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 その女は、某探偵のように約束の時間に遅れることはなく、某教師のように早くやってくることもなく、皺や染の一つない、純白のドクターコートをはためかせながら、約束の時間のちょうど五分前に真介の前に現れた。


 ここは東京都内の大学病院に併設されたカフェテリア。話をすることができ、多忙な女の職場に最も近い場所であるため、ここを対面の場所に指定したのだった。


「こんにちは小森くん。少し待ったかしら?」


「いえ、俺も少し前にきた所です。大変お忙しい中、ご足労頂き感謝します」


 自身の正面に腰を下ろした牛尼小夜子の顔を改めて真介は見る。真理花を通じて何度か顔を合わせたことがあるが、妹とは異なり真介はこの女を好きになることはできなかった。青い医療用マスク越しでも分かる、陶磁器の如く色白で均整の取れたその顔は確かに美しいものの、口から出る言葉やその微笑の節々に、根底から他者を小馬鹿にするような内含を感じたのだ。そして今回の調査により、その疑念は確信へと変わった。


「この間は佳子から大変な目に遭わされたらしいけど、大丈夫だった? 友人として、あの子に代わってお詫びするわ」


「別に構いませんよ。むしろ心配なのはあの方の方ですがね。先生の方も、耳の方はもう大丈夫なのですか」


「ええ、しばらくしたらすっかり完治したわ。幸い後遺症もなし。あの男から慰謝料を取れないのは悔しいけど、あれはあれで良しとしないとね」


 真介と対面した後、間もなく篠原佳子は特殊な病院へと入院し、猿渡善人は急性アルコール中毒でこの世を去っていた。


「まあ、それはさておき……」


 牛尼は自身の左耳をさすりながら、膝に置いた鞄から手帳型のカバーに入れたスマートフォンとA4用紙の束を引っ張り出した。用紙の束は、真介が牛尼に送った魁の手記のコピーだった。


「早く本題へ入らせてくれないかしら。私、あなたに呼び出される今日という日を楽しみにしていたの。何度も読んで楽しませてもらったわ。まずはこの魁くんの小説の感想を述べさせてくれないかしら?」


「いいですよ、どうぞお聞かせ下さい」


 向こうから話を振ってくれたのはありがたかった。最悪この女は、事件とは無関係の話題を持ち出して煙に巻いてくるかもしれないと踏んでいたからだ。


「訳したあなたのお陰もあるのだろうけれど、なかなか面白い小説だったわ。私の知らなかったことも色々書かれてて。ただ残念なのは『解答』は分かったものの、そこへ行き着くまでの『過程』が描かれていない。推理小説みたいだけれど、推理小説じゃなかったことかしら」


「基本的に推理小説は探偵の捜査に始まり、次に推理の披露があり、そして犯人の判明となりますが、魁の手記は推理の披露がありませんからね。語り手である魁が自力で真相に辿り着くことができなかったのと、真相に辿り着いた真理花がそれを語る前にこの世を去ったので、仕方がないといえば仕方がないのですが」


「本当、せっかく辿り着いた真相を私達に披露する前に亡くなってしまったのが惜しまれるわね」


「どうせなら、披露した後に死んじゃえば良かったのに」と続きそうな口調だった。


「ですが先生、それに辿り着ける情報は全て魁が手記に書いてくれていましたよ。良ければ今、ここで俺が披露して差し上げましょうか? あなたが知りたがっている真理花の推理を」


