百合は純粋無垢そのものだった。相手を疑うことはせず、いつもまっすぐ真っ白だった。
嬉しいときや喜んでいる時はそのまま言葉にし、仕事で遅くなり軽食を持って迎えに行ったときは泣いて抱きついてきた。いつも笑顔でまっすぐに俺の行動を心から喜んでくれる。
付き合ったことがなくて初めてなの。という彼女にキスや夜の営みも俺が教えた。最初は、力加減がおかしかったり、動きがぎこちなかったが今では口の中で果てることもあるくらい立派に成長した。それだけでなく、休日は料理を一緒に作り包丁の使い方や出汁の取り方、掃除の仕方など今後一緒に暮らした時に困らないように家事全般も教えた。
実家暮らしで家事を全くやったこともない、男女の関係も何も知らなかった百合に、教えたのは俺だ。俺が百合を育て上げたのだ。
最近では「私もまさ君のように何でもできるようになりたいから」と俺の家で料理や掃除をするようになった。「いつも貰ってばかりだから私がまさ君が好きなことや喜ぶことをしてあげたい」健気にそんなことを言う百合を俺は守る。百合には指一本触れさせない。
しかし、俺の気がかりはあの新入社員の越智だった。越智は百合に気がある。俺も男だから男のことは分かるつもりだ。あれは意識をしている時の男の目だ。
ある日の休み、ソファでくつろいでいる時に思い切って百合に伝えた。
「新入社員の越智っていう男、百合に気があるんじゃないのか?付き合っているわけでもないんだし、一緒に会社まで行く必要はないだろう。正直、いい気分しないから電車変えてくれないかな?」
「え?そんなことないよ。いつも乗っている電車は私の駅が始発で空いているから選んでいるだけだと思うよ。乗る場所も降りる駅の階段に近いだけで私がいるからじゃないって。考えすぎだよー。それに改札を抜けるタイミングも同じなのにわざわざタイミングずらすのもおかしくない?越智君に何か嫌なされたことされたわけでもないし、通勤時も別に大した話していないよ。そもそも連絡先も知らないし交換する気もないもん。」
そう言って俺の肩にもたれかかり、俺の顔を見た後に手を繋ぎ、指を絡めた。
「それに私が好きなのはまさ君だけだよ」
じっと見つめてから首に手を回し抱きついてきた。ふわっと百合からシャンプーの甘い香りがする。その時、ふと母親のことを思い出した。母もこうして俺が心配そうにしたり泣きそうになると優しく抱きしめてくれた。
百合にそんなつもりはないのは分かっていたが、俺は百合と幼いころに俺を抱きしめた母親を重ねてしまった。優しく抱きしめてくれた母は突如しなくなった。それも俺が泣き疲れて寝ている間に何も言わず出て行ってしまった。
「百合が鈍感で気付いていないだけで越智ってやつは気があるんだよ!!!」俺は珍しく強く大きな声で返した。
「え……まさ…君?どうしたの……」そんな俺を百合は驚いた顔で見ている。
「大きな声出してごめん…一瞬、母親の事思い出して。百合と俺はただでさえ年が離れているし、百合は俺以外と恋愛をしたことがないからいつか俺よりも歳の近い男性に移ってしまうのではないかって心配になって…」
百合は切なそうな顔をした後、俺を胸に引き寄せた。百合の胸に顔をうずめて頭を撫でられている。心臓の鼓動を聴きながら俺は黙っていた。百合には言えなかったがその仕草がより一層母親を思い出させた。
「まさ君…?私はどこにも行かないよ。私が好きなのはまさ君だけだし、他の人を異性として見たことは一度もないよ。これからもまさ君だけだから。」
そう言って俺の目をじっと見つめてから両手で俺の頬を包んでキスをしてきた。ゆっくりと何度も何度も唇を合わせてから、瞼や頬や鼻をやさしく唇で触れてくれた。ここから先は、母親からはしてもらったことのない愛情を俺は百合からもらった。