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第11話:美味い酒

「────では」


 暑苦しい……もとい重苦しい雰囲気の中、村長のダイコクさんが口を開いた。



「新たな鉱床の発見と、二人の客人を歓迎して……乾杯!!」

「「「かんぱーい!!」」」


 凄まじい熱気と共に皆が大盃に口をつけ、一気にその中身を飲み干していく。よく見ると僕らの座った場所にも大盃と小盃が一つずつ置かれている。


「どうした客人、飲まんのか!?」


 僕の左隣にいた男性が大盃を空にして問いかけてくる。


「あ、お嬢ちゃんのは果実水だからな」

「あ、はい」


 そう言われ、盃を手に取り口にする。これは梅の香りかな……爽やかな香りと酸味、そしてコクのある甘味。正直言って美味しい。


「……」


 シンは黙ったまま村長達を見据えている。未だにお酒に手をつけていないシンに、村長も気付いたみたいだ。


「どうした? 酒は嫌いか?」

「……聞きたいことがある」

「おぉ、なんだ?」


 巨大な瓢箪から酒を注ぎながら、村長がシンの言葉を待っている。


「なんで……俺たちにここまで良くしてくれるんだ?」

「なんでって……おい、カイ! お前説明したんじゃないのか!?」


 村長が僕らの後ろにいるカイおじさんを怒鳴りつける。


「したよ。大神おおみかみ様に客人としてもてなす様に言われてるって」

「なんだ、してるのか。っていうかお前も座れよ。何で入り口で突っ立ってんだ?」


「だって集会所にご馳走用意してんだろ? こんな暑苦しいところにいないで早くあっちに行こうぜ」

「暑苦しいとは何だ! ……まぁ待て。向こうに行くと騒がしすぎて客人と話も出来ないだろう?」


 ここも十分に騒がしいと思うけど。

 確かに大神様の言いつけとやらは先日聞いた気がするけど、本当にそれだけなのだろうか? シンも僕と同じく納得してないみたいだ。


「大神様が言ったから……それだけの理由なのか?」

「あぁ、それだけだ」


「俺たちは名前以外何も分からないんだぞ」

「聞いてるよ、記憶喪失だってな?」 

「ボケじゃなければいいんじゃがな」


 ゼンジロウ爺さんが笑いながら茶々を入れてくる。


「わっはっは! 経験者は語るってか!?」

「わしゃまだボケとらんわい!!」


「そうじゃなくて!!」


 周りの和やかな空気に痺れを切らしたのか、シンが語気を強める。その声に各々酒を飲み談笑していた村の連中はピタリと動きを止め、シンに視線が集まる。



「素性が分からないんだぞ。怪しくないのか? いくらその大神様に言われたからって──」

「こんな歓迎される謂れはないってか? コウタを助けてくれただろう」


「それは……そうだけど」

「このアマツクニは大神様の力によって守られている。もしお前達が邪悪な存在なんだったら、あの太陽の下を平然と歩けるはずが無いんだ」


 コウタが言っていた……大神様は太陽の光を通して国を見守っていると。あの日光には特殊な力が宿っていて、影鬼かげおにを滅するらしい。



「……」

「それに、さっきも言ったがコウタを助けてくれたんだろう? お前達がいなければ、今頃この宴はコウタの鎮魂式になってたぜ」


 ケンさんが涙を浮かべながらうんうんと頷いている。


「影鬼達は生者の肉体を求めてやってくる。邪悪な思念と共にな。肉体と魂の波長が一致しない限り、それらが合わさることはない。だが奴らはそんなもの無視して無理矢理身体を乗っ取ろうとしてくる。……どうなると思う?」

「……死ぬのか?」


「死ぬだけじゃない。乗っ取られた身体は影鬼には適合せずどんどん腐り始める。そして新たな肉体を求めて彷徨い歩く。さながら生きる屍だな。魂も影鬼に吸収され、滅するまで負の感情を味わい続けることになるだろう」

「コウタが……そうなっていたのかもしれないんだ」


 ケンさんが俯きながら、涙をボロボロと流している。


「そうだ。そして鬼と化したコウタは生前の記憶をたよりにイズモ村へ……ケンタロウの元にやってくるだろう。より近しい者の肉体を求めてな」

「もしコウタが鬼になってたら、俺が殺さなきゃいけなかったかもしれないんだ……殺せるはずがないッ!!」


 ケンさんは耐えきれず、その逞しい腕を目に当てオイオイと声をあげ泣き始めた。


「俺たち大人ならあの程度の影鬼に乗っ取られることもないが、子供は違う。多感だからな……奴らの負の情念に同情しちまって身体を引き渡しちまう可能性がある」


 シンがあっという間に倒した影鬼……アレがそこまで危険な存在だったなんて。もし僕達が間に合わなかったら、目を覆いたくなるような惨劇がこの村で起きていたのかもしれない。