 真介の言葉に牛尼は細い目を見開く。


「……私も魁くんの小説を何度も読んで考えてみたんだけど全然分からなかったのに。そんなことができるの? 聞かせてちょうだい」


 その瞳は少女の輝きを帯びていた。そのあどけない純粋無垢な輝きと、美しい容姿との差異に、底気味の悪さを覚える。


「犯人が内部犯か外部犯かの問題は省かせて頂きます。これはあなたのご指摘通りでしょうから。

 まずは犯人の目的について。一人で宿泊し、体躯に恵まれていなかったこと、ベッドの上に荷物が散乱し、その中に財布が見当たらなかったことから、中田を標的に窃盗が目的で二号室に浸入したと仮定しましょう。どのようにして部屋に侵入したのかはこの場合では問題にしません。管理人室にはスペアキーがあり、柳沢オーナーもマスターキーを持っている。もしかすると、そもそも鍵は掛かっていなかったのかもしれませんから。問題は犯人が部屋に浸入したその時、部屋の主である中田自身はどうしていたのかという点です。ベッドは綺麗にベッドメイキングされていたとありましたから、ベッドで眠っていた時に物音で犯人の存在に気付いた訳でも、バスルームを使用した形跡がなかったことと、中田の服装が昨日と同じ物だったことから、バスルームを使用した後に出てきた所を犯人と鉢合わせた訳でもない。つまり中田は起きた状態で、部屋にいたものと考えられます」

「だったら、窃盗ではなく強盗だったと考えられるわ。最初から中田を殺した後に金品を奪う計画だったの」

「それも考えにくいです。凶器には現場の花瓶が使われていました。もしも最初から強盗殺人が目的なら、犯人は刃物等のもっと殺傷力の高い凶器を選んで持参するでしょう。このことから犯人は窃盗、強盗目的で中田の部屋を訪れた訳ではないと考えられます。ならばなぜ、犯人は中田の部屋に訪れたのか。その答えは、真理花がベッドの下から見つけた破片にあります」


「陶器の破片だろうって話だったけど、あれが一体どんな手掛かりになるというのかしら」


「昼食で、オーナーから紅茶を出された時に真理花は気付いたのだと思います。あの破片は、紅茶やコーヒー等を入れるカップのものであると。

 あの晩、犯人は中田からの依頼で飲み物を部屋まで持ってくるよう依頼されたため、部屋を訪れたのです。そして何らかの理由で中田と犯人は揉め、その際に飲み物を入れていたカップが床に落ちて砕け、欠片の一つがベットの下に滑り込んだと考えられます」


「依頼を受けて客室まで飲み物を持って行く……なるほど、つまり犯人は宿泊客ではなく、ペンションの従業員という訳ね」


「そうです。これで犯人は柳沢オーナーと隅野兄妹の、三名に絞られました。ここで犯人を特定するのに注目すべき点は、中田が犯人に飲み物の依頼をしたタイミングです。

 ペンションは当時、電話が故障していて外線はおろか内線すら使えない状態であり、何かを注文するには、直接従業員にその旨を伝えるしかありませんでした。中田が従業員に飲み物の依頼をするタイミングは、チェックイン時と夕食時、そして夕食後の談話の席の三つです。オーナーと岳飛は中田と夕食時にしか接触がなく、そこでは中田も依頼を行っていないことから、この二人は犯人から除外されます。残る卯月は夕食時はもちろん、中田のチェックインを担当し、夕食後の談話の席にも参加しています。このいずれかで中田は卯月に、後で飲み物を持って自分の部屋にくるよう依頼したと推理できます。

 このような流れで真理花は犯人の正体が隅野卯月であると導き出したのでしょう。……さすがに義兄の岳飛が隠蔽工作を行ったという事実までには到らなかったようですが」


 こうして真介は推理を披露してみせたが、真介はあくまで犯人が隅野卯月であると分かった上でそこから逆算し、推理を構築していったに過ぎない。それに対し、真理花は犯人が分からない状態で自ら現場へと赴き、そこから得た情報を基に一から推理を構築して隅野卯月へ辿り着いた。もしも妹がもう少し永く生き、兄と同じく探偵を志したのであれば、それこそ小説の中に出てくる名探偵になれていたかもしれない。


