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第22話

 柊木亜心によって引き起こされた富士山の噴火による影響で、不謹慎ながら僕が営む何でも屋は休む暇も無いほどの大盛況だった。

 火山灰のせいで外出が難しい中で物資が枯渇し困っている家庭からの救援要請、どうしてもすぐに届けなければいけない荷物の配達、噴石で穴の空いた屋根の修理、瓦礫の撤去――何でも屋【地獄の沙汰】は大忙しだった。


「――けど、珍しいね。咲良が僕の仕事を手伝ってくれるなんてさ」

「……うん」


 通行止めになっている国道で、路面清掃車では太刀打ちできない高さにまで積もった火山灰を除去する為に手作業で灰をかき分けながら。僕は隣で同じ作業をしている咲良に話しかけた。


「人助けでお金をもらうのは気が乗らないんじゃなかったのかい?」

「……家でじっとしてるより、気分が紛れるから」


 ゴーグルと防塵マスクで顔を覆った彼女の表情は読めなかったけれど、くぐもった声からはかなりの気落ちが感じられた。

 富士山が噴火してから、咲良はずっとこんな感じで元気が無い。思い詰めていると言ってもいい。

 原因は分かっている。だから、この会話も今まで何度も繰り返したものだ。


「――別に、咲良が何か気に病むようなことは無いよ。あの日のことは、仕方が無かった」

「……でも、目の前で救えなかった人が沢山いた」

「人間生きている以上は、色々ある。どうしようもないことだって山のようにある。過ぎた事をいつまでも引きずったって良い事は無い」

「……まだ、たった一週間だよ」

「けど、いつかは前に踏み出さないといけない。どんな時でも時間は変わらず過ぎていく。割り切らないとね、何事も」

「……弥生はきっぱり割り切りすぎなんだよ」


 非難するような口調の彼女だったけれど、僕が悪びれることは無い。悪いだなんて思っていないからだ。


「そりゃあ僕にとって基本的に大抵のことはどうでもいいからね」

「……人でなし」

「何と言われようと、それが僕だ。多様性を許容して欲しい」


 世の中には色々な人間がいる。単純に、それだけの話だ。


「僕は今の生活さえ守れれば、後はお金以外何も要らない。人生に多くは求めていない」

「……守銭奴」

「それが僕だ」


 金で買えないものは無い。この世は金で解決できる。地獄の沙汰も金次第。

 つまりお金は大切なのだ。

 そんな僕の一貫した返答に嫌気が差したのか、咲良は防塵マスクを被ったまま大きく息を吐いた。


「……弥生ってさぁ、昔はそんなんじゃなかったよね。どうしてこうなっちゃったの」

「昔の度合いによるよ。僕だって流石に、純真無垢な赤子の頃から金に染まってたわけじゃない」


 けれどまあ確かに、幼少期の僕はお金に対してむしろ嫌な印象を抱いていたように思う。父親は母親によく経済的DVをしていたので、それを見ていた幼い僕はお金が不幸を生む象徴に思えていた。

 いや、お金が人を不幸にするという一面は事実だ。今でも僕は否定しない。

 ただ、お金が人を幸福にすることもあるということを知っただけ。


「お金という概念は人間が作り出した発明だ。当然赤子には分からない――けれど社会で生きる内に自然と誰しもに染み付く。お金が無くてはこの社会で生きていけない」


 わざわざ語るまでもない。人々が歴史を積み重ね、世界をそういう形にした。


「僕はね。お金が、所詮は人が生み出したものでしかないからこそ親しみを持てる。そして同時に、全人類で共用できる価値尺度だから好きなんだ」

「……どういう意味?」

「人生においてかけがえの無いものを見つけ、実感できるのも、お金があるからこそだってことさ」


 金に糸目は付けない、いくら払っても惜しくない――そんな感情はお金の価値を理解しているからこそより重いものになる。本当に大切なものを、強く実感できる。お金は、この世界で価値を計る為の大切な尺度だ。


「咲良が目の前の人を救うことへ必死になるがあまり採算を度外視することは僕にとって中々理解が難しいけれど……、咲良が誰かを救うことに対してそれだけ本気なのだということは、お陰で理解できる」


 人の気持ちを推し量ることは難しい。人の気持ちは目には見えない。

 しかし人がそれにいくら支払うかで、その人の本気度を知ることはできる。その人にとってどれだけ大切なものなのかを実感できる。


「お金には人の想いが乗っているんだ。特にこうやって汗水流した後にもらうお金は最高だね。言葉が無くとも、感謝されている気分になるからね」

「……弥生も、人から感謝されることは嬉しいんだ?」

「されないよりはされる方がいいさ」


 口を動かしながらも手も動かしていたお陰で、この辺りの火山灰はだいぶ片付いた。

 この分だと、予定より広い面積から灰を除去できるだろう。


「咲良があの日救った人達も君に感謝しているはずだよ。幸福丸から、あの日の分の報酬ももらったんだろう?」


 幸福丸のことは好きでも嫌いでもないけれど、K3システムについては気に入っているところが一つある。

 それは、自分が関与した相手の幸福度がポイントという尺度で数値化され還元されるということだ。

 何もかもが曖昧なこの世界で、人の心を見えやすくしてくれるこの仕組みは気に入っていた。


「……私は別に、報酬が欲しくてやってるわけじゃないし」

「頑固だね」


 思わず苦笑いが漏れる。そんなことだから咲良はいつまでもバイトの収支がいってこいなのだ。

 けれどそれが彼女らしさであるということには疑いの余地は無く、それでこそ彼女は僕にとってのかけがえの無い存在なのだった。


「ま、僕の仕事を手伝ってくれた分の報酬はしっかり受け取ってもらうよ。お金なんて、いくらあっても困るものじゃないんだからね」


 どうせこの先必要になる。

 咲良が咲良である限り。

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