チュンチュンという鳥の声が聞こえる。日常で感じていたような安息感、そして朝特有の気だるさを感じながら目を開けると、窓から差し込む光が僕を照らしていた。
「……おはようございます」
寝ぼけ眼で日光に挨拶する。キラリと日光が僕の顔をなぞり、何となく挨拶が返ってきたように感じた。
隣ではシンがまだ寝息を立てている。昨日初めて訪れたコウタの家……昨日と何も変わっていない。
夢じゃなかった。でも、変わらず隣にいるシンに……僕は心底安心した。
「んん〜〜ッ」
両手をあげ背筋を伸ばすと、心地よい刺激が全身を駆け巡る。このままシンも起こしちゃおうかな。
「シン、朝だよ」
「……ん? ……お〜タツ、おはよう」
時計がないので何時間寝たのか分からないけど、寝足りなさそうな顔でシンが挨拶してくる。
「おはよう。おじいちゃんの方が朝は早そうなのにね」
「……馬鹿野郎。見た目はジジイだけど、中身はピチピチだぞ……」
欠伸をしながらシンがゆっくりと上半身を起こす。
「なあタツ」
「ん、何?」
「……いや、何でもない」
何となくシンが言いたかったことが分かる。僕の姿を見て安心したんだと思う。
「一緒でよかったね」
「……」
無言のまま頭を掻くシン。ふふふ、照れちゃってまあ。
「おはようー」
コウタだ。眠そうに目を擦ってるけど、僕達の話し声で起こしてしまっただろうか。
「よぅ、おはよう」
「おはよう。ごめん、起こしちゃった?」
「ううん、この時間にはいつも起きてるから。顔洗いに行こう」
コウタの言葉に従い三人で顔を洗いに行く。地下水を引いているという洗面所の蛇口からは、冷たい水が流れ出てくる。氷のように感じる冷たさが肌を刺激し、頭共々をキリリと引き締めてくれる。
身なりを整え居間に戻ると、程なくしてカイおじさんがやって来た。みんな早起きだなぁ。
「よお、おはよう! 眠れたか? 朝飯持ってきたぞ」
元気のいいカイおじさんに朝の挨拶を済ますと、おじさんは竹皮に包まれたおにぎりを手渡してくれる。
「もうしばらくしたら皆帰ってくると思う。すまないがここで待っててくれるか?」
「あぁ。朝飯ありがとうな」
「いいってことよ。それじゃまた後で。コウタ、覚悟しとけよー」
ニヤリと笑いながらコウタを指差し、カイおじさんは去っていった。その言葉にコウタは青ざめている。
「僕たちもお父さんに説明するから……」
「た、頼むよ……」
お父さんを心配して後を追ったんだし、僕たちが説明したら多分許してくれるよね?
☆
──朝食を済ませ、僕たち三人は雑談をしていた。コウタの足の調子もすっかり良くなったみたい。
コウタが飛んだり跳ねたりして回復具合を見せつけていると、外が少し騒がしくなってきた。コウタのお父さんたちが帰って来たのだろうか?
「か、帰ってきた……」
怯えるコウタに僕まで緊張してきた。村の男たちはどんな調査を終えて帰って来たのだろう。
……もしかして逮捕とかされたりして。
外を見ると、力強く光る魂が一つこちらに向かって来ているのが見える。ドドドという重量感のある音が大きくなっていき、そして勢いよく戸が開かれた──
「コウタああああああああ!!」
「ヒイィぃぃ!父ちゃん!!」
姿を現したのは、真っ赤な髪に筋骨隆々の大男だった。カイおじさんを更に大きくしたような大男は、肩で息をしながら髪と同じように顔を真っ赤にしている。
「あ、あのッ! おとうさ──」
「この馬鹿たれがああああああ!!」
シンが声をかける間もなく父親はコウタに詰め寄り、まるで重機を思わせるような手で平手打ちをかました。
「ぶべッッ──!」
強烈な破裂音と共にコウタはふっ飛んでいき、家具を巻き込みながら壁に激突した。怒りのオーラを纏った大男の迫力に気圧されて、僕もシンも動くことができなかった。
「お前一人で森に行ったらしいな!? なんでそんな馬鹿なことをッ!」
ガラガラと音を立て、崩れた家具の中からコウタがヨロヨロと立ち上がる。
「ご……ごめんよ、父ちゃん。俺……父ちゃんが心配で──」
生きてた!! 正直死んじゃったかと思ったよ……。
「馬鹿やろうッ……お前に何かあったら……俺はッ!!」
目に涙を浮かべ、コウタを強く抱きしめるお父さん。その逞しい腕と胸筋で、コウタがすっぽりと包まれている。
「無事でよかった」
「……父ちゃんッ!」
泣きじゃくるコウタを父親はしっかりと抱きしめ続けている。
うーん、感動的な光景だ。とりあえず一件落着かな?
