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第8話 街を照らす炎

 久し振りに一人で眠ったベッドの温度は不自然なほどに冷たく、カネリアは最悪な気分で目を覚ました。


 昨晩は眠りにつくのにも苦労した。

 ご主人様に苦言を呈し、ご主人様を落ち込ませ、ご主人様から見放されてしまった。

 そしてそれはご主人様の為に自ら望んだ結末だったはずなのに、カネリアの心はまったく浮かばれなかった。

 窓の外は、今の心境に反して腹立たしいほどに清々しい天気。

 爽やかな風が、僅かに開いた窓の隙間から入ってくる。

 そんな薫風に撫でられて、カネリアは掛け布団を頭から被りシーツに顔を埋める。


 今日はこのままじっとしていたい。

 珍しくはっきりと逃避的な思考を固めた彼女だったが、しかし珍しく朝になっても起き出して来ない彼女に対してこれ幸いと部屋に乗り込んできた使用人達が、恐るべき手際で支度を済ませてしまう。

 あれよこれよという間に領主として整えられた彼女は、ため息を一つついてから屋敷の外へ踏み出した。


 今日の仕事は街の視察。

 彼女が治めるベリルの街の隅々までを見て回り、民達の暮らしや街中の様子から何か気になることが無いか確認するのだ。


 街へ視察に出る際には、勇者パーティのメンバーなど信頼できる人間を帯同するようにと、彼女はスフィネルから指示されていた。

 城壁に囲まれていて魔獣の危険は無いとはいえ、大勢の人々がごった返す街の中。

 魔獣とはまた別の危険があるのだと教えられていたが――昨日の今日でご主人様と顔を合わせることは、耐えられなかった。


 仕方がないので教えを無視し、一人で視察へ向かうことに決める。

 そんな彼女を、屋敷の門扉を抜けた先で呼び止める声があった。


「カネリア様、おはようございます!」

「おや――シーナさん。おはようございます」


 少女の元気な声がした方へ目を向けると、そこには嬉しそうな笑顔を浮かべたシーナが立っていた。


 シーナ・ベンガル。

 防衛隊のエースであるゲインの妹で、先日その兄を救う為に単身北の樹海へ乗り込んだ度胸の持ち主。

 活発で聡明だが、カネリアの威光に対して盲目的過ぎるのが玉にキズな少女だった。


「カネリア様、もしかしてこれから街の視察ですか?」

「ええ、そうです。よくわかりましたね」

「たまたまです! 決して、カネリア様の予定表を盗み見たりなんかしていません! 決して!」

「誰もそんなことは心配していませんよ」


 相変わらず面白いことを言う少女だ、とカネリアは思う。穏やかな勇者スマイルを向ける彼女に、シーナは少しバツの悪そうな顔をしてから言った。


「あの、あのっ! カネリア様、よろしければ街の視察に、ご一緒させていただけませんか!?」

「それは――別に、構いませんが。でも、どうして?」

「えっと、あの……。カネリア様のお仕事を、近くで見たくて……」


 恥ずかしそうに目を伏せて答える少女に、カネリアの顔はふっと綻ぶ。


「わかりました。それでは一緒に参りましょうか」

「はいっ!」


 街の様子を見て回るのが領主の務めなら、自分に憧れる少女へ夢を見せるのは勇者の務めだ。

 カネリアとしては頼みを断る理由など無い。

 それに今は、あどけない少女の笑顔がささくれだった心を癒やしてくれるようで、彼女としても気分が和らぐ申し出だった。


 ◇◇◇


 街の視察はカネリアが抱える数多くの仕事の中でも、最も疲れる仕事である。肉体的にというよりも、精神的に疲労が溜まるのだ。


「勇者様! 今日も勇者様のお陰で街は平和です! 日頃のお礼として、どうぞこちらをお持ちください!」

「いえいえ、そんな……。街の皆さんからは税を頂いていますし、それだけで十分です」


「勇者様ぁ〜! 一昨日うちに息子が生まれたんです! どうか名前を付けてやってもらえませんか!?」

「それはおめでとうございます――でも、私が付けた名前などより、ご両親がしっかりかんがえて付けた名前の方が、息子さんは嬉しいと思いますよ」


「勇者様勇者様! 勇者様勇者様!」

「はいはい、どうされたんですか」


 このように、街を歩けば至るところから声をかけられるのが常なのだ。

 そしてそれら全てに対して、勇者に相応しい対応をしなければならない。

 この街の住人のほとんどは勇者カネリアの人柄に惹かれ、彼女が治める街で暮らしたいと移住してきた人々だ。最初から好感度はマックスで、だからこそそれを裏切るわけにはいかない。

