混乱する火事場周辺を手分けして探したが、隼人助の姿は見つからぬまま、火事は明け方になって、ようやく鎮火した。
蔵地家の屋敷は全焼した。
蔵のみが、庭の一隅にぽつんと取り残されている。
由蔵は自室から無残な遺体で見つかったが、隼人助の遺体は発見されなかった。
火付盗賊改方から、与力の雨宮右膳がやって来て、きびきびと差配を始めた。
火付盗賊改方では、専門的な検視が困難である。
火盗の要請を受けた町奉行所から検使与力がやってきて、由蔵の遺体を子細に調べ始めた。
真吾は茫然自失の体で、庭の松の木の根元にへたり込んだまま動かない。
お栄が、真吾の背中を撫でながら、あれこれ声をかけている。
「そっとしておいてやりましょう」
崎十郎はその場を離れようした。
「俺が見張っておいてやろう。先ほどの様子は常軌を逸していたからな。まさかとは思うが、責任を感じて腹を切らねえとも限らんぞ」
善次郎が冗談半分、本心半分で応じたそのとき。
「崎十郎殿」
右膳が声をかけてきた。
「これは右膳殿、お役目、ご苦労に存じます」
焼け跡を見回る右膳と歩を合わせて歩き始めた。
右膳は与力としての顔ではなく、友の眼差しで崎十郎を見詰めてきた。
「崎十郎殿の屋敷と近いゆえ、御母堂は、さぞかし驚かれたであろう。崎十郎殿が在宅の時期で幸いであったな」
近頃は御府内での任務ばかりだったが、遠国へ出張する目付の供で長期に渡って江戸を留守にするお役目もある。
「ご心配、痛み入ります。なれど、あの養母は拙者よりも胆が据わっておりますゆえ大丈夫です」
笑いとばしながら、手を大きく振って打ち消した。
「いやいや、気丈に見えても
崎十郎は右膳の心遣いが嬉しかった。
善次郎なら、留守宅の園絵を気遣うなど思いも寄らぬことだった。
「養母が一言も申しませぬゆえ、まったく存じませんでした。いまさらながら、お心遣い、かたじけなく存じます。して、養母はどのように申しておりましたでしょうか」
「崎十郎殿を、たいそう頼りにしておられる。崎十郎に任せておけば加瀬家は安泰と誉めておられたぞ」
「養母がそのように申したとは意外でした」
面映ゆく感じたが、次の瞬間、崎十郎は、はたと合点した。
体面を重んじる園絵だから、他人には『よくできた息子』と思わせたいに違いない。
(まさか、つまらぬ自慢などしておるまいな)
養父に仕込まれた武芸の腕前を大袈裟に吹聴していなかったかと、こめかみに嫌な汗を感じた。
「御母堂の期待にさらに添うよう、剣の腕のほうもしっかと磨かれよ。ははは」
右膳が可笑しそうに笑ったため、崎十郎は安堵した。