「シンとタツだなッ!?」
「「は、はいぃ!!」」
びっくりしたぁ! 突然矛先がこっちに来たから、二人揃って気をつけの姿勢になっちゃったよ。
「コウタを助けてくれたんだってな……礼を言う、本当にありがとう」
「いえッ、当然のことをしたまででしてハイッ!」
緊張のせいか、シンの声が少し裏返っている。
「俺の名はケンタロウ。ケンとでも呼んでくれ」
差し出されたその手は傷だらけで、指一本一本が僕の腕くらいありそうだ。僕の手なんて簡単に握り潰しちゃいそうだ。
でも、その手は優しく僕たちの手を握ってくれた。
「ところで父ちゃん……御山はどうだったの?」
「おぉ、そうだった! 来てみろコウタ! 二人も一緒に!!」
ケンさんに招かれるまま外に出ると、ここまで歓声のような声が聞こえてきている。まるでお祭りみたいだ。
村の入り口には人だかりができていた。その中心にはケンさんのような屈強そうな男たちが立っている。そしてその周りには沢山の袋が積まれていて、中から光り輝く石が顔を覗かせていた。
「見ろコウタ!この太陽石を!!」
ケンさんが袋の中からボーリング玉程の大きさの太陽石を掴み上げる。
「す、すごい!!どうしたのこれ!?」
「儀式用の神具を保管してある小屋に向かったんだが、残念ながら爆発に巻き込まれたみたいでな。燃えちまってたんだ」
神具、小屋……うッ……頭が。
「そんで小屋の周りに太陽石のかけらが大量に散らばっていてな。砕けた御山に近づくと……あたり一面太陽石の塊よ!!」
ケンさんが両手を大きく広げ、声高らかに叫ぶ。
「あの爆発で御山に眠ってた太陽石が剥き出しになったんだな。火山活動も止まってたようだったから、持ってた袋に詰めて帰って来たってわけだ」
おや? 流れが変わったような。なんだかすごく喜んでるみたい。
「採掘道具は持って行ってなかったからなぁ。砕けた太陽石だけ持って帰ってきたが……それでもこの大きさだ。それに見ろ、この輝きを。村で採ってた太陽石とは比べ物にならないぞ」
それだけ魔力を含んでいるということなのだろう。集まった村人達は驚きと歓喜の声をあげている。僕たちの行動は、村にとって大きな財をもたらしたのだろうか?
(ね、ねぇシン)
(あぁ……コウタを危険に晒しちまったが、責められることはなさそうだな)
安堵していると、一人の男性が両手をあげ大声で叫んだ。
「皆の衆! 今日は宴だ!! 朝まで飲むぞおお!!」
その言葉に周りにいた村人達が呼応するように大歓声を上げる。集まっていた村人達が少しずつ散り始めた。宴の準備をするのだろう。ちなみにまだ朝なのに朝まで飲むの?
