豪奢な天蓋、温かく柔らかなベッド。
王城に用意された寝室で目を覚ましたカネリアは、隣に裸のスフィネルが寝ていて心臓が止まるかと思った。
「――ッ!? ご、ご主人様ッ!? ど、どどど、どうしてここにッ!?」
「やっほーリアちゃん、おはよう。ようやく目が覚めたか」
「えっ!? あれ!? 一体何が……、えっ!?」
事態が飲み込めず混乱するカネリア。そんな彼女をスフィネルはおかしそうに笑って眺めている。
「取り敢えず、先に伝えるべきことを伝えておくね。王都を襲った魔人の一派は騎士団と私達が壊滅させて、今は平和そのもの。ちょっと街が荒れたり建物壊れちゃったりしたけど、まあそれくらいはご愛嬌だね。加護の炎も元通りになって、めでたしめでたし」
未だ困惑した表情ながらもスフィネルからの説明を黙って聞いていたカネリアは、彼女の言葉が終わるのを待って聞き返した。
「……加護の炎が、戻ったんですか?」
「そ。私が敵の親玉だった魔人を倒したことで、呪いが消えて元に戻ったんじゃないかな」
「……でも、炎は完全に消えていたように思えますが……。そこから、どうやって復活したんでしょう……」
「さあ。まあ、勇者の加護だからね。なんかよくわからないけどなんとかなったんじゃない?」
「……なんとか、ですか?」
「……なぁにリアちゃん。私の説明に文句でもあるの?」
「い、いえ! 滅相もありませんっ!」
スフィネルから不満げな視線を向けられ慌てて頭を下げるカネリア。
そんなカネリアにじとっとした眼差しを向け続けるスフィネルに、彼女は恐縮しきりだった。
「そ、それで、ご主人様はどうしてこちらに? 所用で出かけていらしたのでは……」
「ああうん、そうなんだけどね。ベリドートに呼ばれちゃってさぁ。王都の危機とか近衛騎士団が何とかしろよって思ったんだけど、来てみればリアちゃんが魔人に襲われてるし……。びっくりだよねぇ」
そんな台詞に、カネリアは更に身を縮こめる。一人で出歩くなという言い付けをまたしても破っていたところを見られてしまった。
叱責される。叱責では済まない折檻をされてしまう。
そんな未来を何とか回避しようと、カネリアは必死に話題を変える。
「や、やはり私を助けて下さったのは、ご主人様でしたか……! ありがとうございます」
「うんうん、そうだよぉ。勇者の複製体に過ぎないリアちゃんが、魔人を倒せるはずないもんねぇ」
子供に道理を言い聞かせるような口調でうんうんと頷くスフィネル。
そんな彼女にカネリアは重ねて問いかけた。
「……けれど、ご主人様はどうしてまた、私などを救って下さったのでしょうか」
「……どういう意味?」
「所詮私は勇者様の模造品です。それも、ご主人様をご不快にさせるような出来損ないです。私は――ご主人様に対して分を弁えぬ差し出口でご不快にさせてしまいました。そんな私を、どうしてご主人様はお救いくださったのでしょうか」
怖ず怖ずと、けれどもはっきりとした口調で向けられる問い。
それに対してスフィネルははぁと大きな息を吐いた。
「――リアちゃんさぁ。……私でも、怒ることぐらい、あるんだよ? そういうこと言われたら、ショックだなぁ、私は」
そして彼女はカネリアの瞳を覗き込む。
「助けるよそりゃあ。だってリアちゃんは、私の大切なリアちゃんだもん。君が偽物だろうが何だろうが関係無い。私にとっては大事な大事な、リアちゃんなんだよ?」
理由になっていないと、カネリアは思った。
けれど有無を言わさぬ様子で迫るスフィネルに、彼女はそれ以上何も反駁できなかった。
「ご主人様……」
ただそんな呟きが溢れるだけ。
理由は理解できないものの、それでもご主人様に必要とされているのならば、それは嬉しいことだと彼女は思った。
「――じゃあリアちゃん、お祭り行こっか!」
「え? お祭りですか?」
「うん! 黃金華の祭りももう最終日だしね。最後くらい主役が出ていってあげないといけないんじゃないかなぁ」
「私、丸二日も寝ていたんですか? 何もしてないのに……」
「ずっと寝ていて、お腹空いたんじゃない? なんでも好きな物買ってあげるよ!」
「……実は食べ物よりも、興味深い紅茶がありまして……」
楽しそうに笑うスフィネルの顔を見ながら、カネリアは思う。
取り敢えず、難しいことや細かいことを考えるのは今ではない。
今はただ、ご主人様と笑い合える時間が心地良い。
こうしている間は勇者という立場から解放される――そんな気がした。