 街の視察は最も振る舞いに気を遣う仕事なのだった。


「やっぱりカネリア様の人気は絶大ですね! さすがは世界を救った勇者様です!」

「少し騒ぎすぎですよ……。これでは、普段の街の様子を見るという目的が果たせません……」

「ご心配なさらずとも、街のみんなはいつも幸せそうに暮らしていますよ?」

「ならいいですが……」


 もしも彼らに、自分が勇者の偽物であることがバレたら、一体どうなるのだろう?

 考えただけでもぞっとする。

 彼女にとって人の期待を裏切るというのは何よりも恐ろしいことなのだ。

 ……まあ、誰より大切なご主人様の期待を裏切っておいて今更なんだという話ではあるのだが。


「カネリア様、次はどちらへ向かうんですか?」


 ふっと昨夜の嫌な思い出が去来して気分が沈んだカネリアだったが、シーナからの問いかけに気を取り直して答える。


「街の中央――炎の様子を見ておきます」


 ベリルの街には、かつて勇者カネリアが灯した加護の炎が煌々と燃え盛っている。

 勇者に宿った破邪の異能【黄金】。

 それは魔を退け奇跡をもたらす力を宿すとされ、かつてこの地を魔王の支配から解放したその金色の炎は、ベリルの街で暮らす人々にとって心の拠り所となっていた。


「……ああ、温かい。まるでカネリア様の優しいお心、そのもののようです……」

「…………」


 街の中央に着いて恍惚とした表情で炎を見上げるシーナを横目で見てから、カネリアも炎の様子を確認する。

 ――どうやら、特に変わりはないようだ。


「……いつも通りみたいですね。よかったです」


 そんなカネリアの呟きに、シーナは怪訝な顔で首を傾げる。


「いつも通り、とは? カネリア様の炎は、何か変化したりするものなのですか?」


 そんな素朴な問いかけに、カネリアは余計なことを口走ったかと後悔する。

 けれど下手に隠そうとするものでもないなと考え直し、何でもない口調で答えた。


「それはもちろん。永遠に不変なものなどありませんよ。普通の炎がやがては燃え尽きるように、あれもいつかは弱まっていきます」


 勇者カネリアが施した加護と言えども、永遠ではない。本人の命が永遠ではなかったように。

 今はこうして街の中心で輝きを放ち、魔獣達を寄せ付けない炎だが、実のところそれがいつまで保つのか誰にもわかっていないというのが現状だ。

 勇者パーティの頭脳である天才錬金術師スフィネルですらも、勇者の異能【黄金】についてはわからないことが多いと語る。

 そんな、不確定で不安定な加護。

 勇者が遺したその炎を見守ることも、カネリアの仕事の一つだった。


「明日なのか一年後なのか五十年後なのか……。それは私にもわかりませんが、いずれは潰えることになるでしょう」


 カネリアとしてもあまり想像したくない未来。自然と声も重たくなる。

 しかし傍らのシーナは何も心配事など無いような溌剌とした笑顔を向けた。


「でも、そうなったらカネリア様がまた新しい火を灯してくださいますものね!」


 少女から向けられる純粋な信頼は絶大で、カネリアが思わず苦笑してしまうほどだった。


 手のひら大程度の火を出すのが精一杯な自分に、この偉大な炎の代わりを灯せるとは到底思えない。そんな信頼を向けられても、応える力なんて無い。


 咄嗟に出てしまった表情を取り繕うように、彼女は言う。


「……私だって、いつまで健在であるかなんてわかりませんよ」


 それは、カネリアの立場――カネリアの役目からしてみれば、到底言うべきではないような言葉だった。

 もっと当たり障りのない言葉を頭の中で考えつつも、けれど彼女には、この純真無垢な少女に対して真っ赤な嘘で誤魔化すということが、些か気乗りしないものであった。

 あるいは、スフィネルとの一件があって、勇者として求められる振る舞いをすることに少し疲れていたのかもしれない。


 かと言って、真実を語れるわけもなく。


「あのフィーさんですら、先のことはわからないと言っているくらいなのですから」


 そうやって、なんとなく適当に濁した回答をするので精一杯だった。誠実さの欠片もない。

 けれどシーナはその言葉に大きく頷き、力のこもった眼差しでカネリアを見つめる。


「なるほど、つまり、いくらカネリア様が万事解決してくださるからとはいえ、それに頼りっぱなしでは人はダメになる一方だから、ちゃんと自分達で街を守れるよう精進しなさいということですね!」