「分かってくれたか? お前達はコウタだけじゃなく村人の命も救ってくれたんだ。それに、大神様のお墨付きだ。素性なんて特に気にしないさ」 

「……」


 シンは村長の言葉を受け黙ったまま俯いている。



「っていうかケンタロウ。お前は泣き上戸なんだから、今からそんなに泣いてたら身がもたねえぞ」

「わはは、そうだぞケンタロウ!水分補給しとけ!!」


 そう言いながら、周りの男達がケンさんの大盃に酒をなみなみと注いでいる。


「うぅ……コウタぁ……無事でよかった」

「話が終わったなら早くあっち行こうぜ!」

「ちょっとこのスルメ炙ってくれんか?」


 場に再び喧騒が戻ってきたけど、シンはまだ俯いている。

 でも次の瞬間、意を決したように目の前に置かれた大盃を手に取り、一気に盃を傾けた。


「おぉ! いい呑みっぷりだな!!」

「いいぞ爺さん!!」


 シンに対する称賛の声が吹き荒れる中、その声援に応えるように酒を呑み干し、大盃をドンと床に置く。歓声と共に拍手が巻き起こり、シンに続けと言わんばかりに皆がまた酒を呑み始める。誰が何を喋っているのか分からない喧騒の中、シンが僕にだけ聞こえるような声でこう言った。


「……馬鹿みてぇ」

「え?」


「裏なんてなかった。みんなの善意を疑ったりして馬鹿みてぇ」

「この状況じゃしょうがないよ。僕だって都合が良すぎるって思ってたもん」


「すまん、タツ。この人たちに黙ってることはできない!」


 そう言ってシンは勢いよく立ち上がり、皆に向かって叫んだ。


「みんな聞いてくれ!!」


 皆の視線がシンに集まると、シンは目を閉じ深呼吸をしてから高らかに宣言した。



「あの山を吹き飛ばしたのは……この俺だッ!!」



 シンの言葉に皆静まり返っている。突然のカミングアウトに驚くのは当然だよね。でも、あの事をこの人たちに黙っていることはできないというのは僕も同感だった。



「……ぷっ」

「わはははは!何言ってんだ爺さん!!」

「ってことはあの太陽石は爺さんの物か?」

「おいずりぃぞ!太陽石を独り占めか!?」

「そうかそうか、まぁ呑めよ爺さん」

「コウタぁぁぁぁ」



 ──皆がシンを中心にして笑い合っている。そして、そんな様子を嬉しそうに見つめているのは僕だけじゃなかった。村長のダイコクさんもまた、何も言わず微笑みながら大盃を傾けていた。


「さて! 客人との仲も深まった事だし河岸を変えるとするか!!」

「やっとか」


 村長の号令に皆が立ち上がり、やれやれとカイおじさんも出ていく。集会所に移動するのだろう。



「ケンタロウとコウタが、『今日も是非ウチに泊まってくれ』って言ってたぜ。好きなだけな」

「……そうか」


「ふっふっふ。とはいえ、この村に住むからには仕事はしてもらうぜ。中々いい身体してるしな!」

「あぁ、俺たちにできる事なら言ってくれ」

「その事についてはまた明日話そう。さ、行った行った!」



『この村に住む』──その言葉を聞いて、本当に村長が僕たち二人を受け入れてくれてるのだと実感した。この世界に来た意味も、目的も何も分からない。でも今は、この村で平穏に過ごすのも悪くない気がする。


「行こうぜタツ」

「うん!」


 集会所に移動した僕たちは、コウタをはじめとした子供たちに囲まれた。コウタがシンの武勇伝を身振り手振り交えて、子供たちに熱演している。その様子を、シンは照れくさそうに眺めている。そんなシンに、また別の村人が酒を持ってやって来る。

 そして僕は、早々に食べ飽きた子供達と一緒に外へ出た。子供たちが遊び場に連れて行ってくれるみたいだ。


 宴はまだまだ続きそうだ。僕も、子供たちとたくさん遊ぼうかな!

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