胸部を吹き飛ばされ、力無く落下していくネフィリムの死体。
弾丸――金属錬成により生み出された鉄塊はネフィリムに大穴を空けた後も真っ直ぐに突き進み、やがて空気との摩擦で閃光を上げて消滅する。
帯電した弾丸の軌跡には、青白い稲妻のようなものが微かに揺らいでいた。
『ひゃっほーう! やっぱ鮮やかっすねぇ、団長の
ネフィリム出現の報を受けて急行した、ドーバーの空。
口笛混じりに囃し立ててくるノエミに、ルシルは短く応える。
「……敵の注意は彼女に向いていた。不意打ちなのだから当然よ。あの状況で仕留められなければ、白鳩騎士団長の座は降りないといけないでしょう」
実際、ネフィリム戦において今回のように一瞬で片が付くことは極めて稀だ。
加速砲はその威力・弾速ともに強大ではあるものの、大抵のネフィリムは余程の至近距離でない限り躱すなり逸らすなり対応してくる。
気になるのは、今回のネフィリムが一人の騎士へ釘付けになっていた理由だが――
『あの騎体は、確か本日着任予定の……』
『おお? ぅおおお? なんかネフィリムの氷漬けが海に浮かんでますよ!?』
『……既に一戦交えた後でしたか』
ノエミが言うように、先程討伐したのとは別の固体が無残な姿で海上に浮いていた。
世の理から逸脱した光景は、紛れもなく魔法によるもの。
そしてその魔法が何者によるものかも自明だった。
確かに、あれほど強力な魔法を行使する相手になら、ネフィリムという怪物をして注意を集中させていてもおかしくないというものだ。
状況から見て、ルートの言葉通り騎士団への新規着任者であろう。
ルシルの思考はすぐに隊を率いる指揮官としてのものに切り替わった。
期せずしてその実力を垣間見ることになったが、どうやら戦力としては申し分無いらしい。
そうなると気になるのは人格面だが……。
「……ブラックロードの騎士、聞こえますか? こちらは白鳩騎士団。団長のルシル・シルバで――」
『――はァい、聞こえておりますッ! 本日より着任いたします、アイラ・アッシュフィールド少尉であります!! よろしくお願いいたしますッ、ルシル・シルバ少佐殿! 陸軍航空隊第九魔導作戦団長殿ッ!』
交信の直後、明らかに調整を間違ったような大声が食い気味に響いて、ルシルは思わず顔をしかめた。
伝信中継役のロザリからも苦悶の気配が無言の内に伝わってくる。
『……随分、元気の良い方ですね』
そう言うルートの困ったような苦笑いが目に浮かぶようだ。
『あっはっはっはっ! 団長、頭がキーンっていってます! キーンって!』
『はっ! 申し訳ありません、興奮と緊張で舞い上がってしまいました! ご無礼のほどお許しください!』
「……。……取り敢えず、詳しい話は駐屯地でしましょう。まだ飛べるかしら?」
『はい、もちろんです、シルバ団長殿!』
返事は立派なものが返って来たものの、ルシルの見立てではあのアイラという騎士は既にかなり消耗しているはずだ。
魔鎧騎の損傷も目立つが、定点飛行ですらふらついてるところを見るに、魔力も残り少ないだろう。
この世界、下らない強がりは身を滅ぼす。
同じように強がりながら散っていった部下の姿が脳裏をよぎる。
魔女というのはつくづく、自分の弱みを隠そうとする連中ばかりだ――
「――飛べるというなら、ついてきなさい少尉。……大尉、悪いけどここは任せるわよ。私は彼女を連れて一足先に帰投する。中尉達と防衛隊の被害状況をまとめておいて」
『しょ、承知いたしました』
「では行くわよ、アイラ少尉。途中で離れるようなら、置いていくから」
『はいっ!』
そうしてルシルは、黒い魔鎧騎を連れ駐屯地へ向けて飛び立つ。
その直前にルートから、ルシルにだけ届くような小さな思念が伝わる。
『……また、賑やかになりそうですね、団長』
「…………」
ルシルはそれには応えずに、ドーバーの空を後にした。
◇◇◇
――それから、二十分と少し。
結局、アイラは脱落することなくしっかりと最後までルシルの飛行についてきた。
試しに途中速度を上げてみたりしたのだが、中々根性があるらしい。
しかも驚かされたのが、魔鎧騎から降りてきた彼女が、間違いなく疲労が蓄積しているはずなのにも関わらずそれを感じさせない溌剌とした笑顔を向けてきたことだった。
アイラは同じく魔鎧騎から降りたルシルの元へ駆けてきて、ビシッとした、練習の跡が見える敬礼を見せる。
「アイラ・アッシュフィールドです! 改めまして、よろしくお願いいたします!」
「……よろしく。随分と元気がいいけれど、ネフィリムを一体倒した程度では、まだまだ余裕ということなのかしら?」
短く答礼して、ルシルが尋ねる。
「そのようなことはありませんが、正直、今は興奮と緊張が勝っておりますので、疲れは感じておりません!」
まるで子供だなとルシルは正直に思ったものの、年齢的には実際子供なので、ため息を一つ溢すだけで口には出さなかった。
歳の話を言い出したら、ルシルを含めここの団員は皆似たようなものでもある。
「……興奮と緊張は、まあ見ればわかります。不思議にも、この最前線勤務を喜んでいそうなところもね」
「はい、ずっとこの騎士団で戦える日を夢見ておりました! 団長殿のお噂もかねがね! この命は全て騎士団と団長へ捧げる覚悟です!」
そんなアイラの言葉に、ルシルは僅かに顔をしかめた。
不覚にも、かつての戦友の顔を思い返してしまう。
彼女と同じようなことを言っていた、彼女のことを。
そして、思い出されるのは更に――
「――はぁ……」
小さく吐いた息には行き場は無く、頭をもたげた感情にやり場は無く、代わりにルシルは細めた瞳でアイラを見つめた。
「……アッシュフィールド少尉。あなた、嫌いなものはある?」
「嫌いなもの、ですか? はっ、それはもちろん、ネフィリムです!」
「そう……。軍人として模範的な回答ね」
戸惑い気味だった顔から途端に喜色を見せた彼女に、ルシルは続ける。
「ちなみに――私の嫌いなものは、自分の命を勝手に私へ捧げてくる人間よ」
はっきりとした拒絶の言葉に、アイラは思わず口をつぐむ。
そんな彼女から目を逸らし、ルシルは言った。
「来なさい。色々と、書いてもらわないといけない書類があるわ」
くるりと背を向けて歩いていくルシル。
急に空が暗くなって地面もどこかへ消えてしまったような錯覚を覚えていたアイラは、しばらくそこに立ち尽くしていた。
万事上手くいっていたことは、一事の過ちで崩れさるものである。