「……まあ、そういうことでいいです」

「みんなに言って聞かせます!」

「そこまではしなくていいですよ……」


 力強い瞳をキラキラと輝かせるシーナに、カネリアは再び苦笑を溢した。


 ◇◇◇


 結局街の視察はいつも通りつつがなく終わって、屋敷へ戻ろうかという帰り道。

 カネリアとシーナは前方に何かの人集りを見つけた。

 男同士が怒鳴り合う声と、それを囃し立てるような喧騒が聞こえる。


「……揉め事でしょうか」


 厄介な空気を感じつつも見て見ぬ振りをするわけにもいかず、カネリアはそのまま歩を進める。

 見るとそこには、冒険者らしき屈強な男が二人、対峙していた。

 そしてその周りにはそれぞれのパーティメンバーなのか、同じく冒険者の装いをした面々が取り囲んでいた。


 冒険者同士の喧嘩。カネリアは頭を抱えたくなる。

 冒険者というのは力自慢で血の気の多い連中ばかりだ。些か偏見が混じっているかもしれないが、カネリアはそう思っている。

 実際、何かしらの対立が起こるとすぐにこうやって力で解決しようとする。それが強者しか生き残れない世界で生きていく彼らの処世なのかもしれない。

 冒険者同士の諍いは日常茶飯事で、彼らにとっては当たり前の日常だ。

 だから彼女もそれをわざわざ止めようだなんて思わない。

 けれども自分の目に付かないところでやってくれというのが本音だった。

 こうやって街中で暴れられては、一般人にも被害が及ぶ可能性がある。

 流石にこんな往来でど派手な喧嘩を繰り広げられては、勇者として、領主として、看過できなくなってしまう。できることなら看過したいにも関わらずだ。


 元は魔王領で周辺に危険な魔獣しかいないこんなベリルの街にわざわざ好き好んでやってくるような冒険者は、全員腕に覚えがあって、戦いに悦びを見出しているような変態ばかりだ。些か偏見が混じっているかもしれないが、カネリアはそう思っている。

 そんな彼らの仲裁をして、もしこちらが襲われようものなら。

 高ランク冒険者との戦闘なんて、カネリアに乗り切れるわけがない。

 普段であればこういった荒事は同行している勇者パーティメンバーの誰かに対応してもらうのだが、今日はシーナと二人だけ。


「冒険者パーティ……。どちらも見ない顔ですね」


 この街に長く滞在しているような顔馴染みならば、こちらの顔を立てて引き下がってくれるかもしれないという望みもあったが、残念ながら最近この街へ来た連中らしい。

 はてさてどうしたものかとカネリアが考え込んでいると、その傍らでシーナが押し殺したような声で呟く。


「よそ者、ですか……。まったく、誰のお膝元で争っていると思っているのでしょう――ちょっと注意してきます」

「――え? ちょっとシーナさん?」


 あまりに威勢の良い台詞に、カネリアが呆気にとられている間に、止める間も無く、シーナは人集りの中へと分け入っていった。

 そして――


「――あなた達、こんなところで喧嘩していては通行人の迷惑になります。街の外に行ってやってください。ここはカネリア様の治めるベリルの街です。争いの場ではありません」


