



「タツ、何が見えたんだッ?」

「影鬼みたいだけど影鬼じゃない……そんな奴らが村のあちこちにいる! それに黒くて強い魂を持った奴らが四人いるよ!!」



 ここにいる誰もが状況を飲み込めていない。

 ……わからない。村から湧き出るように出現したあの集団は、一体どこから来たのだろう?


 見つかることのない答えを探しながら、僕たちは赤い光に包まれた村に向かって走り続けた────



 ★



 ────微かに聞こえる悲鳴。僕たちが東門へと到着した時……そこには目を疑うような光景が広がっていた。


 先に村へと駆け出したケンさんは地面に伏し、二本の槍が首元に当てられている。その槍の持ち主は全身が黒い瘴気に覆われていて、時折見える身体はゾンビのように爛れている。



「ケンタロウ!!」

「ぐッ……うぅ……」


 ダイコク村長の呼びかけに、ケンさんが苦しそうな声で反応する。

 生きていることに安堵したのも束の間……ケンさんの両手足には焼き切られたような傷が残されていた。その傷跡を見て、僕の中の不安が一気に膨れ上がった。



「全員動くなッ!!」


 ケンさんの元へと駆けつけようとしたシンを牽制する叫び。その声は、ケンさんの先にいた一人の男が発したものだった。



「全員武器を捨て、その場に跪け。妙な動きをすればこの男の命は無い」


 青い鎧に身を包んだ男が冷たい声で言い放つ。その手には赤い刀身の剣が握られている。

 ケンさんのすぐ側には、槍を持ったゾンビが二体。男が合図をすれば、すぐにその槍はケンさんの首へと突き立てられてしまうだろう。



 ダイコク村長がみんなに視線を送り、武器を捨ててその場に跪いた。それを見たみんなは悔しそうな表情を浮かべながらも、村長と同じ行動を取り始める。僕とシンも、同じくその場に跪いた。



「よろしい。では取引といこう」

「取引だと……?」


 青い鎧の男が村長に視線を定める。


「君がこの村の代表かね?」

「……あぁ、俺が村長のダイコクだ」


「そうか。私はライザールを総べる【アズール騎士団】の騎士、プラームだ」

「ら、ライザールだと!?」


(シン、ライザールって……)

(あぁ。軍事国家ライザール……コウタに聞いた話だと、ライヴィアって国と戦争してるって話だったが)



「ライザールの騎士様がこの村に一体なんの用が……」

「色々と事情があってね。実は──」

「それより子供たちはッ! コウタは無事なのかッ!?」


 プラームの言葉を遮るようにケンさんが叫ぶ。ケンさんを不愉快そうに一瞥したプラームは、すぐに冷たい笑いを浮かべて口を開いた。


「安心したまえ。女・子供には手を出していない。君のように刃向かって来た者には死んでもらったがね」


 プラームの視線の先には門番の二人が倒れている。その身体にはいくつも刺し傷があり、ピクリとも動かない。



「ぐッ……!!」


 仲間の凄惨な姿を見て、村長とみんなが拳を震わせている。


「おっと、どうやら来たようだ」



 ゾンビに槍を突きつけられながら、女性と子供たちがヨタヨタと歩いている。彼女らを家畜のように引き連れているのは、下卑た笑いを浮かべた一人の男。宗教服らしき服を着たその男は、彼女らに『待て』の合図をしてプラームの元へやって来た。



「グリジャス、遅かったじゃないか」

「逃げられたら面倒なんでね。俺様の泥で制限させてもらったのさ」


 グリジャスと呼ばれた男が彼女らの足元を指差す。その足元はまるで泥沼のようにぬかるんでいて、粘着性を想像させる音を立てている。



「バジクとセコーモは?」

「村の北に寂れた別の街があってな。ルミタイトは恐らくそこだ。バジクは 【瘴気発生装置】を取り付けに行った。ちょうどいい高台があったらしくてな。セコーモは街の偵察が済んだら戻ってくるだろう」


「よし、では話の続きをしよう」


 プラームが、再び冷たい視線を村長に向ける。



「さて村長君。私が頼みたいのはこの村の『護衛』だ」

「ご、護衛……?」


「今は夜だが、朝になればあの雌神が異変に気付くだろう? 差し向けるであろう戦士から、この村を守ってほしいのだよ」

「それ以前に、朝になれば大神様の日光が村全体に降り注ぐ。あんたらもタダじゃすまないぞ……」


「心配ご無用。この幽鬼兵レヴェナント達ならいざ知らず、我々ヴィクターにはあの程度の力は通用しない」



 プラームがゾンビのことを 【レヴェナント】、そして自分達のことを 【ヴィクター】 と名乗った。


 このレヴェナント……恐らく影鬼に乗っ取られた人間なんだと思う。肉体も魂も、何もかもが歪。ただ暗い情念に駆られて動く生きた屍。

 そしてレヴェナントを従えるヴィクター。目の前に二人、そして鉱山街に二人。僕が視た強い力を持った魂は、間違いなくこのヴィクターたちだ。



「……とはいえ、駒を減らされるのも面倒なのでね。対抗策は用意してきてあるんだよ」


 そう言ってプラームは、鉱山街がある方向の空へ目を向けた。


「お、ちょうど始まりそうだよ」



 その言葉と同時に、鉱山街から煙が昇り始めた。その煙はドロドロと星空へ昇っていき、ある高度に達すると一気に横に広がり始める。月と星が彩っていた美しい空は、瞬く間に赤黒い瘴気に塗り替えられていった。



 冷たい汗が背中を流れた。今から恐ろしい事が起きる。

 瘴気の空とプラームの高笑いが……そう告げていた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?