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第7話:第一村人発見

「大丈夫?」 

「あ、あぁ……助かったぜ」


 快復したシンが腰をグリングリンと回す。


「回し蹴りが駄目だったのかな。上半身と下半身が分離したかと思ったぜ」

「すごい速度だったもんね。一瞬で全部倒しちゃうんだからすごいよ」


 笑いながら反省するシンに、一応賞賛の言葉をかけておく。


「それにしてもびっくりしたよ。なんか……戦い慣れてる感じがしたよ」


 シンは昔から運動神経はいいし、喧嘩も強かったけど……身体強化がなされているとはいえ、いきなりあんな動きが出来るかな?

 あれはまさしく、歴戦の猛者という言葉がピッタリだった。僕がシンのキャラを作った時、そう望んで作ったことが関係しているのかな?


「身体が勝手に動いてな。イメージトレーニングという名の妄想が役に──」

「あ、あの!!」


 声のした方を向くと、赤い髪が特徴的な少年が困惑した顔でこちらを見ていた。


「ご、ごめんね! 怪我はない?」


 慌てて声をかける。……決して忘れていたわけではないんだよ?


「足をちょっと……。それより、助けてくれてありがとう」

「あはは、そんなこと気にしなくていいよ」

「助けたのは俺だけどな」


 シンの言葉を無視し、少年の足を見る。……捻ったのだろうか、少し腫れている。


「ちょっと見せてくれる?」


 そう言って少年の足に手を当てる。シンの腰を治したように、手に感じる力を腫れた足へと流す────



 ────が、一向に力が流れていかない。まるで表面で弾かれているようだ。無理に流し込むこともできそうだけど、とてつもなく嫌な予感がしたのでやめておいた。


「……?」


 うぅ……少年の『何やってんの?』的な視線が痛い!


「……ぷッ」

「笑った! 今笑ったでしょ!?」


 シンが口元を抑え肩を震わしている。


「だ、だってお前……自信満々の顔で……」


 ぐぐぐ、頬から耳にかけてが燃えるように熱い。顔から火が出そうだ。


「は、腫れてるね……」

「本当に見るだけだったな」

「うるさいよ!」


 応急手当てしようにも、包帯の代わりになるような布すらない。本当に見るだけになってしまった……。

 あぁッ! 恥ずかしい!!



「あ、あの……おじいちゃん達はどこの人?」

「……はえ?」


 少年の問いに、シンは手を耳に当ててとぼけている。


「ご、ごめんね。このおじいちゃん、ちょっと記憶喪失で……」

「君は?」

「……ぼ、僕子供だからよく分かんない」


 ……これは流石に厳しいか。 少年はふーん、と言って僕たちの顔を見ている。


「な、名前! 名前はなんていうの!?」

「え?……コウタ。イズモ村のコウタだよ」

「そう、コウタ! 僕はタツ、こっちのおじいちゃんがシンだよ!」


 話題を変えるため、半ば強引に自己紹介する。


「それで、子供が一人でどうしてこんなところに?」

「子供って……。君の方が子供じゃないか。何歳?」


 げっ、未だに自己認識が足りていない。年上のつもりで話しかけていたことに反省する。キャラ作成の時の事を思い出すに……五歳くらいでいけるかな? 五歳ってどんな話し方だろう?


「ご……五歳でちゅ」

「ぶふッ…… でちゅって。五歳で『でちゅ』はねぇだろ」

「うるさいうるさい! シンの馬鹿!!」


 熱いぃ! 顔が熱いぃぃぃ!!


「ところで、さっきの黒いのは何だ?」


 僕を見かねたシンが、呆気に取られてるコウタに質問する。



「あれは影鬼かげおにだよ。人の体を奪おうとするんだ」


 【影鬼】……それがあの黒いモヤの名前らしい。


「御山が爆発したらしくて、父ちゃんが村の大人達と調べに行っちゃったんだ。俺、父ちゃんしか家族がいないから心配で……こっそり追いかけたんだけど、はぐれちゃって」


 案の定僕たちが原因かぁ……。シンにアイコンタクトを取ると、シンは顔をしかめながら首を振る。心が痛いけど、確かに状況をややこしくするのは得策じゃないか。


「そこであいつらに襲われたのか?」

「うん。普段はスサノオ様が黄泉の道を見張ってくれてるから、大きいのは出てこないんだけど。出口がいっぱいあるから、ああいう弱い奴らはすり抜けるように出てきちゃうんだ」