 自分より何倍も巨大で屈強な男達を見上げながら、シーナははっきりとそう言った。

 そんな物怖じしない少女の姿に、カネリアは目を見張る。

 力では絶対に敵わないような相手に怖じけず挑むその姿は。

 ともすれば蛮勇と誹られ、決して褒められるようなものではないのかもしれないけれど。

 まるで魔王に立ち向かう勇者の姿のようで、彼女は胸を打たれた気分だった。


「ああ? なんだ嬢ちゃん、漢の喧嘩に割って入ってくんじゃねえ」

「もう一度言います。街の外に行ってやってください。ここで争われては迷惑です」

「……ほぉ。どうやら恐怖というものを知らんらしいな、小娘が。引き下がらんというのなら、貴様から先に黙らせてやってもよいのだぞ」

「恐怖はもちろん知っていますが――あなた達相手には、別に感じませんね」

「てめぇ!!」「貴様……ッ!!」


 男達はすっかりシーナに対して逆上し、標的を彼女に変更したようだった。

 そして尚も怯むことなく、徒手空拳の構えまで取る彼女。

 そんな一触即発の中、カネリアの声が辺りに響く。


「そこまでです! そこから先を続けるというのなら、私が相手になります」


 人集りを割いて冒険者達と向き合ったカネリアは、鋭い視線を投げつけて言う。


「冒険者二人、大の大人がこんないたいけな少女に殴りかかろうとは――頭を冷やして冷静な判断ができないのなら、冒険者は向いていませんよ。今すぐ辞めてしまいなさい」


 彼女にしては珍しく強い口調で、男達に言う。それほどに彼女は、怒っていたのだ。

 勇敢な少女を大人が暴力でねじ伏せようとする、その状況に。そして怒りという感情も、彼女にはまた珍しいものだった。


「――カネリア様……」

「シーナさん、あなたもあなたです。その勇気は素晴らしいですが、あなたはまだ子供なのですから。こんな荒事に首を突っ込むものではありませんよ」

「……はい、申し訳ありません……」


 カネリアにたしなめられ、頭を下げて後ろへさがるシーナ。

 そんな彼女を横目で見送った後、カネリアは眼前の男二人に視線を戻す。

 確かにシーナにも改めるべき点はあったが、何よりも悪いのはこの二人だ。


「……あんたが、あのカネリアだと……?」

「この街の領主にして勇者、カネリア・ゴールデン・ベリルか……」


 男二人は突然介入してきたカネリアに向き直り、訝しげな目を向ける。どうやら二人とも、カネリアの名前自体は知っているようだった。


「――想像していたより、覇気の無い奴だな。……あんた本当に、魔王を倒した勇者か? 本物か?」

「なッ! 失礼な! 本物に決まっているでしょう! どこをどう見たら偽物に見えるんですか!」


 声を荒げて反論するのはシーナだが、カネリア本人としてはいたたまれない気分だ。やはり高ランクの冒険者から見れば、勇者の称号を得るような能力を持ち合わせていないことがわかってしまうらしい。


「……まあいい。偽物か本物かは、その腕に聞いてみればわかる。勇者パーティとて、我々と同じ冒険者であろう。ならば冒険者の流儀で決着を付けさせてもらおうか」

「……いいでしょう」


 こうなっては仕方がない。シーナの勇気に報いる為にもカネリアの立場的にも、この勝負、受けざるを得ない。

 しかし、正面からやり合ってあの冒険者相手に勝てるとも思えないのは確かだ。なので搦手を使わせてもらう。腕っぷしの強さを証明したい冒険者としては不服だろうが。

 あれこれ理屈を付けて事態を煙に巻くことに慣れているカネリアは、冷静な頭でそう考えた。

 そして、流れるような口調で言う。


「ただし、ルールを決めましょう。周りの迷惑にならないように、武器や魔法の使用は禁止。遺恨が残るので殺すのももちろん禁止です。それからやっぱり周りの迷惑になってしまうので、三秒で決着が付かなければ判定で勝負を決めましょう。今この場にいらっしゃる見物人の皆さん全員に投票していただいて、票の多い方が勝者ということで――あ、もちろん二人まとめて掛かってくるとか無しですよ? 順番に正々堂々戦いましょうね」

