川辺には通報を受けて駆けつけた救急車が二台。僅かに遅れてやって来たパトカーが一台と、交番から出動してきた自転車が三台。そして救急車から運び出されたストレッチャーにそれぞれ腰を下ろした二人。
片方は黒いスーツでOL然とした格好の女性で、もう片方は近くの公立高校の制服を着た少女。
二人とも救急隊が用意した毛布を肩から羽織って、縮こまっていた。
「いやー、もう六月とはいえ、川に入るのは些か寒いねぇ」
「まだ下に川が流れててよかったよ、咲良。そうじゃなかったら、今頃……。考えるだに恐ろしい」
「べ、紅歌ちゃん! そんな恐ろしいこと言わないで!」
少女の傍には同じ学校の制服を着た少女が二人居て、片方の少女は川に入ったわけでもないのにがたがたと震えていた。
「全然良くない! 川で溺れている人を見つけたら、何よりもまず通報して状況を伝えるんだ! 一緒になって飛び降りるなんて、とんでもない!」
少女達の会話を聞き咎めた救急隊員が顔をしかめてそう叱りつける。
先程咲良と呼ばれていたずぶ濡れの少女は目を瞑って「すいませぇん」と反省の意を示していた。
そんな少女達の集まる車輌から僅かに離れた所へ停まる救急車。
一人毛布を被って座る女性を取り囲むようにして立っていた警官達が離れていく。簡易的な事情聴取の為に女性から話を聞いていた彼らだったが、詳しい話は病院へ着いてからすることにしたらしい。
女性も咲良も外傷などは見受けられなかったが、念の為近くの病院へ搬送されることになっていた。
警官達から解放された女性は救助された直後こそ反抗的な態度で暴れたりしていたが、今はすっかり落ち着いたらしい。
そんな彼女を目に留めて、咲良は思い出したように傍らの少女へ声をかける。
「奈留、ちょっと私の鞄貸してくれる?」
「えっ? うん、はいどうぞ」
橋の上で打ち捨てられた咲良の学生鞄を大事そうに抱えていた奈留は、彼女に言われてそれを手渡す。
咲良は自分の鞄からシャープペンシルとメモ用紙を取り出して、さらさらと何かを書き記した後メモを一枚破り取った。そしてその一枚だけ掴んでストレッチャーから立ち上がったかと思うと、OL姿の女性の下へ歩み寄る。
身体を縮めて俯く彼女に、咲良は溌溂とした声で語りかけた。
「人生って、嫌なことばかりじゃないって、私は思ってますよ」
そんな前置きの無い台詞に、女性がゆっくりと顔を上げる。
「私も以前、人生なんてどうでもよくなっちゃって自暴自棄になってた時期があるんですけど……。今はこうやって元気に生きてます」
そうやって静かに語りかける少女を、女性はぼんやりとした眼差しで見上げていた。
「私の場合は幼馴染の信頼できる人と再会してどうにかなったって感じですけど……。お姉さんにとって何がきっかけになるかは私には分かりません。でも、考え直すきっかけはきっとどこかにあるはずなんです。私はお姉さんがそれと出会えることを祈ってます」
気恥ずかしそうな笑顔を浮かべた後、咲良は先程破り取った一枚のメモ用紙を女性に手渡す。
「これ、私のアドレスです。もしまた飛び降りてしまいたいと思った時は、ここに連絡してください。こんな私でもお姉さんの話し相手ぐらいには、なれると思いますから」
そう言って彼女は女性に背を向けて、友人達が待つ元居た車輌へと戻っていく。
人生に思い悩み橋から身を投げた女性に対してかける言葉として、彼女のそれが十分だったのかはたまた足りなかったのか。それは誰にも分からない。
ただ当の女性は彼女から手渡されたメモ用紙を胸元で両手に握り締め、彼女の背中をもの問いたげな目で食い入るように眺めていた。