「真吾や由蔵殿は無事でしょうか、姿が見えませぬが」
善次郎とともに、燃えさかる長屋門を避けて屋敷の西側に回った。
築地塀が長く続いている。
塀の崩れを探して屋敷の中に入った。
火の粉が降りかかり、熱で目が痛む。
塀に沿うように母屋のぐるりと巡った。
井戸端に真吾の姿が見えた。
井戸から水を汲み上げて頭からかぶっている。
「真吾は家の中に飛び込むつもりだぞ」
善次郎がかすれた声で叫んだ。
「おい、真吾、無茶はいかん」
駆け寄って真吾の腕をしっかとつかんだ。
「祖父が、まだ家の中に取り残されております。放してください」
真吾は意外なほど強い力で、崎十郎の手を振り払った。
「行かさぬ」
「やめろ」
崎十郎と善次郎は同時に真吾に組み付くと、
「真吾まで焼け死ぬぞ」
「このような火勢だ。どのみち、助けに入っても無駄だ」
前と後ろから挟むように抱きかかえて動きを封じた。
「わたくしのせいです。気づけば祖父の寝所はもう……。あのとき外に逃れず、火の中に飛び込んでおれば助けられたやも知れませぬ。わたくしは勇気が足りなかった。火の勢いが怖かったのです。炎に怖じ気づいた己が恥ずかしい。後生です。わたくしに責があります。行かせてください」
真吾は半狂乱で暴れ、泣き叫んだ。
火消たちがようやく屋敷に到着した。
深川本所十六組の北組の者たちだった。
「火事を食い止めるぞ」
長屋門は、ほぼ焼け落ちている。
隣家や裏の屋敷に燃え移らぬように、母屋の端の部分を取り壊し始めた。
「武士の情けです。放してください。一命に代えても祖父を救いたいのです」
真吾は華奢な身体からは考えられぬほどの強い力で抵抗した。
崎十郎は真吾の異常なまでの孝行心に呆れた。
母が真吾を腹に宿した事情を考えれば、実の父と知って情が深まったとは思えなかった。
だから、なおさら不審だった。
「そういえば兄上は?」
真吾はやっと兄の安否に思いが到ったらしかった。
「兄上は? 兄を見かけませぬか」
真吾の問いかけに、崎十郎は首を横に振った。
「兄上も逃げ遅れてしまわれたのか。火事に気づいたとき兄上に報せておれば、兄上だけでも救えたものを……。兄上は泥酔して眠りこけておられたゆえ、火事にも気づかずにおられたに違いない」
がっくりとうなだれた真吾は、ようやく動きを止めた。
(兄を敬う心は大事だが相手次第だ。どれだけ面倒臭い気性なのだ)
真吾の奇妙なまでの卑屈さとお人好しぶりが分からなかった。
「なあ、真吾、隼人助殿は若い。無事に違いねえよ」
善次郎が気休めを口にした。
「隼人助殿が由蔵殿を救い出しておるやもしれぬぞ。まずは隼人助殿を探してみよう」
崎十郎の言葉で三人は塀の外に出た。