 ────スサノオ。それは須佐之男命すさのおのみことのことだろうか? 日本神話に出てくるその名前には聞き覚えがある。



「あの影鬼たちは日光を避けてたみたいだが?」

「アマツクニは大神おおみかみ様に見守られているからね。太陽の光を通して国民を守ってくれてるんだ。あいつら日光を浴びると消滅するんだけど、この森だと……ね?」


 確かに木々に遮られて日光はまばらだ。まるで届いてない場所もある。


「アマツクニっていうのは?」

「この国の名前だよ。……おじいちゃん達、本当にどこから来たの?」


 コウタという少年によって、初めて情報らしい情報が得られた。

 僕たちがいるのは【アマツクニ】という国で、コウタはその中にある 【イズモ村】に住んでいるらしい。名前だけ聞くと日本のようだけど。

 そして大神様とやらがこの国を守っていて、それは太陽の光を通しているという。


 もしかして、さっき感じていた謎の視線はこれだったんじゃ? だとするなら、僕たちの存在は既にその大神様に認識されているのかもしれない。シンが山を吹き飛ばしたのもバレているのかも……。


「気づいたら山の中腹にある平原にいてな。どうもその山の爆発に巻き込まれたみたいでなぁ」


 僕の心配をよそに、シンはあくまでそのスタンスを貫くようだ。


「そっかー、よく生きてたね」


 コウタが感心するように息を吐く。心が……心が痛い。


「怪我もしてるようだし、とりあえず村に戻ったらどうだ?」

「で、でも父ちゃんが……」


「今どこにいるのかも分からないんだろう? それに、村の連中にも黙って出て来たんじゃないのか? 今頃村じゃお前を探してるかもな」

「そ、それは……」



 正直、コウタの父親達の位置は分かっている。でもシンの言う通り、村ではいなくなったコウタを探しているのかもしれない。そうなると、異変を知らないコウタの父親達の元へ行くよりは、村に帰るのが一番いい方法かもしれない。


「僕たちが気づいた時、山は静かだったよ。また爆発することはないんじゃないかな?」


 原因がここにいるんだしね。また爆発することはないはずだ。……多分。


「本当に?」

「あぁ。だからウロチョロしないで村に帰れ。またあいつらに襲われたら父ちゃんにも会えなくなるぞ」

「うん……」


 どうやら納得したようで、コウタはヨロヨロと立ち上がる。足の状態は思ったより良くないようだ。


「……おい、タツ」


 シンは僕に背中を向けトントンと肩を指で叩く。すぐに理解した僕はシンの背中に飛び乗る。そしてシンは、コウタを両手で抱きかかえた。


「ちょ、ちょっと!」

「いいから大人しくしてろ。村まで運んでやるよ」

「……ありがとう」


「村はどっちだ?」

「あっちだね」


 僕は村がある方角に指を差す。


「すごいね。なんで分かるの?」

「え!? ……か、勘かな?」


(お前迂闊なこと口にすんじゃねぇ! 俺はコウタに聞いたんだ!!)

(ごめんなさいごめんなさい!!)


 念話で全力で謝る。シンに対して思考力がどうのとか言えないね!



「い、いやあ〜それにしてもお腹空いたね〜」


 我ながらわざとらしい話題の逸らし方だったけど、実際お腹はペコペコだった。


「あ、そういえば……」


 そう言ってコウタが懐から取り出したのは、小さな紙製の袋だった。


「これ、もし良かったら」


 コウタが袋を開くと、小さな黒い棒状のものが独特な甘い香りと共に姿を表した。



「うんk──」

「わぁ! かりんとうだね! 美味しそう!!」

「転んだ時にちょっと砕けちゃったけど……はい!」


 そう言ってコウタは、手の塞がった僕たちの口にかりんとうを含ませてくれた。



 ──久々の食事も相まってか、かりんとうのコクのある甘さが口の中で痺れるようだった。その美味しさに、袋の中で糖衣を纏ったかりんとう達が、まるで黒い宝石であるかのように錯覚してしまう。



「う、うまッ!!」

「か、かりんとうって……こんなに美味しかったんだ……」


 涙を滲ませる僕たちの反応に、コウタは本当に嬉しそうだ。


「良かった! どんどん食べて!」


 そう言ってコウタは次々と口にかりんとうを運んでくれる。あまりの美味しさに、遠慮を忘れてその甘さを堪能する。そして瞬く間に袋の中身は空になってしまった。


「ご、ごめん。全部僕らに……」

「いいのいいの。助けてくれたお礼だよ」



 この味は一生忘れられないだろうなぁ。コウタに感謝しつつ、口の中に残った余韻を楽しむ。そうしてるうちに薄暗かった森を抜け、日光に照らされた山道へと出た。


「このまま行けばイズモ村だよ」


 そう言ってコウタが指を差す方角には建物が見えた。バリケードだろうか、木の柵に囲まれている。


(さーて、歓迎してもらえるかねぇ)

(どうだろうね……)


 言葉とは裏腹に、シンは歩みを緩めることなく進んでいく。いつの間にか復活していた背後から感じる視線など、もはや気にしていないようだ。


(まぁ何とかなるだろ)

(シンに任せるよ)

(あぁ)



 こうして僕たちは、コウタと共にイズモ村に向かって歩き出したのであった。

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