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第26話

 私は安泰世界のオフィスにある個人用の執務室で、仕事用の端末を使用してその配信を眺めていた。

 正義のヒーロー、その中身による配信。

 私にとってそれは、白いヒーローの中身はこんな名前の少女だったのかという知見が目新しいくらいの、特に心惹かれない内容だった。


『――つまり、具体的には、幸福会への寄付をお願いしたいということです』


 それは配信で視聴者に支援を呼びかけ頭を下げた鈴桐咲良がチャットで「支援とは具体的に何なのか」を問われて答えた彼女の台詞だった。

 途端にチャット欄には様々な声が書き込まれる。


【何の為に?】【なんで金が必要なんだよ】【その特別な力でお金作っちゃえばいいんじゃないですかね】【結局金目当てか】【なんだかがっかり】【素直に失望】【駅前で変身しておひねりもらってこい】


 書き込まれるのは殆どがそんな反発的なチャットだ。


「……悪手だな」


 頬杖をついてディスプレイを眺めていた口からそんな呟きが漏れる。

 あのヒーローが使う力も崩壊左衛門のものと同じように貨幣価値とエネルギーを相互変換するものであろうから、私達との決戦を見越して金を集めようとするのは理解できる。

 しかしその手段としてのこの配信は、下策も下策だ。

 確かに世間の注目度もあって配信の視聴者は今も増え続けてはいる。しかしヒーローの名は今や一つの悪名だ。

 この一週間で形成された世論はヒーローに対して徹底的に批判的であり、この配信でも常に暴言や誹謗中傷が飛んでいる。

 そんな状況で頭を下げて支援を呼びかけたところで、応える者など誰もいないだろう。それどころか、更なる反感を買ってヒーローの名が地に落ちるだけだ。

 人々がヒーローへ向ける失望や憤懣といった負の感情は私にとっては望ましいもので、この配信もそういう意味ではありがたい。

 しかし、どうにも拍子抜けというか、期待外れだという思いが拭えなかった。

 こんな単純で稚拙な方法で反撃を試みてくるとは。

 私はヒーローを買い被っていたらしい。

 私自身が付けた彼らの呼び名のイメージに、私自身も引っ張られていたということか。

 思わず漏れ出てくる自嘲を抑える必要性を、私は認めなかった。


 ◇◇◇


「――面白いことを考えるね、君は」


 スマホに映った咲良の顔を見て、僕は笑うしかなかった。

 まず初めに、まさかここまで思い切った大胆な行動に出るとは、という驚き。僕はまだまだ彼女のことを見誤っていたらしい。

 そして、確かに咲良らしいかもしれないな、という納得感。こんな方法を思いついてかつ行動へ移す度胸は確かに彼女らしい。

 採算とか成算とかそういう勘定を咲良はまったく気にしない。心に生まれた衝動のまま動く彼女は、僕が当然考えるようなあれこれを初めから一切無視して動く。

 そのせいで色々手回しやらサポートやらが必要になって僕がただ働きする羽目になったりすることも多いのだけど――けれど彼女にしかできない行動だからこそ、彼女でしか実現できないような結果を引き寄せることもある。

 それを知っているから、咲良という少女を知っているから、僕はこれを分の悪い賭けだとは思わなかった。

 まあ、僕に何の相談も無くこんなに堂々と素性を明かしたことについては今晩説教が必要だろうけど。


『――私達の力はお金とエネルギーを交換できるようなシステムなので……。えっと、説明が難しいんですけど、とにかく、皆さんからご支援をいただければ、それがアンチ・ワールドの企みに対抗する為の力になるということです』


 案の定飛び交う咲良への批判的な意見に対して、彼女は一つ一つ応えていく。


【金を払わないと戦わないってことかよ】


『いえ、別に力が使えなくても立ち向かおうとは思いますが……。ただその場合彼らの行動を止められるか自信が無いので、力を貸していただきたいんです』


【富士山の時は大勢犠牲者出した癖に、何偉そうなこと言ってんの】


『そうですね……。確かに私は未熟ですし、皆さんをどんな場合でも必ず守れるなんてお約束はできません。偉そうな言葉かもしれません。ですが私は、できるはずだった事をできなかった後に悔やみたくないんです』


【寄付したとして、そのお金がちゃんとアンチ・ワールドとの戦いに遣われる保証はあるの?】


「保証はできません。実際、アンチ・ワールドとの戦い以外に遣ってしまう分も出てくると思います……。ですが、私は必ず皆さんに胸を張れるお金の遣い方をすると、約束します」


【そもそも、自分のことは正義でもヒーローでもないって言ってなかった? 自分のやりたいことの為に力を使ってるんでしょ?】


『その通りです。私には自分の行いが正義であるか悪であるかに関心はありません。誰かが後で決めてくれるものだと思っています。私は単純に自分がやりたいように生きているだけです。いつだって目の前の人に胸を張れるよう生きているだけです――そしてだからこそ、アンチ・ワールドの活動を黙って見ていることは、私にはできません』


 不特定多数から浴びせ掛けられる遠慮の無い悪意すらこもった言葉の数々に、咲良は真っ向から真摯な態度で向き合っていた。


 ――仕方ないな。


 咲良からお小遣いをねだられて跳ね除けることは僕にはできない。

 直接咲良の個人ウォレットに送金しても良かったのだけど、ここはライブ配信の流儀に従うとしよう――いや、上限五万円までしか贈れないのバグだろこれ。

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