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第20話

 宣戦布告とデモンストレーションの為の放送ジャックを終えて。

 満足げな顔でテレビカメラの撤収作業に移っていた柊木の下へ、盛大な黄色い旋風が突撃した。


「――悪は決して見逃さない、レイモンジャー参上ッ! 拙者は正義のレイモンイエローッ! レイモォン・ニィドロォップッ!! イェッ!!」


 瞬時に柊木は後方へ跳び、その僅かコンマ数秒後、彼のいた場所へ正義の膝が突撃した。

 豪快な音を立てて粉々に破壊される中継機材。テレビカメラもレンズから地面に落下してガラスの割れた音が響く。

 そしてそんな破壊の中心で、ゆっくりと立ち上がった玲門は柊木に右手の人差し指を突きつける。ずびしっ! という効果音が聞こえてきそうなくらい強烈で芝居がかった所作だった。


「ミスター柊木ッ! テレビ放送見させてもらった! 故に拙者はここにいるッ! 貴様の悪行もここまで、ダッ!」

「……やれやれ。どれも高価な機材だというのに。弁償の請求先は、幸福会とやらでいいのかな?」

「日本の象徴フジヤマッ! 人々から愛されてきた霊峰を踏みにじって皆を威圧するその不届きはテンミリオンッ! 言い訳用無し縛に就けッ!!」

「なるほど、破壊子ちゃんの言う通りだ。本当に、人の話を聞かない」

「人は誰しも誤るものだッ! しかし貴様は少し違うな、根本的に誤っているッ! あまり拙者に自信は無いぞ、貴様を上手く救ってやれるかッ!」

「……そして暑苦しい男だ、君は。正直、苦手なタイプではある。彼女が嫌うのもよく分かる」

「レィモン、レィモン、レィモン……レイモォン・ミサイルキィーッ!!」

「少し静かにしたらどうだ」


 両脚を揃え足の裏を柊木へと向け、一直線に突っ込む玲門。

 そんな彼の身体を丸ごと巨大な氷塊が呑み込む。

 地上から突如として生えた氷山。

 冷たく硬い壁の中に閉じ込められた玲門は、動くことも言葉を発することもできない。

 そして訪れた静寂の中で、柊木は小さく息を吐く。


「君のような馬鹿が、私は一番嫌いだ」

「――カァキゴォリィーッ!!」


 静寂が訪れたのも束の間、内部から氷山を砕いた玲門が大声で吠える。


「ファーッハッハッ! 夏祭りには少しばかり気が早いのではないのかねッ? ミスタァーッ、柊木ッ!」


 大の字に両腕両脚を突き出して勢いよく飛び出してきた彼は地面に着地し柊木を見やった。


「拙者の熱き正義の魂は、こんな氷程度で冷ませはせぬぞッ! ウーム、そうッ、燃えているッ! 拙者は熱く燃え滾っているのだよ、貴様の非道な行いにッ!」


 粉々になって身体に付着していた氷をぱっぱと手で払う玲門。

 そんな彼の姿に冷たい視線を向けていた柊木はため息でも溢すように投げやりな口調で呟いた。


「……破壊子ちゃん、やれ」

「言われずともやるってのぉッ!」


 中腹で砕けた氷山の陰から飛び出した破壊子ちゃんが声を荒げて、玲門を背後から殴り飛ばす。その一撃は彼の後頭部へとクリーンヒット。頭部を守っていたヘルメットがひしゃげ、音を立てて破砕する。