「――は? あんた……、何言ってんだ……?」

「冒険者の勝負か……? それが……」


 信じられないものを見るような目でカネリアを見る二人。

 彼女としては、信じられないのは相手だ。まともに戦っても勝てない相手に、まともな土俵を用意するわけないではないか。

 武器も魔法も無し、おまけに制限時間三秒の判定勝負なら、カネリアに分がある。

 見物人は男二人の仲間達以外はこの街の住人で占められていて、彼らは彼女に投票してくれるだろう。素手で殴りかかってくる相手を三秒いなせば勝利というわけだ。

 模造品で性能は落ちているとはいえ、彼女の身体は勇者の肉体。三秒程度ならギリギリ怪我をせず耐えられるはずだ。


 そして呆然と大口を開けている二人を前に、彼女は腰に帯びていた聖剣をこれ見よがしに放り捨てる。

 武器の使用禁止を言い出した本人から率先して武装を解除する――最も、禄に剣の訓練をしていないカネリアとしては聖剣なんて箔付けで提げているだけの無用の長物なので、持っていたって仕方がないのだ。


「――さあ、始めましょう。正々堂々一人ずつ、三秒間拳で語り合いましょう」


 くいくいっと手招きするカネリア。

 この無茶なルール提案に相手が反対してくる前に、早く場の空気で呑み込んでしまって勝負を開始してしまいたかった。

 流石にこんなルールは飲めないと、場と時間を改めてガチンコ戦闘ルールになってしまっても厄介だ――まあその場合は、スフィネルに土下座開脚してなんとかしてもらおう。


 そんな思惑を抱いていたカネリアだったが、事態は彼女の目論見を逸れて進行する。


「て、めぇ……。舐めてんのか? ふざけてんのか? ――何が正々堂々だ、冒険者なら正面から全力で勝負してみろやァ!!」

「これが世界を救った勇者とは、世も末だ! 誇りを失った貴様には、ここで引導を渡してくれるッ!!」


 そんな怒号と共に、冒険者二人が武器を構えて同時に飛びかかってくる。


「――え、ちょ」


 カネリアは甘く見ていた。冒険者の気の短さを。その血気盛んさを。そして彼らが勝負に対して持つ拘りを。

 彼女の定めたルールは、彼らには到底受け入れられない、理解できないものだった。

 逆上して襲いかかってくるほどに。


「――ッ!」


 そして事ここに至って、カネリアの思考は加速する。

 頭の中で何かが切り替わったように、戦闘に必要な情報のみを取得し処理する。それらが全て、脊髄で行われる。


 敵は二人。大柄な男と長身痩せぎす。

 大柄の武器は巨斧、長身は短剣二本、暗器を隠し持っている可能性も考慮。

 二人はいがみ合っていた別パーティ同士――連携は取れない。


 大柄な男の大振りな攻撃を、カネリアは最小限の体さばきで躱す。痩せぎすの男との間に大柄の男を挟み、死角を作る。

 しかし大柄の男は大きく振りかぶった斧での攻撃を躱された後もすぐさま斧を持ち上げ脇へ回った彼女を追撃する。この辺りの切り返しはさすがは高ランク冒険者だった。

 彼女は横薙ぎのその攻撃を屈んで避けて、大男の股下をくぐり抜ける。


「ぬ――ッ!」


 突然死角から現れたカネリアに、痩せぎすの男は反応が遅れる――そんな彼の鳩尾に、彼女の掌底がめり込む。


「ごはァッ!?」


 苦悶に顔を歪めて男は退く。

 だがこちらも、ただではやられないと言わんばかりに持っていた短剣を二本ともカネリア目掛けて投擲する。


「――ぐぁぁっ!?」


 カネリアはそれを弾くのではなく、ただ躱す。二本の短剣の間を縫うように。

 結果、短剣は二本とも大男の背中に突き刺さり、男は叫び声を上げて膝をついた。


「ぐっ……! ぬぉぉおおおおおッ!!」


 そんな状態で尚も立ち上がりカネリアに突進する気力は、彼がこれまで歩んできた苦難の道で身につけたものだろう。肉体も精神も大した頑強さだ。

 しかし冷静さには欠けていた。

 直線的で大振りな男の攻撃を彼女はするりと躱し、懐へと潜り込む。

 彼女には大男を持ち上げて投げ飛ばすような筋力は無い。

 しかし、相手の勢いを利用すれば同じような芸当が可能だった。


「――ふっ!」


 自分より二周りも三周りも巨大な相手を、彼女は後方へ投げ飛ばす。

 その先には腹部を押さえて片膝をつく痩せぎすの男がいた。


「なっ――」

