蔵の前の広い庭に出た。
井戸の近くには、戸板に載せられた由蔵の焼け焦げた遺体が見えた。
「右膳殿、検分が終わりもうした」
検使与力が右膳に近づいてきた。
痩せて貧相な検使与力は鶴を連想させた。
「ご苦労に存じます」
右膳が貫禄のある態度で応じた。
「このお方は?」
検使与力は崎十郎に警戒の色を見せた。
「こちらは御小人目付の加瀬崎十郎殿にて大事ござらぬ」
右膳の紹介に、崎十郎は検使与力に向かって一礼した。
「では、報告を申し上げるが……」
検使与力は、もったいぶって咳払いしてから、
「蔵地由蔵殿の死因は刺殺で、火事は火付にてござる」と言明した。
「なんと、それは、まことですか」
崎十郎は思わず声を上げた。
他所からの侵入の形跡がない限り、屋敷うちにいた真吾か隼人助かいずれかの仕業となる。
由蔵の真の姿を知って憎くなった真吾が、積もり積もった憤懣を爆発させたのではないか。
画への異常なまでの執着を併せて勘案すれば大いに頷けた。
(失火と思われるよう大げさに芝居をしていたのか。一時の激情に駆られて由蔵殿を殺害した真吾は動転し、焼けてしまえばすべて隠し通せると安易に考えたのだ)
疑惑が黒い雲のように広がった。
「ただちに真吾殿を、これへ」
右膳の指図で、捕り方が屋敷の裏手へどやどやと向かった。
「真吾が火付けの張本人なら、いまごろは、とっくに行方をくらませているはずじゃございませんか」
いつの間にか近くに来ていた善次郎が口を挟んだ。
「そこもとはなに者じゃ。黙っておれ。お上の邪魔をいたすでない」
検使与力が一喝した。
崎十郎は首を振り、善次郎の袖をつかんで引き下がらせた。
「まだ真吾殿の所業と決まったわけではない。行方が知れぬ隼人助殿も見つけ次第、取り調べいたす。外から侵入した者がないともいえぬ」
右膳が静かな口調で善次郎に声をかけた。
「これは、どういうことでございますか」
両側から腕を取られながら、無腰の真吾が引き立てられてきた。
顔面蒼白で唇がわなわなと震えている。
検使与力は、真吾の小袖や頭髪に血の臭いが残っていないか調べ始めた。
「入念に洗い落としたとみえて血の臭いはござらぬ」
首を横に振った。
「真吾の両刀をあらためよ」
右膳の指示で、同心が真吾から取り上げていた大刀を、すらりと抜き放った。
「わずかに跡がございます」
同心の返答に、真吾は、
「まさか、そのようなはずはありませぬ」
狂ったように身をよじって暴れ始めた。
善次郎は痛ましげに首を振った。
(水を多量に浴びておったわけは、返り血を洗い流すためであったか)
いまだ水をたっぷり含んだままの真吾の着衣に目をやった。
「真吾に縄をかけろ」
右膳は配下の同心に命じた。
たちまち真吾は高手小手に縛り上げられた。
「これは、なにかの間違いでございます。わたくしが、なぜ祖父を……」
真吾は捕り方に引っ立てられていき、崎十郎と善次郎はなす術もなく互いの顔を見合わせた。
「隼人は真吾の犯行に気づき、連座を恐れて、いち早く逃げ去ったのでしょう」
「どこへ消えたのか知らぬが、隼人助も見つかりしだい、お終いだな」
善次郎は年寄りじみた暗い笑みを浮かべた。
「弟がこのような罪を犯したとなれば、当主の監督責任は免れませぬ。御家断絶は
真吾を凶行に追い詰めた元凶だと思えば、憐れみなど微塵も湧かなかった。
「連座を恐れて逃げたのだから、卑怯未練の振る舞いとして斬首も有り得るぞ」
善次郎は歯を剥き出してつけ加えた。
「詳しく事情をお伺いしたいゆえ、お
右膳が崎十郎らに声をかけてきた。