まだ残っている村人の中にカイおじさんの姿を見つけた。カイおじさんはこちらを指差して、先ほど宴の宣言をした男性に何かを説明しているようだ。そして、その男性がこちらに向かってくる。
「シンとタツだな? 話は聞いている。俺が村長のダイコクだ!!」
目尻に深いしわを浮かべながらニッコリと爽やかに自己紹介をしてくる。長く伸びた赤い髭を逞しい指でワシャワシャと掻きながら、ドンッと自分の胸を叩く。
「二人ともすまないが、俺の家に来てもらえるか? カイに案内させる」
「……あぁ」
シンが少し警戒したように答える。今までの感じからして、悪い話ではないとは思うんだけどね。
「それじゃ、また後でな」
足早に去って行った村長に代わって、カイさんが僕たちの前に躍り出てくる。
「村長はちょっと野暮用があってな。時間を潰しがてら村でも案内するよ」
「あ、俺も──」
「お前はダメだ。家具を散らかしたままだろう?」
「あ、あれは父ちゃんがッ」
有無を言わさず、コウタはケンさんに連れて行かれてしまった。
「ま、後で会えるさ。行こうか」
☆
村は思ったより大きくて、結構な距離を歩いた。初日に寄った診療所を始め、集会所や神社、商店街のように立ち並ぶ店。その中でも一際印象に残ったのは、この村の目玉とでも言うべき鉱山街だった。村の裏側にある鉱山街には村以上の建物が立ち並んでいて、それに反して異様な静けさが広がっている。
「静かだね?」
「イズモ村は太陽石の産地でな。昔はここも人でごった返してたのさ。今は村人達だけで採掘してるから寂れちまってるけどな」
あたりを見回してみるけど、確かに人気はない。人が沢山いた時の名残……まさにゴーストタウンといった感じだね。
「そういやコウタが言ってたな。昔は色んな国から太陽石を求めてやって来てたって」
「あぁ。そのおかげで村は大きくなったが治安も悪化してな。見てみな、あの建物。あれ全部が罪人を収監するための牢屋さ」
カイおじさんが指差す建物は一際大きく、冷たく、寂れた様子も相まって不気味な雰囲気を醸し出していた。もし自分があそこに収監されたらと考えると……うぅ、寒気がする。
「ま、今は使うこともないがな。それであそこの建物に太陽石を保管してて、このまま真っ直ぐ行くと坑道がある。あの一際高い建物は天文台だ。たまにガキどもが遊んでるよ。端っこに湯気が見えるだろう? あそこは温泉があるんだ」
おじさんが言うには今でも坑道で太陽石を採掘しているらしい。でも、より良質な太陽石の鉱床を発見したので、今後はそっちがメインになるみたいだね。
「しかし、あの岩山にあんな太陽石が眠ってたとはなぁ……。斜面も急で、砕けやすい岩で足場も悪いから手付かずだったんだ。岩山の麓にある御堂までしか行ったことがなかったな」
「御堂?」
「あぁ、太陽石が採れ始めた時に小屋と一緒に作ったらしい。火山に眠る土地神様を祀るためだったかな」
暗くて見えなかったけど、御堂がどこかにあったのかな? あの小屋はそのための神具を保管する場所だったということか。そんな小屋を燃やしちゃって……バチとか当たらないといいけど。
「歩かせてすまなかったな。そろそろいいだろう、村長の家に行こう」
静かな鉱山街を抜け、活気溢れる村へと戻ってきた。集会所では女性達がお酒や料理を運んでいる。その賑やかな集会所の近くに村長の家はあった。
「村長ー、来たぞー」
カイおじさんが声をかけ、返事を待つまでもなく手慣れたように戸を開く。他の家より大きなその家は、村長の家に相応しい威厳さが漂っていた。
戸を開いた先には大きな広間があり、囲炉裏を囲うように村長を始め何人もの男たちが座っている。その中にはケンさんや、診療所のゼンジロウお爺さんの姿もあった。
「おぉ、待たしてすまなかったな。さ、そこへ座ってくれ」
屈強な男達が座するその空間の末席に案内される。皆一言も喋らず、僕たちが席に座るのを黙って見ている。
「……」
その異様な空気にシンも緊張しているのだろうか、うっすらと汗をかいている。僕はシンの脚を掴みながら案内された席に座った。後ろではカイおじさんが入り口を塞ぐように立っている。
(し、シン……)
(大丈夫だ、俺がついてる)
なんだろう……まるで裁判でも始まるかのような雰囲気だ。
「では────」
村長が口を開くと、皆の視線が村長へと向けられる。
屈強な男たちが集う空間で、僕たちはただ固唾を飲んで村長の言葉を待つことしかできなかった。