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第8.5話:風呂談話

 目を閉じ、ゆっくりと湯に浸かる。心地よい温かさが全身を包み込み、疲れた筋肉がほぐれていく。檜の壁に五右衛門風呂──木の香りと、懐かしい風呂が心を落ち着かせてくれる。……とは言っても、五右衛門風呂なんて入るのは初めてだが。



「んあぁ〜、しみる〜〜ッ」

「シン爺ちゃん、湯加減はどう?」


 外で薪をくべながらコウタが聞いてくる。


「バッチリだ。涙が出てくるぜ」


 大袈裟でも何でもなく本当に涙が出そうだ。マグマやタツの火炎放射とはレベルが違う。ゲームで温泉に入ると体力が全快するのをよく見るが、その意味が分かった気がする。


「そう、よかった!」


 コウタが本当に嬉しそうに声を上げる。


「一番風呂もらっちまって悪いなぁ」

「いいんだよ、ずっと俺たちを運んでくれたし。俺は後でタツと入るよ!」


 コウタの言葉に甘えて湯を堪能する。タツは居間にて留守番をしている。一緒に入ろうかと思ったが、カイさんが来るので別々に入ることにした。


「しかし風呂付きとは聞いてたが、まさかこんな立派な風呂がついてるとはなぁ」

「へへ、すごいだろ? 太陽石のおかげでイズモ村って金持ちなんだ! 村のはずれにある鉱山街には温泉もあるんだけど、今度行ってみるといいよ。太陽石の魔力が染み出した魔力温泉なんだ」


「魔力温泉……そういうのもあるのか。しかし、蛇口までついてるんだもんなぁ。外見からは想像できなかったぜ」


 ぶっちゃけ井戸から水を汲んで風呂に入れるの繰り返しかと思ってた。蛇口を捻れば水が出る……文明的には俺達の知る世界とそこまで乖離していないのかもしれない。


「地下水をひいてるんだ。へへ、やっぱりみすぼらしく見えるよね」

「あ、いやすまん! 金持ちって言うからつい……」

「あはは、いいんだよ。これは父ちゃんから聞いたんだけど──」


 そう言ってコウタが太陽石について話し始めた。


「太陽石がこの辺りで採れ始めたのは100年くらい前かららしいんだ」

「100年前……急に採れ始めたのか?」


「200年以上前に人が住んでたんだけど、戦争でみんな死んじゃったらしくてね。しばらくは人が住めない土地になってたらしいんだけど、100年くらい前からまた住み始めた人達がいたんだ」

「へぇ、じゃあその人達が太陽石を発見したって事なのか」


 しかし戦争か。どこの国でも、やっぱり戦争ってやつは起こってるんだなぁ。


「うん。太陽石に類似した鉱石は世界中でも採れてたらしいんだ。でもイズモの太陽石は魔力の含有量が桁違いらしくって、当時のイズモ村はそりゃ潤ってたらしいよ」

「ふーん、今は採掘量が減ってるのか?」

「ううん、むしろ昔より採れてるみたいだよ。その当時も年々採掘量の上がる太陽石に大興奮だったらしいよ」


 昔より採掘量が増えてるのに、あまり潤ってるようには見えないな。石油が湧いたようなもんだろ? もっとゴージャスな感じをイメージしてしまうが。


「アマツクニの人間だけじゃない、他所の国からも太陽石を求めてイズモ村にやって来た。そうしてどんどんイズモ村は大きく発展していったんだけど……それと同時に治安も悪化していったらしいんだ」


 一攫千金を夢見て集まる人間達……確かに争い事は絶え無さそうだ。ならず者たちが集まってくるイメージがあるな。


「そしたらある日を境に、太陽石の輝きが衰え始めたんだ。それも山で採れる全ての太陽石が」

「なんでそんなことに?」


「父ちゃんが言うには、御山への感謝を忘れたからだろうって。それからは大神おおみかみ様の言いつけでイズモ村の人間だけが太陽石を採ってるんだ。自然に寄り添った生活をしながらね」

「金持ちなのに派手な生活はできないってことなのか」


「本当の原因は分かってないんだけどね。俺はこの生活に満足してるけど、中にはやっぱり他所の国へ行っちゃう人もいるね」

「他所の国ってのはどこがあるんだ?」


「いっぱいあるけど……一番多いのは 【ライヴィア王国】 じゃないかな。その王国にある都市の【パラディオン】とは特に仲が良くて、独自に同盟を結んでるしね。直通の船が出てるから行きやすいってのもあるね」



 ライヴィア王国のパラディオンか。やはり聞いたことはない……気がする。



「ライヴィアにはアマツクニの人間が嫁に行ってるからな。王様との関係は良好なのさ」

「わぁ!! びっくりしたぁ……いつからそこに?」


 コウタの驚きの声が響き渡った。声からするとカイさんのようだ。


「ようカイさん、どうしたんだ?」

「さっき言ってた食い物と服を持ってきたんだ。タツに渡してあるからな」

「そうか、色々とすまないな。……ところで嫁ってのは?」


「あぁ、ライヴィアの王様がアマツクニの女に一目惚れしてな。その場で求婚したらしい」

「へ〜、よっぽどの美人だったんだな」



「シロガネ族っていう女傑族でな。銀色の髪の美しい女性達

「らしい? 見たことないのか?」


「顔はな。普段から仮面をつけているし、何より俺たちイズモの男達は彼女らと接触することが禁じられてるんだ」

「そりゃまたどうして?」


「イズモとシロガネが夫婦になって子を産むと、鬼子が産まれると云われてるな」

「鬼子……」

「しかも、その時両親は子供に生命力を全て奪われ命を落とす……とも云われている」


 カイさんはふぅと溜め息を吐き、言葉を続ける。


「だが惹かれ合うようにできてるのかねぇ。20年以上前に駆け落ちした奴がいるんだよ」

「知り合いだったのか?」

「あぁ……今はどこで何をしているのやら」


 恐らく友達だったのだろう。カイさんの悲しみが混じった声に、少しの間沈黙が場を支配する。


「おっと、つい長話しちまった! じゃあコウタ、後は頼んだぞ」

「うん、ありがとね」


 そう言ってカイさんは立ち去って行ったようだ。色々と聞きたいことがあったのだが、まぁ後からコウタに聞くとしよう。


「シンー、服置いとくよー」


 お、タツだ。服を持ってきてくれたみたいだ。



(シロガネ族……銀髪の美人かぁ)


 見たことも無い女傑族に思いを馳せながら、風呂場を後にする。マグマや火でもビクともしなかったのに、湯あたりしたのだろうか……少し顔が火照っていた。

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