「これが手記に書かれていない真理花ちゃんの推理の全容という訳ね。合点がいったわ」


 真介は少しテーブルから身を乗り出して恍惚な笑みを浮かべる牛尼に尋ねる。


「牛尼先生、他にもう一つ別件での私の推理をお聴き頂き、その答えを伺いたいのですが、よろしいでしょうか」


「いいわ。むしろ、あなたにとってはそれが本命でしょうからね」


 牛尼はマスクを外した。顔の下半分が露わになる。笑みを浮かべ、組んだ手に顎を乗せ、上目遣いで真介を見据える。この相手を試す挑発的な笑みを少し前にファミレスで見たが、その時の笑みとは違い今回の笑みには一切淀みがなく、余裕を感じられた。


「それでは単刀直入に伺わせて頂きます。牛尼先生、あなたはスケープゴートでの事件を楽しんでいたのではありませんか。内心では胸を弾ませていたのではありませんか」


「……どうしてそう思う?」


 肯定も否定もせず、女は手に顎を乗せたその状態のまま小首を傾げる。その瞳は先ほど以上に無垢な輝きを増していた。


「それは、あなたが大のミステリー好きだからです」


 我ながら馬鹿馬鹿しい解答であると真介も思ってはいた。だがこの女の歪さを端的に表すのであれば、これ以外の言葉はなかった。


 案の定、牛尼は鼻を鳴らした。


「手記にも書いてあることだけど、ちゃんと読んだのかしら? 確かに私はミステリーが好きだけれど、物語の登場人物になりたい訳じゃない。こう見えても私、結構臆病なのよ」


「はい、俺もあなたの性根は臆病、小心、怯懦な人間であると思います。ですが、手記でのあなたの言動を見る限り、殺人や犯人に怯えている様子はなく、むしろすぐに部屋に引き籠った友人を小馬鹿にする余裕さえあった。その余裕は一体どこからきていたのか? それは、あなたは初めから犯人がごく普通の従業員の少女であると知っており、その動機も正当防衛であると推し測ることができたからです」


「私が犯人の正体と動機を最初から知っていた? 何を根拠にそんなことを」


「……推理の必要も無いほど露骨なものでしたが、それは後ほどお話ししますよ」


「じらしてくれるわね。嫌いじゃないわ」


 牛尼の口調や態度に苛立ち等は感じられなかった。この女は純粋に謎が解かれていくことに歓びを見出している。それが例え、世間に知られれば多大な顰蹙を買い、最悪その高い社会的地位も失う恐れもある自身の秘密であったとしても。


「事件が起き、犯人がいる。足りないのは何か? 探偵の存在です。そこで白羽の矢を立てたのは好奇心旺盛な真理花と魁です。あなたの口車に乗せられた二人は事件の捜査を開始しました」


 手記においての牛尼の二人に対する言葉は、明らかに探偵として捜査を促すものだった。さすがに魁も女の思惑に気が付いていたようだったが……


「犯人はやむなく人を殺めた女子高生です。決してペンションにいる者全員の皆殺しを狙う、血に飢えた殺人鬼ではありません。中田以上に被害者が出ることは無いと知っていたあなたは、絶対に安全だと分かった上で探偵対犯人のゲームを楽しむことができた訳です。

 しかし、そんなあなたにとって予想外のできごとが起きた。発作を起こして倒れた真理花が、目を離した隙に頭から血を流して死んでいる、どうも殴り殺されたらしいという知らせを受けたからです」


 牛尼は微笑を浮かべたままだったが、その微笑に初めて陰りが見えた。


「実際は共犯の岳飛が自身の判断で真理花の口を封じようとした結果ですが、その共犯の存在までは知らないあなたは大いに慌て、恐怖したはずです。犯人の正体については分かってはいるものの、動機に関してはあくまで大方の予想でしかなかった。もしかすると卯月は正当防衛でやむなく人を殺したのではなく、初めから明確な殺意を持って中田を殺したのかもしれない。血に飢えた殺人鬼で、自分を含むペンションの人間全てを殺すつもりなのかもしれない……単なる杞憂でしたね」


 後に行われた解剖の結果、真理花の死因は頭部への外傷ではなく、心不全であることが判明した。赤子のころより心臓に重度の疾病を抱えていた彼女は、どんなに永く見積もっても二十歳までは生きられない身であろうと診断を受けていた。妹の死は悲しかったものの、遠くない未来に訪れると覚悟していた別れが今きたに過ぎないと、ある種の諦めもあり、岳飛に対する怒りや憎しみは大して湧かなかった。むしろ同じ兄として、彼に同情さえ覚えた。


