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第25話

 思い立ったが吉日とばかりに咲良が思い切りよく始めたその配信は何の告知も無く唐突に始まったにも関わらず開始数分で同時接続者が数十万人を越え、その勢いは衰えることなくむしろ増大して、視聴者を増やしていった。

 視聴者がSNSなどで拡散を繰り返し、注目の波は瞬く間に広がっていく。

 そんな熱狂とも言える興奮はむべなるかな。

 日本中の誰しもがその動向に興味を抱き注目の的であった正義のヒーローを名乗る少女がその素顔で始めた配信。

 しかも配信中に視聴者のチャットに応えてヒーロースーツ姿に変身したとなっては、確認しないわけにはいかない。

 そういうわけで等比級数的に視聴者数が増えていく咲良の配信。

 使用しているアカウントは幸福会の公式アカウント――普段は玲門が「精神を健全に育てる筋トレ動画」を継続的に投稿して一部のコアな支持を得ているだけのアカウントだった。配信を始める前は千人にようやく達したばかりだった登録者数は瞬く間に一万を越え、こちらも続々と増加している。


『――えーっと。……ちょっと視聴者の方がすごい勢いで増えてますね。もう一度自己紹介した方がいいかな……。ていうか、ちょっと落ち着くまで待ちましょうか』


 特注スーツは身に纏ったままヘルメットだけ外した咲良は困り顔をカメラに向けて覚束ない口調で言う。


【流石にこの勢いだと待っても同じなんじゃないか】【時間の無駄、早く本題入れ】【コメントに書いて固定すれば】【誰か最初の自己紹介部分切り抜きよろしく】


 怒濤の速度で流れていくチャット。顔をしかめてそれを追いかける咲良の姿。


『んー……? なになに、プロフィールだけスライドにまとめて画面に出してろ? ……それってどうやるんですか? 私、配信初心者なんです、すみません』


【ヒーローの力で上手いことできないの?】


『えー? できるかなぁ、やったことないけど……。まあ一回試してみるか――あ、できたや』


 そんな調子でチャットの手助けもありながら進行されていく配信。視聴者数は既に八十万人を越えていた。


『――まあ取り敢えず、最後にもう一回だけ自己紹介しておきますね。……改めまして、鈴桐咲良と申します。東京都在住で女子高生やってる傍ら、アルバイトで幸福会っていうNPOの職員もやってます。ああ、はい、皆さんの仰る「正義のヒーロー」でもありますね。……あ、黄色い方じゃなくて白い方ですよ。間違えないでくださいね、絶対』


【高校生なのかよ】【NPO?】【けっこう可愛いですね】【なんで急に配信始めたの】


『えーっと、そうですね。この配信はですね。皆さんに私達のことを分かってもらう為に色々疑問にお答えした方がいいのかなと思って始めました。あと、皆さんにお願いしたいこともあったので』


【ヒーローって何人いるの?】【今更出てきて何様のつもり?】【今まで何人の怪人を倒しましたか】【柊木って人とは知り合い?】【必殺技とかありますか?】【学校どこ?】【富士山噴火の犠牲者達へ一言お願いします】【ヒーローの名前とかないんですか?】【アンチ・ワールドは何がしたいんですか】【総理大臣直轄の極秘部隊って噂は本当ですか?】【このチャンネルでこれまで投稿されてる変な筋トレ動画はなんですか】【生まれたときから超能力を持ってたの?】【どうやったらヒーローになれますか】【地球人ですか? 宇宙人ですか?】【どうして今まで隠れてたの】【ヒーローものの特撮とかアニメ見ますか】【一般人のことをどう思ってますか?】【あなたにとっての正義とは何か教えてください】【秘密基地とかメカとかありますか? 見せてください】【彼氏いますか】【幸福会というのはどんな法人ですか? どうしてそこでアルバイトをしているんですか?】【テレビの取材とか無かったんですか】【あなたは私達の味方ですか?】【好きな食べ物を教えてください】【正義のヒーローが〝他称〟ってどういうことですか】