「ぐわぁぁあああああああッ!!」


 二人はそのまま激突し路上を転がっていく。

 それが決定打になったのか、立ち上がっては来なかった。


 直後、豪快な決着に割れんばかりの歓声が上がり、カネリアははっと気を取り直す。


「……あれ?」


 ぱちくりと瞬きしながら状況を確認し、取り敢えず理解する。


「……流石はご主人様が複製した、勇者様の身体、ですね……」


 ほうっと息をつき、カネリアは呟く。

 先日の魔獣との戦闘の際にも思ったが、やはりこの身体は特別製だ。

 脊髄反応だけで二人の高ランク冒険者を相手取れてしまうとは……。今回は運が良かったというのもあるだろうが、それでもただ事ではない。


「カネリア様っ! カネリア様っ! お見事でした! 可憐でした! 最高でしたっ! ――あの人達、負けた理由の言い訳ができるようにカネリア様が気を遣って提案されたルールを蹴っておいてこの結果とは……哀れすぎて言葉もありませんね!」

「シーナさん……。少し言葉が悪いですよ」


 何はともあれ、事態を収拾できたのならば良かった。

 反射的に無茶な動きをしてしまったせいで早くも身体の節々が痛いが、早めに屋敷へ戻ってゆっくりお風呂に浸かって疲れを癒そう。

 そんな気の抜けたことを考えていたカネリアだったが――


「てめぇ、よくもリーダーをッ!」

「ここまで虚仮にされて、引き下がれるかよぉ!」

「馬鹿にするのも大概にしやがれ!!」


 男二人の仲間達が、次々に武器を構えて口々に叫ぶ。

 これまで成り行きを見守っていた彼らも、黙っていられなくなったらしい。


 ――これはまずい。


 冒険者パーティ二つ分。十人とちょっとはいるだろうか。

 先程の二人だけでもカネリアは奇跡的に勝てただけなのだ。これ以上は絶対に、勝ち目なんて無い。


「はあ!? あなた達、いい加減に分を弁えて下さい! そちらのリーダーさんのお望み通りに正々堂々戦った結果ですよ!? ――いや、カネリア様は聖剣を抜かず【黄金】も使わず素手で手加減されていましたから、卑怯なのはそちらでしょうか!?」

「シーナさん、あまり煽らないでください……」


 しかしこの期に及んでまだ引き下がってくれないのも、迷惑な話だ。とはいえ戦うわけにはいかない。

 どうにか口先でどうにかならないだろうかと、カネリアは男達を見やる。


「はあ……。冒険者というのは本当に血の気が多いですね――後悔、しますよ」

「ぐっ、ぐぬっ……! じょ、上等だァああああッ!!」


 カネリア渾身の威圧。

 相手を多少たじろがせることには成功したが、それでも最終的には火に油を注いだだけだった。


 打つ手なし。

 とにかくシーナを後ろへさがらせなければ――


「ごあッ!?」「ぎゃあ!」「ぐふっ」「のわァ!!」


 ――咄嗟にシーナを庇うように前へ出たカネリアの眼の前で、襲いかかって来る冒険者達が次々に転倒した。


「な、なんだ!? ごはッ……!」

「ば、馬鹿な!? うわああああああ!?」


 まさしく、瞬きの間に。十人以上いた冒険者達は一人残らずその場に倒れ伏していた。


「――す、すごい。すごいすごい! すごいですカネリア様! 今のはなんですか!? どうやったんですか!?」

「え、えっと……」


 キラキラの眼差しで興奮するシーナには申し訳ないが、カネリアは何もやっていない。

 しかし、端から見れば彼女が何かの手段で彼らを鎮圧したようにしか見えないだろう。

 再び、熱狂した見物人達が拍手喝采で勇者の名を称えている。


 けれども、カネリアには眼の前で起こった出来事の真相に心当たりがあった。

 恐らくこの場で彼女だけが、彼らを制圧した者の正体に気付いていた。

 その動きが見えたわけではない。およそ一般人の動体視力では捉えられないような速度で、彼らは一人一人気絶させられたのだ。

 こんな芸当ができる人間は、彼女には一人しか覚えが無い。


 そこまで考えて、彼女は大きな吐息を溢した。

 窮地を脱したという安心。

 そして、自分はいつから見られていたのだろうという不安。

 二つの感情が混じった、複雑なため息だった。



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