咲良から呼びかけられた支援のお願いに対し、チャット欄では冷たい空気が流れる配信。
そんな中、ぴこんという気の抜けた音を立てて唐突に投じられた真っ赤なチャット。
【五万円が上限だったので取り敢えず。後で幸福会に直接寄付します。無理せず頑張ってください】
視聴者が配信者へ任意の金額を送金できるギフティング機能、スーパーチャット。
その上限額で購入された赤い文字列が固定される。
『――あれ、スパチャ……? このアカウント、収益化されてたんだ……』
それを受け、咲良はこの配信で初めて狼狽えた姿を見せた。スーパーチャットが届くことは彼女も想定していなかったらしい。
『えーっと、赤スパせんきゅー……。うん、やっぱり慣れないですね、すみません……。あの、ご支援ありがとうございます。もし他にも支援していただける方がいらっしゃったら、幸福会の寄付受付ページがありますのでこちらから――』
改めて寄付の方法を説明しようとする咲良だったが、その間にチャット欄には更に二つの赤スパが効果音と共に追加される。
【こちとら小遣い十ヶ月分だぞ! ありがたく遣いやがれ! ちくしょうめ!】
【お金払うので代わりに今度直接事情説明を要求します。気弱な友人より】
立て続けに寄せられたそんな文章に対して、咲良は目を丸くする。
【以前、あなたに助けていただいた者です。その節は本当にありがとうございました。寄付があなたの力になるのなら、今度は私が助ける番です。お受け取りください】
【瓦礫に潰されそうだったところをありがとうございました】
【先日は助かりました。あなたのように人を助けられる警察官を目指します】
【我々はあの日あなたに救われたことをいつまでも忘れません】
そして堰を切ったように次々と寄せられるスーパーチャット。チャット欄が真っ赤に埋め尽くされるその光景を前にして咲良は言葉を失った。
【以前の感謝を伝えられないままもやもやしていたので本日の配信は助かりました】
【以前うちの猫を見つけてくれたお嬢さんですよね、ありがとうございました】
【お陰様で祖母は元気です】
【昔不良に絡まれているところを助けられました】
【あなたの姿に勇気づけられました】
それはこれまで彼女の手で救われてきた者達の感謝。そして激励。
特殊な力があろうが無かろうが、彼女は彼女の生き方をする。そんな彼女のこれまでが一体どれほど人々を救いどれだけ心を動かしてきたのか。
彼女自身には自覚が無い。
自分が正義だとは思っていないと彼女は語る。
しかし実際に彼女と出会った者達にとっては紛れもなく、彼女は正義のヒーローだった。
◇◇◇
「……甘く見ていたか」
最終的には視聴者数一千万人越えという馬鹿げた規模にまで膨れ上がった配信の画面をブラウザごと閉じて、私は深々と息を溢した。
悪手だと思っていた。下策だと思っていた。
しかし彼女はそれまで批判的だった空気をひっくり返し、多くの聴衆を味方につけ多大な支援を勝ち取った。
前提や思い込みを覆して人を惹き付ける魅力が彼女にはあった。
そして彼女はこれまでも私や社会が認知しないところで大勢の人々を救い惹き付けてきたのだろう。
その結果が今であった。
見誤っていたと、素直に思う。
彼女は紛れもないヒーローだった。
そして紛れもなく、私達の敵だ。
たった数時間の配信を経て、彼女は今や私達の計画を脅かす、放置することなど看過できない大きな敵へと変貌していた。
「最も嫌いなタイプだ――だからこそ最早、容赦はしない」
彼女はヒーロー。
そして私達は悪の組織。
正面からぶつかることが、運命というものだ。