「自らの生命の危機を感じたあなたは急遽ゲームを終わらせることにし、残った探偵役の魁に「思い出したことがある。昨日の晩、中田が卯月を部屋に呼んでいるのを見た」と、ほぼ答えともいえるヒントを与えて犯人を特定させようとした。これこそ俺が、あなたは最初から犯人が分かっていたと確信するに到った根拠です。真理花と魁が捜査をしている際、彼女達はあなたに「場が解散した際に何か気が付いたことや、変わったことはありますか?」と尋ねました。生きている被害者が最後に発した言葉ですよ。その時は特に気に留めずとも、思い出すなら普通この時に思い出しませんかね?

 それでも真犯人の特定ができなかった一同は、唯一あなたの発言の意図を察した岳飛の、自らを犠牲とした罠に掛かり、誤った真相へと辿り着いてしまい、事件は真犯人の自死という最悪の結末を迎えることとなりました」


「一同じゃなくて、魁くんよ。……あんな大ヒントを与えてあげても犯人が分からないなんて。せっかく鼓膜を犠牲にしてまで守ってあげたのに。本当、あの子は勉強ができるだけだったみたいね。それと……」


 牛尼は細く白い指で手記のページを捲ると、あるページで指を止めた。手記の序盤も序盤、【登場人物】のページだ。


「事件とは関係の無い些細なことかもしれないけれど、彼は私について勘違いをしている点が一つあったわ。ミステリーにおいて『信頼できない語り手』は数多いけれど、こんな所で読者を引っかける語り手は後にも先にも彼ぐらいでしょうね。全く、あんなヒステリー女と一緒にしないでもらいたいものだわ。同じ『先生』でも格が違うのよ」


「魁はあなたのことを篠原と同様、学校の教師だと思っていたようですからね。ただ、明確に名乗らなかったあなたにも非はあるのではないでしょうか」


 。心臓血管外科の専門医で、真理花の主治医であった。真理花が医師を志し、学業に精を出していたのはこの女の影響であろう。


「卯月は自分のせいで義兄が人殺しになったと絶望し、自殺しました。ですがもし、医師であるあなたが真理花の遺体を検分し、少なくとも死因が他殺ではないと割り出したのであれば、卯月が自殺することはなかったのではありませんか」


 既に息絶えた者の肉体を少し傷付けたとしても、多く出血はしない。心臓が止まり、血液の流れも止まってしまっているからだ。その知識と、本当に撲殺された中田一太郎の出血量を比較すれば、たとえ医師でなくとも、真理花は他殺でないと気が付けたであろう。


「だから私、オフの時まで死体なんか見たくないの。例え、自分の受け持ってる患者であってもね。……それにしても隅野くんって幸運よね。殺す前に真理花ちゃんが自然死してくれたお陰で、人殺しにならずに済んだもの。きっと罪が軽くなったって喜んでるわ」


 牛尼に会う数日前。真介は以前、牛尼と交際していたという同じ大学病院に勤める看護師から話を聞いた。腰の低い温和そうな青年であったが、牛尼の話題を出した瞬間、苦虫を嚙み殺したかのように顔を歪め、紅潮させた。


「あの人は命なんて何とも思っていません。医者としても、人としても最低な方ですよ」


 看護師と医師という立場の差があったが、意を決した猛烈な求愛を牛尼に行い、何とかデートまで漕ぎ付けたものの幸か不幸か、彼はそこで憧れの女性の本性を知ることとなった。


 二人で昼食を摂った後、映画館に向かうべく車を走らせていた。交差点に差し掛かって信号待ちをしていた所、目の前で車とスクーターが接触事故を起こす場面に出くわした。アスファルトの上に投げ出されたスクーターの運転手は微動だにしなかった。善良な看護師である彼はすぐ路肩に車を止め、倒れている運転手の元に駆け寄り救護活動を行おうとした。


