そして、雨の日に迎えに行っても、駅前で飲みものを用意して待っていても、やっていることは同じなのに「尽くす」ではなく「ストーカー」みたいと怖がられた。
「俺は百合の事を愛しているし、俺以上に百合のことを考えている男はほかにいない。だから結婚しよう」薔薇の花を用意し渡したこともあった。
しかし、百合は「もう、まさ君の気持ちには応えられない…」と走ってその場を逃げるように去って行った。そのうち、帰宅時間を変えたり、別の改札から帰宅したのか俺は逢えない日が続いた。
別れたくない俺ともう逢いたくないという百合。SNSで傷心している俺の投稿を見た共通の友人たちが心配して間を取り持ってくれた。
1か月の冷却期間を設ける。その間、連絡もしないしきても返事しない。勝手に迎えに行ったり、逢おうとしない。そうすればお互いの大切さがわかるかもしれない。
友人たちは俺にも、そして百合にも説得をし渋々だったがお互い了承をした。
俺はいてもたってもいられなかった。禁煙をしている人はこんな気分なのだろうか。禁断症状のように百合のことが頭から離れない。仕事中でもふと手が休まると百合のことを思い出してしまう。落ち着かなくて指でトントントントンと机でリズムをとって気持ちを静めた。ほかのことに集中できなかった。
百合と付き合って4年、連絡は1日もかかしたことがなかった。
それが1か月も連絡を控えるなんて…気が狂っておかしくなりそうだ。
でも約束を破ったら百合とはもう逢えなくなるかもしれない。俺は必死で耐えた。
「この期間で百合の気持ちが変わるかもしれない…百合には連絡しない…耐えろ、耐えるんだ俺…」呪文のように何度も何度も頭の中で繰り返していた。
そして、もうすぐ約束の1か月になる。あと2日で冷却期間が終わる。俺は心待ちにしていた。これでやっと百合に会える…会ったら何をして何を話そうか…なんて百合に言おうか。百合はどんな思いでこの期間を過ごしていただろうか。百合もこんなに間が空くことは初めてだ。もしかしたら気が変わっているかもしれない…楽しみでしょうがなかった。
家につき玄関のカギを開け扉を開くと郵便物ではない小さな金属音がした。
不思議に思い手を伸ばすと、百合に渡したはずの鍵が入っている。百合がこの部屋に入ったというのか…慌てて靴を脱ぎ部屋中を探したが百合の姿はどこにもない。
代わりにあったはずの部屋着やポーチが無くなっていた。
荷物だけ取りに来て帰ったのか…百合がいないことや合鍵をポストに入れて去ったことに落胆していると、洗面所の鏡に反射した俺の顔が映った。そして、オレンジのボトルに入ったオイルクレンジングも…。朝家を出る時は、こんなものはなかった。そもそもクレンジングなんか必要がない。荷物を取りに来たはずの百合が何故……。その時、俺はすべてを悟った。
違う、これは百合のものではない。そして、百合もこの部屋に入り自分のものではないクレンジングを見つけて、わざと見える場所においていったのだろう。これは百合からのメッセージだ。
***
共通の友人の提案で、離れたらお互いの大切さに気付くかもしれない、と1か月の冷却期間を設けようと昌大にも提案してくれた。
昌大は、1か月も我慢できないし冷却期間がなくても俺は百合が大切と頑なに拒んでいたが友人の説得もあり連絡を取らないことにした。
百合の気持ちは変わらなかった。それどころか連絡を取らないことで監視の恐怖から解放されて穏やかな時間を過ごすことが出来た。
1か月が終わり、百合は昌大には連絡せずに部屋へと向かった。
昌大に連絡すると待ち伏せしたり、顔を見たいというと思ったからだ。
部屋に入り、置きっぱなしの私物の回収をする。恐怖を感じた時期もあったが昌大と過ごした約4年は楽しい時間の方が圧倒的に多い。
初めて一緒に過ごしたクリスマス、年越し、そして誕生日、色々な思い出が蘇り涙する。
どうしてこんなことになったのだろう。
あの時、もっと昌大に「私が好きなのはあなただけ、あなたしか見ていない」と安心出来るまで伝えていたら関係は変わっていたのだろうか。
今も幸せに昌大と暮らして、結婚の話を進めていたのだろうか。
クローゼットから自分の部屋着を袋に詰めていく。
そして、洗面所の棚を開いたとき百合のものではないクレンジングが目に入った。メイクの薄い百合はミルククレンジングだ。しかし置いてあるのは、大容量サイズのオイルクレンジング。しかも2割ほど使ってある。
百合は言葉が出なかった。
私への今までの言動はなんだったのだろうか。心変わりや友人関係を疑われ、SNSのチェック、無数につけられたキスマーク。
それでも、百合はやましいことは一切していなかったし、する気もなかった。
浮気をしている人は相手の浮気も執拗に疑う。
昌大の行動は、嫉妬ではない。自分が自由に動きやすくするための監視・束縛だったのだ。私のことを想ってではない。
冷却期間と言われる間に、ほかの女性を連れ込んだのだろう。
どうやらオイルクレンジングまで常駐させるほどの仲になったようだ。
彼は私のことを好きだった時もあるが、今はそうではない。自分の事だけを見て自分に都合のいい人が欲しかっただけなんだ。
そう悟り、ポストに鍵をいれてその場を後にした。