「ぶふぉらっしゅッ!」


 彼は堪らず前のめりになって顔から地面へ突っ込んだ。

 そんな彼の後頭部へ目掛けて破壊子ちゃんの追撃。両の拳を交互に何度も打ちつける。

 彼の頭部を守っていたヘルメットは既に拳の形で陥没し、バイザーにはひびが入っている。


「破壊・破壊・破壊ッ! この真っ黄色勘違いゴリラがぁッ! バナナの皮で足滑らせて後頭部ぺちゃんこにして死ねぇッ!!」

「ぐぬぅっ、ぶふぉ、ふぉおッ……! 不意打ちとは感心しないな、デストロちゃんッ……! 拙者への熱い想いは嬉しい、ガッ……!」

「――だぁれがデストロちゃんだぁーッ!!」


 咆哮と共に振り抜かれた渾身の一撃をまともに喰らい、玲門の頭部が地面へとめり込む。

 しかし、彼は動きを止めなかった。


「――べっふぉーいッ! やるではないか、良い拳だッ……! しかァし、拙者も悪に負けてやるわけにはいかんぞッ! 全力全開の正義を見せてやろうッ!!」


 口、鼻、額、至るところから血を流しながら、されども力強く玲門は立ち上がった。

 そして拳を握り締め、身を屈め、全力を溜め込むように唸る。


「レィモン、レィモン、レィモン……」


 しかしそんな彼の身体はそこで不意に揺らいで、がっくりと両膝をつき、崩れ落ちる。


「――がはっ……!?」

「悪いが、いつまでも君の相手をしてやれるほど、私は暇ではない」


 力無く倒れ伏す玲門を感情の無い瞳で見下ろしながら、柊木は底冷えのする声でそう言い放った。


「両手両脚の腱と骨、それから内臓を少々破壊した――殺してしまってはそれ以上の絶望を回収できないからな。まったく、社長に気を遣うサラリーマンは疲れるよ」

「ば、か、な……」


 黄色いスーツを赤に染め、玲門の身体はその場へ沈んだ。破壊子ちゃんはまだ煮え滾る心が収まらないのか、そんな彼の頭部を執拗に踏みつけ続ける。


「壊れろっ! 壊れろっ! 壊れろっ!」

「……破壊子ちゃん、その辺にしておけ。自信と活力に満ちたそいつを絶望に染め上げれば、かなりのダークエネルギーが生まれるだろう。今殺すのは勿体無い」

「〜〜ッ! あーっ! むしゃくしゃするッ!」


 柊木にたしなめられ、破壊子ちゃんは最後に一度だけ玲門の顔面を蹴り飛ばしてから、恨めしげにその場を立ち去った。


「……ぐ、ぐぁあ……」


 地べたにへばり付いたような状態で苦悶の声を上げる玲門。

 そんな彼に、柊木は言う。


「まったく、馬鹿な男だ。結局お前は目の前のものしか見えていない。いや、見ようとしていない、自分が信じる正しさ以外はな。実に愚かで、馬鹿な男だ」

「なん、だと……?」


 立ち上がる力を奪われ、けれども未だ力が失われていない瞳で玲門は柊木を見上げる。

 そんな彼に背を向けて、柊木もその場を去っていく。

 お前のことなどどうでもいいと言わんばかりに。


「私達との戦闘ではなく人命救助の道を選んでいれば、助かった命も多少はあっただろうにな」


 投げ捨てるように放たれたそんな言葉に、玲門が目を見開く。


「私も人死が嵩むのは本意ではない――絶望を育む土壌が失われることは、残念に思うよ」


 やがてその場には、耳が痛くなるような静寂だけが残った。


 ◇◇◇


 雁ノ穴火口付近、北富士演習場の敷地内で自衛官達を噴石から救った咲良はその後すぐに直近の市街地へ瞬間移動して、屋根へ道路へ駆け回っていた。

 噴石の飛距離は大体二キロメートル〜四キロメートル。風に乗って何百キロも移動する火山灰ほどには広範囲への被害をもたらさないが、それでも火口からほど近い富士吉田市に住む人々にとっては十分過ぎる脅威だった。

 時速三百キロ近くの速度で落下してくる噴石は家屋の屋根など容易く貫通する。よほど頑丈な建物の中にいない限りは、ただただ天に祈るしかない。

 人は無力だ、ただひたすらに。


「範囲が……っ! 広すぎるッ!」


 次々に飛来する天然の弾丸に一人で立ち向かっていた彼女はそうほぞを噛む。

 彼女一人の力には限界があった。

 いや、そもそも人の身で災害へ抗することに無理があった。例え彼女がK3システムという超常の力を手にしていても。

 彼女が一度に認識できる限度を超えた広範囲で、認識できる限界を超えた速度で降り注ぐ無数の飛礫を防ぎきることなど不可能だった。

 精々が自分の周囲へ落下する噴石を弾く程度。それでも人の身を超えた御業ではあるが、この事態を乗り切る為にはまったく足りない。

 彼女の手の届かないところで――けれどももう少しで手の届きそうなところで、無慈悲な蹂躙は進行していく。


「きゃあッ――」


 不意に聞こえた悲鳴に目を向けると、屋外を逃げ惑っていた女性の胸部が吹き飛ぶ瞬間だった。

 他にも、路上には既に夥しい数の死体が転がっていて、至る所で血溜まりが出来ている。

 最初の噴火の音に驚き何事かと外へ出てきた人々がまとめて岩石の雨に打たれたのだろう。

 救えない。目の前で、声の聞こえる距離で、人々が死んでいく。

 これほど残酷なことが他にあるだろうか。


「――くっそぉぉおおおおおおッ!!」


 容赦無く救いも無く蹂躙されていく街の中で。

 一人の少女の慟哭が非情な空へと響いた。

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