 そこで助手席に座る医師の恋人にも協力を仰いだが、彼女は冷めた顔をして言った。


「映画に行くんじゃないの? 私、オフの時まで働きたくない」


 そう言って彼女は救護活動に一切の協力はおろか、119番にすら通報しようとはしなかった。


 看護師と駆け付けた救命救急士達の努力も空しく、スクーターの運転手は間もなく息を引き取った。その事実を後に看護師から聞かされても、牛尼小夜子は眉毛の一つ動かさなかったという。


 牛尼小夜子という人間はまさに闇だ。どれだけ物や声を投げ掛けても虚無へ吸い込み、気付かぬ間に人を包んで、深淵へと引きずり込んでゆく。


 猿渡や篠原とは異なる方向で、絶対に相手にしてはならない存在だ。


「事件からしばらく経ち、真理花の死因が他殺ではなく病死であると知ったあなたは、卯月の自死の責任の全てを魁に被せようとした。週刊誌に世間の人間が誤解を招くような証言をしたS氏というのは先生、あなたですね。記事によりあなたの責任転嫁(スケープゴート)は成功し、魁は世間の人間から憎悪を向けられることとなりました。……あの記事のせいで、魁がどれだけ世間から誹謗中傷を受けたとお思いですか。そのせいで魁も自死に追い込まれたんですよ」


「私の期待を裏切って事件を解決できなかったことへのちょっとしたペナルティよ。そうカッカしないの」


「……捜査するよう仕向けておいてか」


 すっと手が伸び、その人差し指が真介の唇に触れて彼の口を塞ぐ。


「あなた責める相手を間違えてる。私はただ、少し端折った部分はあるにせよ、事実を語って記事にしてもらっただけ。あの記事を読み、彼を誹謗中傷したのは世間の皆様。責めるなら彼等を責めなさい。

 それに第一、急な病や出張があったとはいえ、あの子達二人だけで冬の雪山に向かうことを許したあなた達家族にも監督責任の怠りがあったんじゃない? あなたも事件後、様々な関係者の元を訪ねて、その人達の無責任さを挙げ連ねているそうだけど、その資格がある訳?」


「そんなことは分かっていますよ」


 牛尼の手を軽く払いながら真介は言う。


「俺の調査はそのような空虚な責任転嫁を目的とした自己満足ではありません。あなた方の無責任さを倫理的に許せない気持ちはありますが、法を犯してはいないからにはそれ以上のことはできません。

 ただ、自分の調査と推理の末に見出した相手の無責任さを本人に直接語って聞かせ、認めさせる。それだけが目的なんです。あなたは責任こそ認めなかったものの、事件の犯人をあらかじめ知っていたこと。週刊誌の記者に情報を渡したことを認めた。それで十分です」


「ふーん……」


 眉間に皺を寄せて牛尼は黙る。何かを思案しているようだった。


 牛尼のスマートフォンが振動した。それを手に取り、二言三言会話をした後に、彼女はまた真介に微笑みかける。


「名残惜しいけど、この場はもうお開きにしないといけないようね。ありがとう、面白い話を聞かせてくれて楽しかったわ。最後に、私の推理も聞いてもらえるかしら」


「どうぞ」


 鞄に荷物を詰め込むと、牛尼は語りだした。


「そもそもの話、私の……私達の無責任が何か罪に問われることはない。あなたはさっき、「自分の調査と推理の末に見出した相手の無責任さを本人に直接語って聞かせ、認めさせる。それだけが目的」と言った。真実をひたすら追い求めているようで聞こえはいいかもしれないけど、相手を罪に問えないんじゃ、ただ屈辱的な負け戦を繰り返しているだけじゃないの。賢いあなたがそんな無意味なことをするとは思えない。あなたには別の目的があるんじゃない?」


「……何だと思いますか」


「魁くんに、よろしく伝えておいてくれないかしら」


 そう言って牛尼は席から立つと、踵を返した。

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