「卯月さんが犯人……」
遺書を読み終えたぼくは絶句した。
よくよく考えてみれば、確かに岳飛さんの発言や財布の置き場所は露骨過ぎた。それらは全て、妹を庇うためであったのだ。
そしてもう一つ。
真理花はいち早く事件の真相に辿り着いてしまったが故に、岳飛さんに殺されることになってしまったのだ。……ぼくが彼女を捜査に誘ったせいだ。ぼくが小説内の探偵の真似事をしたせいで、下らない好奇心を働かせたせいで、真理花は死んだのだ。
「それで、お前はどうするんだ」
冷たい口調で猿渡さんがぼくに語り掛ける。
「変に事件に首を突っ込んで真犯人の小娘の自供する機会を奪い、共犯者の見え透いた罠に引っかかった挙句、小娘の自殺を招いた。どうせガールフレンドもお前がそそのかして探偵ごっこに付き合わせたんだろ。小娘もガールフレンドも、お前が殺したも同然だ」
猿渡さんはぼくの胸倉を掴んで持ち上げた。息が詰まる。両足が、身体が宙に浮く。
「是非はともかく、この小娘はちゃんと自分のしたことに責任を取ったぞ。お前はどうするんだ。え? どう責任を取るんだ。エリート坊ちゃんよ」
責任。
一介の大学生のぼくにはそれを取れる力はない。せいぜい誠心誠意、卯月さんの家族や真理花の家族……真介に詫びることしかできない。しかし猿渡さんはそんなぼくの考えを見透かしたかのようにそれを否定する。
「おっと、遺族に謝罪しようたって無駄だ。どうせ誰もお前の謝罪なんか受け入れやしない。誰もお前を許さない」
猿渡さんが放るように手を離すと、ぼくの身体は頭からバスタブに突っ込んだ。バスタブ内の液体……卯月さんの血が全身を包み、口内に浸入する。不快な味がした。頭をバスタブの縁か底に打ち付けたために意識が朦朧としたが、それでも新鮮な空気を求めてもがき、何とか血溜まりから顔を出した。
「責任の一つ取れねえようなガキが、大学生なんざ名乗るんじゃねえよ」
息を切らすぼくにそう吐き捨てると、猿渡さんはバスルームから出て行った。
呆然とする中でふと壁に貼り付けられた鏡を覗くと、そこには血にまみれたぼくの姿が映っていた。まるで、ぼくにまとわりついた罪が形として現れているかのように。
卯月さんの遺体と共にその場に残されたぼくは、そのままのバスタブから出ることなく、ただただ後悔と罪悪に苛まれながら、ようやく眼から溢れてきた涙を流すことしかできなかった。