 疑問に答えるという咲良の言葉を受けてチャットは質問の山で埋め尽くされる。

 純粋にヒーローやアンチ・ワールドについて訊ねる質問から憶測や噂に基づいた質問やプライベートな質問まで、様々な問いが一斉に投げかけられる。

 配信画面に映る咲良はそれを見て圧倒されたように苦笑いを浮かべた。


『うわー……。これ一つ一つ答えるの大変そうですね。……あと、彼氏いるかとか関係あります? 好きな食べ物はハンバーグです』


 なおも飛び続ける質問を一頻り眺めてから、咲良は小さく息を吐いた。


『頂いた質問には後でできるだけお答えしていこうと思いますが、その前にいくつかお話しさせてもらった方が良さそうですね。関連する質問も結構あるようですし』


 それから咲良は居住まいを正し、真っ直ぐな眼差しをカメラへ向ける。


『まず初めに、私達は最近皆さんから「正義のヒーロー」という名前で呼ばれていますが……。私自身は、自分のことを正義だともヒーローだとも思っていません。私はただ自分がやりたいことをやりたいようにやっているだけです』


 ゆっくりと、けれどもはっきりとした口調で語り始める咲良。それは数十万を越える人間から衆目を集めている少女にしてはあまりにも堂々とした態度で、様々な意見や興味をぶつけられながらもまったく動じていないことが見受けられた。


『私がアルバイトをしている幸福会は大宇宙救済解放幸福丸という異次元生命体が代表を務めている組織でして、私の超常的な力はそこで預かったものです。幸福会の組織としての目標は世の中を幸福にすることで、これはその為の力ということになります。けれど私としてはそんな大それた目標は大して重要でなくて、自分のやりたいことにその力を使わせてもらっているような感じです』


 唐突に出てきた「異次元生命体」という興味深い単語や一度では上手く聞き取れないような人の名前にチャットはざわつくが、咲良は「その辺はまた後で細かくご説明しようかと思います」として話を続けた。


『幸福会には私以外にもあの黄色い服の人とか、他にも何人か所属をしているので、そういった意味では何人か仲間がいます。ですが活動の仕方は結構人それぞれですし、他の仕事と兼業している人とか幸福会の活動が副業になってる人とかもうほとんど隠居している人とか色んな人間で構成されているので、基本的にはみんなバラバラに行動しているような状態です。なので結びつきの強くない緩やかな集団です。……そうですね、私はまだ高校生なので単なるイメージに過ぎませんが、大学のサークルみたいな感じだと思います』


 いつの間にか視聴者数は百万人を越えていた。けれど咲良に萎縮する様子は見えない。


『一方で、あの柊木という男の人やアンチ・ワールドという組織のことは私にはよく分かりません。私は柊木さんとは会ったことがないので。……ただ、恐らくアンチ・ワールドに所属していると思われる少女とは対峙したことがあります。私が使っているのと同じような力を振るっていたので、多分アンチ・ワールドにもうちの幸福丸のような異次元生命体がいるのだろうと思っています。ただの推測ですが』


 自分の想像に過ぎない部分はしっかりとそれを申し添えて咲良は語る。


『アンチ・ワールドの目的は私にも分かりませんが、きっと柊木さんがテレビ放送をジャックして語った「世界の敵」という言葉は嘘ではないのだと思っています。そして柊木さんは、これから先、富士山の噴火以上に社会を混乱させるような何かを計画しているのではないかと思っています。これも私の想像に過ぎませんが――ただ、彼が放送でヒーローに対して宣戦布告をした以上は、私と彼らの間で衝突は避けられないのだろうという予感があります』


 そこで一度咲良は言葉を切って、ふうと小さく息を吐いた。

 そして再度息を吸って、力強い視線でカメラを――その先の人々を見る。


『彼らが誰かを不幸にするつもりなら、私はそれを止めたいと思っています。ですがその為の力は十分とは言えません。なので、皆さんにお願いがあります』

 そして咲良はそこで、顔がテーブルと平行になるほど頭を下げた。彼女の唐突な振る舞いに視聴者達は意表を突かれた。


『――どうか、皆さんのご支援をいただけないでしょうか』


 深く頭を下げたまま、彼女は真っ直ぐな言葉を伝えた。

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