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第18話

 それは最初、ただのニュース番組のはずだった。

 この一週間程度ずっと同じ話題で同じような事ばかり言っているテレビにはかなり飽き飽きした気分になっていて、私はその内容をろくに聞いていなかった。

 ただ姉貴が夕食後にダイニングでポテチを食べながらだらだらとテレビを見ていたせいで耳に入ってくるだけのニュースの音声。

 どうせ今日も新しい情報は無いだろうと思っていた――そのはずだった。


『――失礼、不躾で失礼しますが、放送をジャックさせていただきました。私は秘密結社アンチ・ワールドの幹部、柊木亜心と申します』


 不意に放送が不自然な途切れ方をして、明るいスタジオから暗い野外の映像に切り替わる。「えっ? なに?」という姉貴の呆気にとられた間抜け声で引っ張られて、私もテレビに目を向けた。


「……こいつ」


 画面中央で立つ男に、私は見覚えがあった。

 先週の日曜日に浅草未来街で出会った、あの不気味な男。咲良を追いかけていた私と奈留の前に立ちふさがったあの男だ。あの時は帽子でほとんど顔は見えなかったけれど、背格好や声、雰囲気で分かる。

 そして今日、その男はオールバックの頭と共に素顔を出して、先日と同じスーツ姿で堂々とテレビカメラ越しにこちらを見ていた。


『最近巷を賑わす正義のヒーロー……。先日の浅草未来街事件の際に彼らと戦っていた少女は、私達の仲間です。私達アンチ・ワールドは、彼らヒーローと対立する組織です』


 私は居ても立ってもいられない気分になり、かといって何かできることがあるわけでもなく、とにかく友人の奈留へ電話をかけた。


「――奈留! ニュース見てるか!? なんかヤバいぞ!」


 そんな阿呆みたいな台詞しか出てこない。

 スマホを耳に当てたまま、私は食い入るようにテレビの画面を見つめていた。柊木と名乗った男の持つ不思議な引力が私の意識を離さなかった。きっとこの放送を見ている人間はみんな同じようにテレビへ釘付けになっていることだろう。


『今日こうして皆さんのお時間を頂戴しているのは他でもありません。皆さんには、見届け人になっていただきたいのです。これから私がする宣言と――そしてデモンストレーションを、どうぞその目で見届けていただきたいのです』


 そう語る柊木の後ろに遠く見えるのは、夜中ということで些か見えづらいけども、富士山がその威容を誇っていた。日本人なら見紛うことは無い霊峰だ。

 なんだってそんなところで話しているんだと、不意にどうでもいいような疑問が浮かぶ。


『先日の事件だけではなく、これまでも、私達の活動はヒーローによって邪魔されてきました。煮え湯を飲まされてきたのです。ですからこの度、私達は本格的に彼らと戦うことを決めました』


 そこで一旦言葉を切って、柊木は口角をゆっくりと持ち上げた。


『私達アンチ・ワールドは、正義のヒーローに宣戦を布告します。そしてついでに、日本政府にも』


 芝居がかった口調で丁寧にはっきりと宣言されたその言葉は、また大きな事件が巻き起こることを想像させる、不吉なものだった。

 いや、今度の事件はこれまでの比にはならないほど大きなものになる――そんな予感を私は覚えた。


『――私達はアンチ・ワールド、世界の敵だ。この国の社会を、人々を、私達は害する。絶望するがいい、そして精々祈るがいい。無力な己を、正義のヒーローが救ってくれることを』


 不意に変わった口調と声色。恐ろしいという感情がまず始めに沸き上がる。

 とんでもないことが起ころうとしているという漠然とした不安感。


『楽しみだ、私達の本気にヒーローがどこまで抗えるのか――果たして何人、救えるのか』


 次の瞬間。

 柊木の背景に映っていた富士山が火を噴いた。

 暗い画面が真っ赤に、そして真っ白に塗り潰される。カメラの光量調節が間に合わない、暴力的なまでの光。

 次いで轟音。花火を間近で見た際の爆音を何倍にもしたような音に、マイクが割れる。

 富士山が噴火した。目の前ではっきりと見せつけられた非常事態。

 カメラが光量を調節し、再び柊木の顔が映る。

 真っ赤な溶岩を溢す富士山を背に負ったまま、柊木は不気味に笑っていた。


「……まじかよ」


 スマホで奈留と通話を繋いだままであることも忘れて、私はただただ呆けることしかできなかった。

 飛び散る噴石。流れ出る溶岩。人の身でできることなど精々ただ逃げることくらいだろう。

 そんな大自然の猛威を、目の前の人間が引き起こした。理屈は何も分からないけれど、そんなものは必要無いほどに明らかだ。

 柊木が持つその超常的な力は恐ろしい。

 けれどその正体不明の力より何よりも、その力を振るってこんなことを実行してしまえるその精神性が恐ろしい。

 人の皮を被った悪魔――そんな形容が脳裏を過ぎった。


『これは手始めのデモンストレーションだ。噴石と溶岩、火山灰による影響は甚大だろうが死者はそれほど出ないだろう――ただ、あくまでそれほどだ。ヒーローのお手並みを、楽しみにしている』


 そんな言葉を最後に残して、テレビの画面は元々映っていたスタジオへと戻る。キャスターが慌てた様子で何かを言っている。けれど何も頭に入ってこない。

 先程までの衝撃が強すぎて、頭が、思考が、麻痺している。

 馬鹿げている、滅茶苦茶だ。いっそ全てドッキリでしたと言われた方が救われる。なんてタチの悪い嘘なんだとは思うけれども、その方が遙かに良い。こんな馬鹿げた事態が現実なのだと言われるよりかは。

 こんな人物を相手に、一体どう抗えというのだろうか。

 正義のヒーローに縋るには、あまりにも大きな巨悪に思えた。

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