富士山の火口は何も山頂に存在するものだけではない。どころか、歴史を振り返れば山の側面や麓から噴火を起こした回数の方が遙かに多いということが研究の結果分かっている。火口というものは一つの山に一つだというのは、楽観的というよりももはや現実逃避の部類に振り分けられる思い込みなのだ。
歴史学的・地質学的研究を推し進めた国が予めハザードマップの策定を通して想定していた富士山の噴火口は、合計で二百五十二カ所。
今回アンチ・ワールドの柊木亜心によって火を噴いたのはその内の一つ、雁ノ穴火口と呼ばれる地点だった。
山頂から北東方向におよそ十キロメートルほど離れたその火口は、多くの住民が暮らす市街地までの距離、僅か二キロ未満。噴石や溶岩流による市民への被害が特に警戒されていた火口であった。
陸上自衛隊の北富士演習場の敷地内でもあるその火口付近には、現在たまたま十数名ほどの自衛官が訓練の為に居合わせていた。
「た、退避! 退避ーッ!」
演習中で当然テレビなど見ていなかった彼らは、柊木亜心による放送ジャックのことなど知る由も無い。
ただただ唐突な災厄として、目の前で起こった富士山の噴火という大自然の威容に圧倒されていた。
火口から噴出する溶岩は視覚的に恐怖を大きく煽るものの、流れ出る速度を踏まえれば喫緊の脅威と言うほどではない。
それよりも問題なのは、空から無数に降り注ぐ噴石だった。
迫撃砲の砲弾を思わせる勢いで地面へと突き刺さるそれは、一つ一つの大きさが三十センチを超えている。こんなものが直撃すれば、人体など原型を留めていられない。居合わせた彼らは混乱する頭の中でその認識だけは共有していた――だからと言って、対策として取り得る手段など高が知れていたのだが。
「い、一曹! 一体、どうすれば――」
「とにかく頭を守って走れ! 走りながら祈れ!」
国を守る為に日頃から様々な訓練を積み重ねている彼らでも、この場では無力であった。大自然による暴力は、人間を圧倒する。人の身で抗することなどできない。
噴石による被害は火口に近ければ近いほど甚大なものになる。遠距離を飛来しない大きな噴石がまるで絨毯爆撃のように辺りを更地にしてしまう。
運悪くそんな集中砲火地帯になってしまった場所で、唐突に現実のものとなった地獄絵図に自衛官達は死を覚悟する他なかった。
「へ〜んし☆んッ!」
直後、一陣の風が彼らの頭上を薙ぎ払う。
そして彼ら目掛けて降り注ぐはずだった噴石がその周囲に次々と落下する。
事態が把握できずにたじろぐ彼らの傍に、上空から白い人影が着地する。
「――皆さん、近隣に住む方々の避難誘導をお願いします! 私一人では、手が足りませんっ!」
それが近頃世間を賑わせる正義のヒーローの姿であるということは、考えるまでもなく分かった。
そして切羽詰まった様子の少女の声に、彼らは一斉に頷く。
彼らもまた国を守るヒーローであり、今この場で何を為さなければならないのかも、考えるまでもないことだった。